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昨夜、日曜、夜九時、同時刻にオンエアされていたNHKスペシャル「ビジョンハッカー〜世界をアップデートする若者たち〜」と、TBS日曜劇場「ドラゴン桜」、両方、見ると、いろいろ深く考えさせるものがある。

 昨夜、日曜、夜九時、同時刻にオンエアされていたNHKスペシャル「ビジョンハッカー〜世界をアップデートする若者たち〜」と、TBS日曜劇場「ドラゴン桜」、両方、見ると、いろいろ深く考えさせるものがある。

 「ドラゴン桜」の方は、多くの方がご存じだと思うが、三田紀房のマンガ原作のドラマ化、滑り止め二流私立高校の落ちこぼれ生徒たちに「バカのままだと、大人になっても社会の仕組みが分からず、馬車馬のように働かされて搾取される側になるだけ。そうなりたくなかったら、勉強して東大に行け。バカとブスほど、東大に行け」という弁護士、桜木が、落ちこぼれを特別指導して、東大に入れる、という話。東大受験のための指導ノウハウが極めて実践的で役に立つのと、バカのまんまだと損するだけだぞ、まずは東大に入ってからどう生きるかは考えたらいい。試験はバカでも貧乏人でも差別しないぞ、というメッセージが受けて、15年前くらいに一度、同じ阿部寛主演でドラマ化されヒットした。

 昨今、親世代の格差貧困が、学歴に反映される、東大生の親は高額所得者ばかり、という論が主流になったので、「貧乏借金まみれラーメン屋を姉と切り盛りする、貧困に苦しんで受験を断念しそうになる」瀬戸輝(キンプリの高橋海人)を生徒の主役にして、「貧困であるほど、東大に行け、それを手伝ってやる」という筋を再導入して、続編が作られているのである。(制作チームが「半沢直樹」チームで、ノリがほぼあの感じ。)

一方のビジョンハッカーの方、NHKのホームページから番組紹介を転載。

「ビジョンハッカー〜世界をアップデートする若者たち〜」

 「ビジョンハッカーとは、「目の前の課題解決に取り組む」だけにとどまらず、その課題を生み出すシステムや背景にも注目して、これまでにないやり方で挑む人々。東日本大震災以来、そうした若者が増えたことに注目した日本のNPОが命名。趣旨に賛同するゲイツ財団と連携してビジョンハッカーの発掘に取り組んでいる。「利益追求より社会貢献」というデジタルネイティブから生まれた、世界各地のビジョンハッカーたちに密着する。」

 でね、登場人物に、尼崎の貧しい市営団地出身で、そこから東大に行って、いま、ビジョンハッカーとして活躍する青年が、取り上げられているんだわ。「おお、リアル ドラゴン桜の生徒みたい」興味深いなあ、と思ってみていた。この青年が代表をしている「Learning for All」は、貧しくて勉強できない子のための、教育支援活動をする団体なのだ。

 しかし、このビジョンハッカーという番組、なかなか、今どきのいろいろな問題が凝縮していて、ちょいときちんとみんなで見て考えた方が良いと思うので、ちょっと書きます。

 今まで、こういう社会支援活動は、どこかの政党との関連で行われるイメージが強かった。どちらかというと左派リベラル政党の支援を得て、というようなパターンが多かった。

 この番組は、そもそも「ピジョンハッカー」という概念自体が、ビル・ゲイツ発であることからも分かるように、
①学歴も高く、一流企業に就職しているような若者が自らの意識の高さと、SNSなどを使ったネットワークと行動力で活動を始める。
②そこに参加する若者たちも、様々なバックグラウンドを持っているが、この番組で紹介されたものでも「大手広告代理店出身の」「経営コンサル出身の」という、高学歴→就活勝ち組みたいな人が多そう。
③それを、今日の番組でも「日本財団」とか「ゴールドマンサックス」とか、日本の保守的財団やグローバル大手企業や、左とは正反対の人たちや組織が資金援助している。

 という形で、社会の貧困、不平等を解決しようという活動なのだ。グローバル大企業が、社会的責任として、そういう若者の活動を支援しているよ、いいことでしょう、という印象に、半分はなっている。

「政治経済的な、現状の社会秩序は維持した上で」、「社会問題の解決を、意識高い若者の行動力に期待しちゃう」、「動きの鈍い大企業や官僚や政治は、彼らを支援応援する。」という構造なのだな。

 もちろん、グローバル企業が正義の味方、なんて甘いものではないことくらいわかっているよ、という姿勢を示そうと、アメリカの、Amazonの倉庫で働いていて不当に解雇されたクリスさんという青年が始めた「エッセンシャルワーカーの待遇改善運動」と、それを弾圧するAmazon、と言うエピソードも紹介している。あくまで、アメリカの事例として。
(もうひとつはブラジルの貧民街ファベーラでの太陽光発電を活用しての貧困から脱けだす社会活動も紹介しいている。ここでは、太陽光パネルを無償提供してくれるのは中国企業、と紹介されている。)

この、Amazon悪者パターンと、中国企業の関わり方を見せることで、「大企業の関わり方もいろいろ」という風に、いちおう紹介しているわけだ。


 話は戻って、日本での事例紹介でいうと、ビジョンハッカーというのは「意識高い系で、学歴も就活も勝組系」の若者が社会課題の解決のための組織を自ら立ち上げ、大手企業から資金を調達したり、官僚までネットワークを拡げたり、行く行くは政策提言までしていくという、かっこいい動き。

 出てくる人たちも、まあ、なんというか、電通の若手社員たちみたいな雰囲気の人が多いのだな。もう一例紹介されている、世界での貧困層への医療サービスを拡げる活動をしている女性は、化粧品会社の商品開発をしていた人。言っては何だが、就活で、最強の勝ち組経歴だと思うよね。私が現役時代に仕事で会っていた、意識高い系優秀な人たち、という感じ。

 そこには、「反権力の姿勢で」という形ではなく、むしろ、大企業と公権力のネットワークをうまく活用しながら社会正義を実現しようという運動な感じ。それが今どき感だし、参加したい気分を拡大しているんだと思う。

 社会問題を解決する回路としての、「政治」「政党」を通じて、というのが、決定的に魅力を失っているということなんだと思う。政治・政党に近づかずに、社会問題を、自分たちのネットワークの力と、大企業のお金とで解決していく。そういうことにお金を出すことが、いまどきの企業にとって、メリットありますよ、という世論を強めることで、グローバル資本主義をいますぐ倒すとか変えるとか、政治活動とか選挙とか、そういう政治的手続きなしに、喫緊の社会問題、貧困や教育問題を解決していきたい。

 いまどきの有能な優秀な若者たちがそう思う気持ちはよく分かる。

 資金援助の窓口となっている、ゴールドマンサックスの僕ら世代の男性が、彼らの活動に対して、応援したい、という気持ちになるのも、よくわかる。自分たちが若いときは、そういう活動はしなかった。自分の今の仕事が、直接、世の中の問題解決に貢献しているとも思えない。むしろ、ブルシットジョブの代表だということも、心の底では気が付いている。

 ゴールドマンサックスほど、お金に汚い企業も世界中にないのだが、だからこそ、そう思うのだと思う。

ふたつの番組をまとめてみると

バカとブスと貧乏人ほど東大に行け。

②そして、できるだけてでかい企業に就職したり、弁護士になったりして、社会の仕組みのより、深い所に関われる実力をつけろ。

③そして、ビジョンハッカーになって、おっさんたちが古臭い理屈を振り回して一向に変化する気配のない政治の世界なんかに関わらず、それを飛び越した速度感で、世の中の問題を解決しろ。

④大企業、グローバル企業、各種財団、そういうところには、ビジョンハッカーを応援する気持ちと権限のある大人たちが、いるぞ。そういう人たちに、積極的に、支援を求めろ。

⑤貧困も格差も、そうやって解決するしかないぞ。

⑥そういう活動が力を持てば、政治家も、官僚も、ビジョンハッカーからの提言を無視できなくなるぞ。政治なんて、いちばん最後にしか変わらないぞ。政治を入り口に社会を変えようとしても、疲れて、失望して、いいことないぞ。

「ドラゴン桜」×「ビジョンハッカー」を合わせて見ると、そういう意見に集約されると思う。

いまどきの、優秀な、学力も意識も高い若者たちには、官僚になるよりも、政治家になるよりも魅力的な生き方なんだろうと思う。

政治の側にいる人、官僚、その問題をどう受け取る。

 保守側だけじゃない。左翼側、リベラル側の旧来の政党の人たちも、そこのところ、よく考えないといかんと思うぞ。

 わたしの場合、広告・マーケティングの仕事のブルシットジョブ感に堪えられず、文学や政治について考えることだけをするために隠居生活に入ったのだが、社会問題にどう関わるかの葛藤は、斎藤浩平『人新生の資本主義』の感想文noteに書いた。政治との距離の取り方、大企業との距離の取り方、社会問題に取り組むにあたっての、このビジョンハッカーというもの、うーーーーーん、日本版は、大企業グローバル企業に近すぎる感じがするけどな。

興味があれば、こっちのnoteも読んでみてください。

『人新世の「資本論」』斎藤 幸平 (著)、今年僕がお勉強したこと、社会的共通資本・コモンズ(宇野弘文)、ブルシットジョブとエッセンシャルワーカー(デヴィッド・グレーバー)全部まとめて最新マルクス研究に落とし込んで地球温暖化を止める方策につなげる、すごい本でした。


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