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映画と車が紡ぐ世界chapter91

巴里のアメリカ人 プジョー・208GTI 2012
An American In Paris ~Peugeot 208GTI 2012~

カノジョが女に見えた瞬間
どうしようもない虚無感に襲われた僕は
映画 巴里のアメリカ人で歌うアンリ(Georges Guetary)のように
カノジョの人生から 退場することを決めた
Peugeot208GTIのエンジン点火! 
全開したアクセルが 
カノジョの 無邪気な笑顔の記憶を 消し去ってくれることを願った・・・

ディズニーランドに隣接する新興住宅の街
プラモデルのように並ぶ 同じ外観の家の隣人 
両親の年も
生活レベルも ほぼ一緒だったのに
ひょろりと もやしのような僕と
サクランボのように いつもピンとしたカノジョ
幼稚園の入園式の日から 僕はカノジョの後ろを歩く従者だった 

中学生になると
男女という生物学的な分類が 
越えてはいけない ベルリンの壁になることを知った
男は男 女は女の世界にいないと 周囲から弾かれる
カノジョのためにも 
僕は 必死に距離を保とうとした しかし・・・ 
そんな一般論など 
我関せずのカノジョは
学校の廊下で僕を見つけると 大声で「一緒に帰ろ!」と 
腕を引いた
それでも 周囲の反応が 全く変わらなかったのは
だれも僕のことを 男と認めていなかったということか・・・
結局・・・ 
社会人になっても 
僕らの関係は 変わらなかった

遊び場も 相変わらずの夢の国
そんな僕らの前に 
突然 アンリの天敵 ジェリー(Gene Kelly)が 現れた・・・

Basyariiiiiiiiiiiiii!!

ダンボのカルーセルの おかげで 
レン・チンされて よれよれになった もやしの僕を
意地悪く見つめるカノジョを EOS-1D Xが捉えた

「madame  ごめんなさい!
 あなたの 美くしさに コイツが反応してしまいました」

フランス語のイントネーションが鼻につく日本語だった
明らかに 
住む世界の異なる 天然フルカラーの男を
斜に構えて目を細める僕の隣で カノジョは瞳を輝かせていた
僕には 一度も見せたことのない 麗しい姿で・・・

その日を境に
僕の心は カノジョを遠ざけた 
隣人でありながら 顔を合わせることも 
連絡を取ることもなく 二ヶ月が過ぎた・・・ 
風のうわさで 
カノジョの勤めるホテルに アイツが長期滞在していることを知った
もはや 僕はカノジョの 何物でもない存在になっていた 

しかし・・・ 
カノジョ誕生日でもある七夕の夜 
心に抗った僕の身体は 
Peugeot208GTIとともに ホテルの前にいた

運転席の扉に手をかけた そのとき・・・
僕の瞳には 
ホテルの車寄せで 抱きしめ合う男女の姿をとらえた・・・

カノジョが 女に変わった瞬間・・・
どうしようもない虚無感に襲われた僕は
映画 巴里のアメリカ人で歌うアンリ(Georges Guetary)のように
カノジョの人生から 退場することを決めた

Peugeot208GTIの扉に
手をかけていた右手は扉から離れると イグニッションを回した

Buoooooooooooooooooooo

カーステレオから流れる 
ガーシュインの音色とマフラー音が 虚しく共鳴した

♪An American In Paris - Gershwin- Clarinet♪

「所詮 僕らの関係は 環境が造った偶然の産物だったんだ・・・」

そう自分に言い聞かせながら
長年 ケータイに居座り続けた カノジョの連絡先を削除する

コンパクトカーでありながら 
Peugeot208GTIの車内は広い 
閉所恐怖症の僕でも 恐怖を感じたことはなかったが
空席になった助手席が
ブラックホールのように 闇が広がり始めていた

グラリと世界が歪む・・・

あの忌々しい 
恐怖が 背中を冷たくした

「あぁ 208(お前)もか・・・」

目を瞑り 
大草原をイメージしようとするが 
漆黒の闇の勢いは凄まじく すでに僕の首元迄が闇に飲み込まれていた

だめだ・・・

そう 思ったとき

Kotun Kotun!

蜃気楼のように 
揺らめく視界の中に・・・ぼんやり カノジョの顔が浮かぶ

「今年は お祝い無しなの~?!」

カノジョの聲が 僕を正気に戻した
Peugeot208GTIの ウィンドウを開けると
そこには 制服ではない ドレスアップしたカノジョが立っていた

「その恰好は なんだよ?」
自分でも 凍えるような冷たい口調だった
 
KotuuuuuuuN!

「痛っ!・・・」
カノジョの 拳が僕の頭にヒットした

「ホントに 乙女心を 理解できないのね!
 い~ぃ! よく聞きなさいよ!
 私は 何でも楽に こなす天才より
 後先考えずに 側溝に飛び込んで 
 私が落としたプーサンのキーホルダーを 取ってくれる人!
 そのおかげで 足が抜けなくなって 
 側溝に長くいたから 未だに閉所恐怖症を患っっちゃてるような人!
 そういう 人がいいの!」

そう叫ぶとカノジョは 僕の頬にそっとキスをした
カノジョにとっては 僕は ずっと昔から男だった・・・

♪Ella Fitzgerald - Summertime (1968)♪

いつの間にか消えていた漆黒の闇 
ホテルのロビー前では 
ジェリーと・・・ 
カノジョによく似たホテリエが まだ抱き合っていた

僕たちの未来は 巴里のアメリカ人のようにはならない
そう感じながら 
そっと カノジョの腰に手を回そうとすると
ぴしゃりと 叩かれた・・・

やれ やれ・・・ 
Summertimeが 流れる中
叩かれた左手は
トランクの中に忍ばせていた 真っ赤なバラを そっと掴んだ


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