映画と車が紡ぐ世界chapter164
ある愛の詩:トヨタ・スープラ JZA80型 1993年式
Love Story:Toyota Supra JZA80 1993
背後のボックス席は ウッド調の暖かいカフェの空間を
ツンドラブルーに変えていた
「あなたが信じられない・・・」
首筋に冷気を感じた僕は 思わず振り返った
髪の色に合わせた キャメルのストールを巻いた女性の一言・・・
瞳には 東京タワーのライティングが 映りこんでいる
僕に 背を向けて座る男が 頭を掻き毟った
子供のころから この喫茶店は ここに在った
時の流れに取り残されたような佇まい 何も変わらず 国道の窪んた場所に ひっそりと
そんな店が 今日は 輝いて見えた
そう・・・
エルニーニョによる暖冬を吹き飛ばす 強い北風が吹いた3年前の
あの日と同じように・・・
あと500mも進めば カノジョの待つ 暖かい家があるのに
あの日の僕も やけに輝いて見える喫茶店の前にスープラを停めて
アールデコ調の色ガラスが はめ込まれた扉を開けた
黒光りする柱に床 真っ赤なベロア生地の椅子
そして オレンジ色のランプ・・・ どれもが 記憶の中の店のままだった
倍速で動く社会に やっとこ しがみついている僕には
この 時の流れが 心地よかった
「あら・・・」
そこには 幼馴染のKanaもいた
その日から たびたび 喫茶店に立ち寄るようになった
Kanaは いつも 店の一番奥の席にいた
「この街も どんどん変わっていくな・・・」
「そうね・・・私たちの通った小学校も 去年 廃校になったわ・・・」
戻ることのできない記憶の世界を共有する 他愛のないひと時だった
しかし・・・
ある日 家に帰ると いつもより陽気な カノジョが待っていた
「遅かったね!」
「あぁ 年末でいろいろ忙しくて・・・」
鏡越しに映る カノジョ・・・
それは オリバー(Ryan O'Neal)との別れを悟った
ジェニファー(Ali MacGraw)と 同じ顔をしていた
その日を境に
僕たちの会話は 必要最小限になり やがて サイレントになった
そして・・・
クリスマスソングが鳴り始めたころ カノジョは家を出ていった
「お幸せに・・・」
喫茶店のマスターに託された 一枚の手紙を残して
僕が感じた 喫茶店の仄かな輝きは
なんのことはない 向かいのビルが解体されたことで できた
束の間の自然光によるものだった
新しいビルが高くなり
やがて 喫茶店は 以前の姿に戻った・・・
席を立った僕は
涙を溜めた ツンドラのお姫様と 向かいの哀れな王子様に 言った
「愛とは 決して後悔しないこと もう一度 お互いを信じてごらん」
喫茶店の前に停めた JZA80スープラに乗り込こもうとしたとき
気が付いた・・・
新しく建設された 向かいのビルの鏡面の外壁に映った
東京タワーのライトアップが
以前にも増して 喫茶店を キラキラと輝かせていることに・・・
「さぁ・・・ 行くか」
凍える愛車に 声をかけた時・・・
♪ Where Do I Begin Andy Williams ♪
Kon Kon・・・
!!
さっきの 氷のお姫様が 運転席をノックした
「あの・・・ Merry Chistmas!!」
クロックムッシュと
ブルマンブラックの香りが スープラを3℃暖めた・・・
それは カノジョが 得意にしてた メニューだった
街を去る男とスープラを
タワーの灯りが 優しく照らしていた