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映画と車が紡ぐ世界chapter146

グレイストーク ・ターザンの伝説:ホンダS800 1970年式
Greystoke・The Legend of Tarzan:Honda S800 1970

僕の家は 交差点の西側にある
北には時計台 東に公園 
そして 南には
無口で仏頂面な職人の兄と 
よく笑う妹が接客係をする Starshipというパン屋があった

街の朝は
田舎町に溶け込んだ古民家風の このパン屋から 
仄かに流れ出る 焼きたてのパンの香りと

”おっはようございまーす! おまたせーっ!!”

明るい元気な 看板娘でもある妹の挨拶で始まる

毎朝・・・
交差点に差し掛かると 
決まって ウィンドウを5cm下げて パンの香りを楽しむ 
ブルーのS800を運転する ロングヘアーのカノジョも
このパン屋の大ファンだった
いや・・・ 正確には パン職人が目当てなのだが・・・

夕方・・・
パンが売り切れるまで 行列が絶えないこの店の
カレーパン購入歴No1を自負する僕も含めて
街の誰もが 最も大切なスポットだと思っていた

ところが 
交差点の東にある公園のオナガが ギーギー啼いた 
どんよりとした空気が漂う梅雨空の朝
Starshipの扉に 突然 閉店の紙が張り出された

ラジオから
Tomorrow doesn't matter tonight - Starship が流れていた日だった

一月後 
50km離れた 都会のデパ地下に 
Starshipという 行列のできるパン屋がテレビで放映された

無口で仏頂面な職人の店だった
街のあちこちで 
金に魂を売ったパン屋と 陰口が叩かれたが
同級生で親友でもある 僕とS800のカノジョだけは 
妹の結婚資金を捻出するため
デベロッパーの強引な誘いを受け 都会に出店したことを知っていた

しかし・・・
都会の時間は 同じ地球とは思えない速度で廻っていたようだ
大行列だったデパ地下のStarshipは
看板娘の笑顔が なかったせいか 
半年もしないうちに 閑古鳥になり・・・
一年を待たずに閉店した
都会の人たちは 
一週間もすると そこに何があったかさえ覚えていなかった 

ラジオから
梅雨明け宣言のニュースが流れた朝
窓から 仄かに甘い 懐かしいパンの焼ける香り・・・
思わず跳び起きた僕は 向かいの古民家風の建物に向かった

!!

駐車場には すでに 青いS800が停まっている
勢いよく 店の扉を開けると 

”!っはようございまーす! いらっしゃいませ!”

「お」が 
逃げ出す勢いの朝の挨拶は 
京浜精機製作所製の4連CVキャブレターのように
心地よく笑う S800の カノジョだった
無口な男は 
相変わらず口下手だったが 笑顔が似合う男に変わっていた

僕はジョン・クレイトン(Christopher Lambert)を見つめる 
フィリップ・ダルノー(Ian Holm)のように言った

「おかえり・・・」

ラジオから
We Built This City - Starshipが 流れていた



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