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じいちゃんの左手 その39

学校から帰ってくると 
縁側には いつも 群青色の市場帽子を斜にかぶった じいちゃんがいた 
右手にワンカップ 左手には “わかば” 
田んぼの案山子のように 僕の問いに 何でも答えてくれた じいちゃん
今思えば ほとんど 的外れだったけど 心は いつもポッカポカ
そんなじいちゃんと あの縁側が 今もあったら・・・ 
きっとこんな 会話になっただろう・・・

『インフルエンサー』

「じいちゃん インフルエンサーって知ってる?」

「知らん! 知らん!」
あたりを目配せする 不機嫌なじいちゃん

「どうしたの? いつもなら 何でも 教えてくれるのに・・・」

「ふん! 
 わしゃ そんなに長生きしとうないから 注射なんて打たんのじゃ!」

あぁ じいちゃん 思った通り インフルエンザと間違えてる・・・

「ん・ん・ん・ いんふるえんさー?」

「そう! たくさんの人に 影響を与えて 
 みんなを 熱狂させる人のことらしいよ」
自慢げに説明する僕!

「ふん! それじゃ やっぱり インフルエンザと同じじゃないか!
 昔 大工のおやじから 村中の人が うつされて 
 みんなが高熱出して 大変だったわい! 発熱も半端じゃなかったぞ!」

「ふーん そうだったんだ! 
 それじゃあ この村のインフルエンサーは 大工さんだね」

「そういうことになるのぉ ほんとに 迷惑な話だ!」

Pufaaaaaaaaaaaaa と 煙を吐く じいちゃん  
ごほっ・・・ と咳き込む僕

とそのとき ばあちゃんがやってきた
「ここに おったんかい じいさん!
 病院から注射の案内が来てるから 一緒に行こうって言ったじゃないか」

じいちゃん ちっ・・・ と舌打ちすると

「なっ・・・ なに! わしゃ 行かんぞ! 絶対にいかん!
 そんなことまでして 長生きなんか したくない!」
だって・・・

右手に持った ワンカップが ちょっと 震えてる
そんな じいちゃんの左手を がっしり掴むと
ばあちゃん 容赦なく言っちゃった

「ほらっ 注射打たれるから 病院が怖くて 震えてるわい」

じいちゃん 蚊の鳴くような聲で・・・

「ふっ・・・ 震えとらんわい・・・
 びょ 病院なんかで・・・  びょういん 震えんさー」

柿の木に留まって 
実をついばんでいたカラスが カカカ と 嗤った


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