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映画と車が紡ぐ世界chapter111

アパートの鍵貸します ベントレー コンチネンタルGT Speed 3W型 2010年式
The Apartment Bentley ContinentalGT Speed 3W 2010


「今週末も よろしくな」
右手をサッと上げると 180度Uターン
ダンヒル エディションの香りを残して去っていく
無駄な動きは一切しない 
僕の上司(ダンヒル)は 次期役員と噂される出世頭
彼についていけば 僕の安定した生活も約束される

平凡な僕が 
会社のトップスターの下で働けるには訳があった
それは 僕の愛車 ベントレーコンチネンタルGT Speed

英雄色を好むとは よく言ったもので 
ダンヒルもまた その公式に乗っていた
家庭持ちのダンヒルは 既にBMW5シリーズを保有しているが
不倫デートには 僕の愛車を利用した
車だけが生きがいの僕が ローンで購入したGT Speedは
フライデーナイトだけ ダンヒルのデートカーになる
自分の将来と 愛車の維持費のため ベントレーのレンタカー・・・

『アパートの鍵貸します』ではないが 
僕の生活はバド(Jack Lemmon)そのものだった 

しかし・・・

いつものように 土曜日の13:00 
皇居のお堀端にあるシティホテルの駐車場へ 愛車を迎えに行くと
まだ車内には ダンヒルと女性がいた

慌てて 隣のレンジローバーに身を隠した僕は
助手席にいるのが 憧れのカノジョだったことに気付いた
会社の受付に立つ 
ペーパーホワイト(地中海原産のスイセン)のように可憐なカノジョは
僕と同郷だった 
都会での厳しい洗礼を受けたときは 互いに励まし合う仲間・・・

一度だけ僕は
カノジョに告白したことがある
でも・・・
カノジョは それを冗談だと思った
僕の中の小さなプライドは それを肯定するしかなかった
それでも 心のポケットに仕舞い込まれた その想いは 
6等星ほどの輝きを灯し続けていた

「カノジョが ダンヒルと・・・」

駐車場を出た
クリスマスの準備が整った丸の内・・・
昼間だというのに 1等星のイルミネーションが煌めく街を 
あてどもなく彷徨った

翌週・・・
アイツと付き合うべきではないと カノジョに助言した

Pachiiiiiiiiiiiiiiiin!

その代償は 左頬への 真っ赤なもみじだった

カノジョも 望んでいることなんだ・・・
僕だって・・・ 今まで通り 生きていれば出世が保証される
それから僕は 
愛車を取りに行く時間を 遅らせることにした
ダンヒルとカノジョが一緒にいるところを 
二度と見たくなかったから・・・

サンタクロースが 
世界中の子供たちのために プレゼントを用意し始める12月のはじめ
受付のカノジョが 
眼帯をしていることに気がついた
問いただす僕に うつむくカノジョ
強引に外した眼帯の内側には 真っ青に腫れあがった右目があった

「アイツかい?・・・」
カノジョの眼が 遠く泳ぎ始めたときには 僕は階段を駆け上っていた 
いつものように 
デスクで モーニングカフェを飲みながら 新聞を読むダンヒル
その右頬に
ベントレー最速の コンチネンタルGTスピードを超える 
左ストーレートが 打ち込まれた

「なっ 何をするんだ!」
小さく震える ダンヒルに いつものような 威圧感はなかった

「不倫するのは勝手だ! でも 女に暴力振る奴は 許せない!」

クビだ! 小動物になったダンヒルが吠えるなか
好きにしろ!と言い残して 
僕は会社を去った

その日
僕は ベントレーとの最後のドライブを楽しんだ
会社を辞めたら 
こいつを養ってはいけない・・・ 

会社も 車も カノジョも・・・
なにもかも失った
しかし・・・ 
僕の心は 一点の曇りもない 清々しい気分だった

♪ Theme from The Apartment - Adolph Deutsch ♪

「このマンションも引越しだな」
ひとり呟くながら 自宅に戻ると 扉の前にペパーホワイトが立っていた

「無断早退は 減俸よ! 
 代わりに書類提出しておいたから ありがたく思いなさい!」

!!
事態が つかめない僕は エンスト状態・・・

「いつまで この寒い中 か弱い女性を立たせておくの・・・
 あっ・・・
 その前に この街を 案内してちょうだい!
 これから ずっと ここに住むのだから・・・」

カノジョがニコリと笑った

僕とカノジョとベントレー・・・ 新しい三角関係が 今動き始めた


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