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読書リスト 2『宇宙と踊る』の料理と語源、科学と恋愛。

#読書バトン のテーマに合わせて先に「『波打ち際』の読書リスト ― 年末に読むおすすめ」で10冊を簡単に紹介したけれど、それぞれの本にまだ尾ひれがつきそうなので、続けていく。

冒頭に「物理学と文学の波打ち際」として紹介したのはアラン・ライトマン 『宇宙と踊る』だった。

先の記事で紹介した、空っぽのオーディトリウムのステージで練習するバレリーナの動きを物理学的に観察し、その跳躍が地球の軌道にどのような影響を与えるかを書いた冒頭の短編。 計算結果や内容はぜひ本をお読みいただくとして、これに登場する彼女のステップの描写「ソテー、バットリー、ソテー」の「ソテー」が気になった。

バレリーナの跳躍「ソテー」はフランス語のsauterで跳ぶの意、とのこと。なるほど。

すると浮かぶのは炒め物のソテー。これもなんと同じ言葉でsauté = 過去分詞形、とばされた、の意! 油がフライパンの上を踊るのでソテーというそうです。バレーと料理は通じていた。

料理の言葉っておもしろいな、ということで次にコンフィ。肉を油に浸しゆっくり熱する。鴨のコンフィとか言いますが、実は意味はconfire「保存する」。だから実は果物にもコンフィはあって、その場合は油でなく砂糖漬けになる。どちらも再加熱を繰り返すことで数ヶ月もつ、世界最古の食品保存法の一つとのこと。オレンジピールの砂糖漬けなんかを思い浮かべます。

さらに驚きは、このフランス語コンフィ(肉の油漬けまたは果物の砂糖漬け)、confire保存するの過去分詞形ですが、名詞形のコンフィチュールはジャムのことですね。ポルトガル語にするとコンフェイトにつながって、日本の「金平糖」に出会う! ポルトガルから日本に金平糖(confeito)が伝わったのは、500年ほど前の戦国時代だと言われています。宣教師から伝わり、貴重品であるため公家や武士だけが触れるようなものだったとのこと。なるほどコンフィの言葉は、肉や果物のみならず概念も「保存」している。

もはや宇宙と踊るとは関係ない話になってしまいました。この本の中での僕のおすすめは、3つ目の短編「ほほえみ」です。ぜひ実際にお読みいただきたいのだけど、ショートストーリーのように、ある男女がそれぞれ違う生活をしている様子から始まります。彼女は油絵を描いたり友達と会ったりしている。彼はランニングウェアを着てトレーニング。他人同士。でも、とある霧の濃い午前中、湖にそれぞれ向かい、桟橋の上で出会う。二人のあいだに数メートルの距離。その瞬間から突然描写がスーパースローに。光が二人の体にあたり、それがどのような角度でお互いの瞳にめがけて入り込むか。その光が網膜や水晶体を通って、いかに眼底の視細胞を刺激するか。そこからの信号がどのように視神経を抜け、種々の電気信号や化学的な反応を経て、ニューロンの発火につながり、脳が互いを人間であると認識するか。このすごく細やかな説明が、延々4ページほど。そして最後に「これのことは全て科学で分かっている。まだ科学でわからないのは、なぜこのあと二人が微笑み合うかだ。」

記事執筆は、周囲の人との対話に支えられています。いまの世の中のあたりまえに対する小さな違和感を、なかったことにせずに、少しずつ言葉にしながら語り合うなかで、考えがおぼろげな像を結ぶ。皆社会を誤読し行動に移す仲間です。ありがとうございます。