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映画と車が紡ぐ世界chapter97

Mr.インクレディブル ランボルギーニ ミウラ  1966年式
The Incredibles Lamborghini Miura 1966

隣席の若者たちは
開放的な夏の陽気に煽られたのか かなり声量が大きい

「うるさいねぇ お店では静かにしなくちゃ」
中学生の息子Kenが言うと

「しっ! あんな人たちに絡まれたくないわ」
妻が慌ててKenの口をおさえた

「私たちには 口うるさく言うのに ああいう人には何も言えないんだね」
高校生の娘Junが 私を見ながら 冷たく言い捨てた

おいおい 仮にも俺は父親だぞ! 
そう思いながらも 聴こえないふりをして
アイスカフェオレをストローで Zu zu zu・・・
妻の冷たい視線が 私の胸を突き刺した

4年ぶりに取れた夏休み
半ば強引に 家族旅行を決行した
バラバラになり始めている家族の絆を取り戻すため
選んだ場所は 栃木の観光牧場!

朝一番で アルパカやポニーと触れ合うと
いつも 愚痴ばかりの我が家のモンスターたちも 笑顔でいっぱい
旅の成功を予感した矢先・・・ 
正午を過ぎて パワーアップしたSunshineに 妻が早くも 白旗を掲げた 
美容に大敵な紫外線を避けるべく 
妻は『牧場特製MILKかき氷』タイムを提案した
もう少し 動物たちと無邪気に戯れたいと思う私だが
子供たちも ”アルパカより かき氷”を選んだ 

そして今・・・
マナーの悪い若者たちのおかげで
和気あいあいの家族旅行に 暗雲が立ち込めた

「そろそろ アーケードで体を動かそう」
君子危うきに近寄らず
妻の視線に気付かぬふりをしながら 店を出る
アーケードコーナーは 体感ゲーム場
普段携帯ゲームに明け暮れる子供たちには新鮮な場所だ
Junは フリスビーの的当てゲームに2000円も投資した
目的は カピバラのぬいぐるみだったようだが 
獲得できるとは思えなかった

一方 Kenは 射的に夢中!
こちらはゲームで鍛えた腕で 既にキャラメルを5つもgetしていた
子供たちを見て満足する私に
「あなた ピッチャーだったんでしょ なんか取ってよ!」

妻が指差したのはストラックアウト
軟式ボール11球で 9つのパネルを抜くゲーム

「ダメダメ もう 投げられないよ」
そう言って 逃げようとした時 ふと景品棚に目が留まった・・・

「あれは! 幻の名車 ランボルギーニミウラ P400SV の
 ダイキャストモデルじゃないか!」

しかし・・・ 遠い昔・・・
高校野球 地区予選で華々しくデビューした私は
試合の前日 友人のケンカの仲裁に入ったことが暴力行為と指摘され
野球部から除籍された 
灰色の思い出が ジワリとにじみ出てきた

「大丈夫?」
蒼白になる私を見て 妻が声をかけてきた

その時 先ほどの若者たちが 私をグイと押しのけた

「どいて!」
アロハシャツの男がゲームにチャレンジした 結果は5枚抜き 
遊びじゃ燃えないと しきりに弁解する男

「ここは 大学で現役投手の オレの出番だな
 こんな田舎のゲームなんて楽勝だよ!」
さっきまで 無口だったリーダー格の男が マウンドに立った

Dooon!
オーバーハンドから繰り出される球は 確かに素人とは思えない
男は あっさりと8枚を抜いた

「Takashi-Kun かっこーいい!」
取り巻きの女たちが ミンミンゼミのように 彼を称える
あと一枚 右下9番を開ければ商品ゲット!
にやりと笑う男 余裕のようだ

「どうかな・・・」
農作業が似合いそうな 係員のオヤジが呟いた

シュッ!
ボールは 一直線に9番に向かう そして・・・
 
Baaaan!
ボールは枠に入った しかし パネルは倒れなかった

「はいザンネーン! 
 最後は ボール1.5個分のど真ん中に当たらないと倒れませーん」
オヤジが言った

「ふざけるな! 詐欺じゃないか!」
若者たちが 詰め寄る

「まあまあ まだ2球あるぞい! 
 田舎のゲームなんぞ 大したことないんだろ! 
 青森ベアーズの”北のガーディアン”山本投手は 成功したよ 
 11球目だったけどね! Hahaha」
そう言われて男は チャレンジを続行した しかし 結果は見えていた 

くだらない!と唾を吐きながら 帰ろうとする若者たち

「オヤジさん 俺やろうかな・・・」
その一言で 家族の非難の目が私に向けられた・・・ 

「おっさん! 募金したいなら 俺たちにちょうだい!」
若者たちも 笑いながら馬鹿にする

しかし・・・  点火されたドラッグレースのエンジンは止められない
オヤジに訪ねた
「成功すれば あのミウラは貰えるの?」

「もちろん でもMr.インクレディブルのような お腹じゃ無理でしょ」
 憎らしいことを言う

「やってみなきゃ わからないさ」

マウンドに立つと 鼻の奥がツンとした
30年ぶりに帰ってきた・・・

お腹を思い切りへこませて 
大きく振りかぶる
あごの下まで 右膝をあげた瞬間
上半身を ぐわりと地面へ倒す
ボールを握った左手だけは 未だ高々と天空にある

「おぉー サブマリン! それもサウスポーかい!」
オヤジが叫ぶ!

右脚が パネルに向かって グイッと突き出されると 
地面すれすれに 弧を描く左手!

Byuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu 腕が風を切る 刹那

ZubaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN
白球は 見事にど1番の枠の真ん中を貫いた

「すっ すごい・・・」
家族と一緒に 若者たちも息をのんだ
誰かが 言った
 
「球・・・見えたか・・・」

次々に投げ込まれる球は どれもパネルのど真ん中を撃ち抜いた
8球目が終了して残りは ど真ん中の5番パネルだけ

♪if father time had a daughterWalker Hayes♪

その時 オヤジが汗を拭きながら言った
「言い忘れてたけど ミウラはパーフェクト用だからな!」
また一つハードルを上げたつもりだろう・・・
子供たちだけじゃなく 若者からもブーイングがおきた

しかし・・・ 何の問題もない 
何もなかったかのように 9球目を投げた

あっ!!
みんなが叫けぶ ボールが向かったのは 4番パネル・・・ 
オヤジだけが 安堵の笑みを浮かべた 

「失敗!失敗!」
そう言いながら
私は間髪入れず 10球目を投げた ボールは また4番パネルに向かう 
またしても失投だ 
誰もが そう思ったとき ボールが Suuuと曲がった

Baaaaaaaaaaaaan!
白球は 5番を貫いた

「なんて スライダーだ! あんた 何者だ!」
オヤジは ぐったりしながら言った 

「見ての通り Mr.インクレディブル似の しがないオヤジです」
そう言いながら 私は指さしたのは カピバラのぬいぐるみ

「ふう! これ もらえたよ」
Junに手渡した 

その日 私は 自然体の父親になれた


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