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『ビリー・リンの永遠の一日』ベン ファウンテン (著)上岡 伸雄 (翻訳) 戦争と日常が、戦争とエンタメやスポーツビジネスが深く絡み合うアメリカという国・人々の現実・病理が、19歳の若い兵士の視点から生き生きと描き出される。WBCの最中に読むとまたいろいろ考える。

『ビリー・リンの永遠の一日』
(新潮クレスト・ブックス) 2017/1/31
ベン ファウンテン (著), Ben Fountain (原名),
上岡 伸雄 (翻訳)

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「兵士の見た過酷な戦場と、祖国アメリカに溢れる愚かな狂騒。全米批評家協会賞受賞作。中東での戦闘を生き延び一時帰還した8人の兵士。彼らは戦意昂揚のための催しに駆り出され、巨大スタジアムで芸能人と並んでスポットライトを浴びる。時折甦る生々しい戦場の記憶と、政治やメディアの煽る滑稽な狂騒の、その途方もない隔絶。テロと戦争の絶えない21世紀のアメリカの姿を、19歳の兵士の視点で描く感動的長篇。」

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ここから僕の感想。

 読書師匠しむちょんが教えてくれた本。

 あとがきによると、作者ベン・ファウンテンが、2004年11月25日の、テキサススタジアム、ダラスカウボーイズ対シカゴベアーズ戦のハーフタイムショーを見て構想したものだ。

 この試合とハーフタイムショーは現実だが、「たまたま英雄的戦闘が報道されたために一時帰国して利用された若い兵士たち」という主人公達ブラボー分隊は作者の創作である。
 
 ビヨンセ含むデスチャが招かれ、大学や軍のマーチングバンドとともに歌い踊ったのは、当時イラク戦争によってサダムフセインは倒されたものの、まだ反米勢力の攻撃が続いていた時期でありイラクが泥沼化しつつある頃で、アメリカ軍を支援し、戦争への支持を高めるために行われたハーフタイムショーだった。

僕はYouTubeでこのときのハーフタイムショーを見た。以下のリンクで見られるのでよろしければ。

https://youtu.be/PjND6UjI8n4

 砂漠の戦場の、イラクの過酷な現実、そこで常に死と隣り合わせの生活、そして戦闘で部隊の仲間の死を生々しく体験したのに、一時帰国して数日間、平和な米国内をツアーすることになり、主人公はなんとも理不尽な体験をする。
 
 熱狂するごく普通の、上流階級から庶民まで、見知らぬ人から家族まで、利用しようとする人、無邪気に興奮する人、助けようとする人、
 
 しかし、数日で、またイラクに戻され、10カ月以上また軍務につくことが決まっている。

 若者を戦場に送りながら、国内ではごく普通の日常が続いているという、この状況はアメリカという国の基本形なのだろう。

 断続的に、それは第一次大戦から第二次大戦、朝鮮戦争からベトナム戦争、その後も世界の様々な紛争地に、地域戦争に若い兵士を送り続け、そこで若者は死んだり傷ついたりし続け、しかし国内では映画、スポーツ、音楽といった娯楽とビジネスと日常生活が普通に続いている。

 そして、スポーツに熱狂するのと、ある部分重なり、ある部分は異なる熱狂をもって、戦争の英雄たちに国民は興奮するのである。

 ちょうどWBCで、日本中が熱狂している期間この小説を読んでいたわけだが、妻がWBCに熱狂する日本国内の様々な人たちを報じるニュースを見ながら、「戦争の初期に連戦連勝のときっていうのは、こういう感じで興奮したり高揚したりしていたのかもねえ」という感想を話してくれた。そうなのかもしれない。国際試合で日本が勝つことの誇らしさ、選手をヒーローとして熱狂する感じ。

 日本人は「戦争のヒーロー」に興奮するという事態を、もう80年くらいしていないので、そう言われると「そうなのかなあ、違うんじゃあないかなあ」と思ってしまうが、戦争をずっとし続けているアメリカでの国民のマジョリティの反応というのはそうなのかもなあ、と読んでいてなんとなく分かってくる。
 そのことの不健全さ、しかしアメリカと言うのはそういう国なのだということが、若い兵士の数日間の体験の中で、ものすごくリアルに描かれていくのである。

 アメリカ人の、アメリカと言う国の、日常と戦争の間の複雑で連続した関係というものを、改めて、というか、初めてこういう風に見ることになった。

 ウクライナ戦争とワールドベースボールクラシックの時期に。アメリカと日本が決勝戦を戦う前夜に。岸田首相がキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談したこの夜に。戦争と日常が、スポーツやエンターテイメントと戦争がどんなふうに国民を熱狂させる仕組みになっているか、日本ではそこは今はつながっていないように思われるが、ずっと戦勝国でありつづけるアメリカでは、そこのところがどうなっているのか。その構造に日本もがっちりと本当は組み込まれているのではないか。そんなことを、この小説を読んで、みんな、考えてみるのもいいかもよ。

 僕の心の師である、故・加藤典洋氏が、カバーに書評を書いているのを引用して、感想おしまい。

イラク戦争版『キャッチ=22』と称されるこの小説は、面白い。面白すぎるかもしれない。主人公は19歳。彼の所属するブラボー分隊の生き残りは、全米のヒーローで、戦意高揚のためイラクから一時帰国し、アメフトのハーフタイムショーに駆り出される。歌うのはビヨンセ。空には花火。二日後には戦場に戻るのに、ステージではゴージャスな平和がふり立てたお尻を戦争の悲惨な下腹部に押しつけてくる。作者は戦争を経験していない。そのことを賭け金に、現代の「平和と隣り合わせ」の戦争の真実を問おうとする。そこにこの小説の真価がある。」

本の背表紙から


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