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「健康診断に月経などの問診追加」のギモン

健康診断に月経困難症や更年期障害などの問診を追加」という話が話題になっている。「女性の健康に関する取り組みが推進される!」と喜ぶ向きが強いが、産業医・産婦人科医という双方の顔を持つ者としては、正直疑問が多い、というか正直あまり望ましくない話と感じている。
既に政治的には規定の項目で、進むのだろうなとは思いつつも、きちんと論拠をもって反論し、「あるべき姿」について考えたみたいと思う。
長いが是非太字だけでもつまみ食いしてもらえたら嬉しい。

要点は以下の3(+1)つだ。
① 健康診断の「本来の意義」にそぐわない
 =月経・妊よう性・更年期が「就業上の安全・リスク」に直接関与しない
② 月経・更年期は「会社が把握すべき健康情報」ではない
 =事業者が個人の月経・妊よう性・更年期について把握することが一概に良いとは言えない
③ 女性の健康と労働は「健康診査」「両立支援」で捉えるべき
 =企業が法律に基づいて行う「健康診断」に含むことが目的に添うとは言えない
Appendix:本当に意味があるのかも疑問・・・
(※本音)

あくまで今回は健診の話にフォーカスしているので、その他の法的な項目については少し雑な表記もある。(例:健診の対象者を「すべての労働者」と表記→本来は義務の範囲は全員ではない)

それでも10,000字を超えてしまった・・・

前提:健診項目への追加について

ここは参考資料を紹介する形でシンプルにまとめるが、
① 事業主が行う一般定期健診の標準問診票に
② 月経困難症、妊よう性、更年期症状などの項目を新たに追加

ということが議論されている。
つまり「企業での健康診断に女性健康の問診を入れる」ということである。

健診項目への追加以外も含め、自民党の議員連盟からも申し入れがされており、かなり強い流れとも言えるだろう。

ちなみに提言本体はこちらから見ることができる。https://drive.google.com/drive/folders/1i8yRcuCpgymQF3Ru4jasZTrbJ8papWuW

「健診休暇」や「骨粗鬆症検診」など様々な提言があり、その中には良いものもあるが、今回は「女性の健診」にフォーカスする。

そしてこれらは現在厚生労働省でも審議が進んでおり、特にフォーカスして議論された検討会はこちらから資料が見れる。

これらの議論も踏まえた上で、考えていきたい。

① 健康診断の「本来の意義」から考える

なぜ「会社の費用負担で」健康診断を行うのか

なぜ日本では、「会社が」「年に1回」「会社の費用負担で」健康診断を行うのだろうか。よく「従業員の健康増進のため」と考えられているが、それはあくまで副次的なものであり、主たる目的は「労働災害/労働起因性疾病の防止」であることを忘れてはならない。
つまり
①「労働により生じる健康被害」を早期覚知する
②「健康状態により生じる労働上のリスク」を事前把握する

ことが本来の目的だ。

①は有害物質を利用している労働者に対する特殊健康診断がわかりやすい。「健康障害を起こしうる物質」を使うなら、その健康被害が生じていないことを確認するのは、当然に事業者の義務になる。石綿を使うなら、肺に問題が生じていないのか確認するのは当然だろう。
②がまさに一般健康診断の主たる目的だ。例えば運転中に突然くも膜下出血を起こしたら、大事故を引き起こしかねない。これは労働者個人の問題ではなく、人身事故になれば「仕事で人を殺した」となりかねないので、事業者には可能な範囲の予防義務がある。(「運転中に事故を起こしうる状態になるか」と考えるとこのテーマはわかりやすい)
この「予見可能性」があり、「結果回避が可能」な有害事象を予防するというのが企業の健康診断における安全配慮義務であり、これを遂行するために事業者は全ての従業員に対し健康診断を行う。

①・②ともに「健康と労働のリスク」の話であり、本来労働しなければ生じないリスクともいえる。だから会社が費用負担をすべきであるし、法的に会社に義務付けられているのである。

さて、この点において「女性の月経困難症・更年期症状」はどうだろうか。
①の観点では、少なくとも特定の業務が月経困難症や更年期症状の原因となるというエビデンスは乏しい。確かに双方ともに社会的状況などが関与するというのはあるが、あくまでその一部に過ぎず、「業務により生じる」とまでは言えない。メンタルヘルスの問題は大きいが、こちらも「業務起因性」と「個人差としての月経前症候群/月経前不快気分障害」などは区別すべきだろう。(※職域のメンタルヘルスは健康診断とは別の、個人のプライバシー配慮が強いストレスチェック制度が中心となっているのも重要)
②の観点でも、現在就業のパフォーマンスに関わるといった話は話題になっているが、何らかの重大事故の「予見可能性」があり、「結果回避が可能」な疾病とは言えないだろう。極論を言えば「月経困難症で気絶する」といえなくはないが、この手前で痛みなどがあり、この段階で労働者個人が予見すべきであり「健康診断で会社が予見すべき」ものではない

上記の観点から、まず「労働リスク」の観点では「会社が」「費用負担をして」行うべき「健康診断の項目」とは言えないのではないだろうか。

月経や更年期は就業に大きく関係する?

しかしここで「労働基準法に定められた生理休暇があるように、月経や更年期は就業に大きく影響し、安全配慮義務に関わるのではないか」という意見も確かにありうる。個人差はあるが、場合によっては就業上のリスクになりうるという意見も一定理解はできる。

しかしそれは「月経などを会社がリスクと捉え、就業を禁止/制限する可能性がある」ということでもある。
「あなたは月経困難症で、就業に耐えないので生理日の就業を禁止します」
この発言が、どれだけ危険なものかご理解頂けるだろうか。

もちろん、個人の健康状態に応じて「就業の配慮」をするのは会社が行うべきことである。しかしその主体はあくまで個人であることを忘れてはならない。健康診断の結果により就業を制限したり禁止するのは、「会社が個人の就業の自由を奪う」ということでもあり、主体は会社だ。
「個人が生理日の就業が難しいと自発的に申告した」場合に、会社が免じるというのはありうる形だが、「会社が健康診断の結果に基づき、女性労働者の生理日の就業は難しいと判断し禁止した」というのはむしろあってはならないことだろう。

「生理休暇という制度があること」を「就業上の安全配慮義務の必要性」と捉えるということは、つまり「生理が就業リスクである」ということに等しく、男女雇用機会均等などの考え方にすら反しかねないのである。

※Appendix:そもそもの「生理休暇」の考え方について※
なお生理休暇についても、自民党の提言でも「休暇の普及」が言及されているが、現代にマッチした制度かは疑問だ。
労働基準法上は「生理により就が困難」な場合の休暇として扱われているのが生理休暇だ。1947年の制定当時は「月経の出血により就業が難しい(=肉体労働に従事できない)」ことを主に想定していたのであり、戦後すぐ、衛生的なトイレも高機能な生理用品も十分にない時代の話である。
現代ではナプキンなどで対応ができるため、「出血で就業が難しい」ということは少ないだろう。一定の不便があることは承知しているが、むしろ月経回数の増加による月経困難症や月経前症候群の問題、つまり「出血ではなく周辺症状で就業上の不便が生じている」という問題が主になっているだろうし。これらも婦人科で対処が可能だ。だからこそ「月経・更年期などによる経済損失」の多くが生産性の問題(プレゼンティーイズム)であり、欠勤の問題(アブセンティーズム)ではないとされているのだ。
この議論は本筋ではないので深堀りしないが、「生理=就業免除」という考え方が現代において適正かは考えるべきだろう。

「健康増進」と「健康管理」は別の話

これらの話がなかなか理解されない背景に、そもそも「会社の健康管理」と「従業員の健康増進」が随所で混同されているという問題がある。
確かに会社が健康増進を行うのは「良いこと」である。成人期の健康障害はその後の健康寿命などに大きく影響する。健保の補助による人間ドックや健康経営や特定健診など、そのための枠組みもある程度用意されている。
また会社にも利益がある。プレゼンティーイズムなどの考え方に代表されるように、健康上の課題を持っている場合、事業の生産性に関わることが示されている。

しかし考え方は大きく異なる。
労働による健康障害/労働上のリスクが考えられる場合、会社はその就業を禁止したり、制限することが必要である。これが一般健康診断において「医師の意見聴取」「事後措置」が法的に定められている意味だ。逆に「従業員を健康にさせること」はあくまで医療の枠組みであり、会社は受診指示こそしても治療をするわけではない。だから当然に健康保険も適用される。
これに対し、事業の生産性に関与する健康問題は、会社が就業を禁止したり制限をすることはない。むしろ「パフォーマンスの低い社員は働かせない」という考えだとしたら、労働者差別につながりかねない大問題なのはご理解頂けるだろう。あくまで「個人が健康増進をするのを支援することで、会社にも利がある」という考え方で、リスクの話ではない。

確かに健康診断も、副次的には「従業員の健康増進」に役立てられるものでいいだろう。しかし主目的は健康管理であり、その副次的なものとして健康増進に役立つ、のであり、健康増進のために行うわけではない
あくまで「健康管理上必要」なものが会社負担の「一般健康診断」の枠組みであり、「健康増進であるといいもの」はそこに健保や個人が付加する(ないし会社がこの「補助」をする)形で行われるべきだと私は考える。

理由①
「会社が法的に行う健康診断は、
労働による健康障害/労働上のリスクに関するものに限る」

月経・更年期などはこれには該当しない

なぜここを分けるべきか、費用負担だけでなく、「情報管理」の観点からも考えていきたい。

② 健康診断の「情報の扱い」から考える

健診結果は「会社が得るべきでない」情報?

一般健康診断の結果は、事業者が労働安全衛生法に基づいて行うものであるから、当然に事業者が確認し、適切な事後措置につなげていかなければならない。
しかし同時に個人の健康に関する、機微な要配慮個人情報でもある。結果を会社が取得するには、本来全て個別の個人同意が必要であり、かつその扱いには慎重にならなくてはならない。要配慮個人情報にもかかわらず、個人の同意なしで事業者に結果が共有されるのは、労働安全衛生法に基づく「就業上の措置のため」であるからに他ならない。そしてその「就業上の措置」は前項で示した通りだ。
このため、会社は「法律に定められた一般健診項目」の結果については個人の同意無しで取得していいが、ここに表記がない項目は同意がなければ取得してはならない。

しかし、この「情報の取り扱い」も現行の健康診断制度においては非常に曖昧に扱われている。典型例が人間ドックだ。
健康診断の費用は会社が負担するが、大企業では人間ドックの費用も会社が「補助」という形で負担していることが多い。そして実際に受けるときにも、「健康診断項目がカバーされている人間ドック」として行われ、従業員本人はその区別を意識していないことが多い。
結果として、本来個別同意が必要なはずの「一般健診項目以外の人間ドックの項目」についても、個別同意なしで事業者に結果が提出されている。このため「法律に定められた取得すべき項目」と「法律の枠外で例外的に取得している項目」の区別があまりされていない。

【補足】適正に健康情報取扱規程を定めることにより、「個人から提出された場合」には個別同意とみなす運用は可能なので、一概に「個別同意なしでの結果提出」が問題/違法というわけではない(参考p10-11)

参考:https://www.mhlw.go.jp/content/000497426.pdf

ここで重要なのは、「就業禁止や制限」という従業員の不利益に直結する行為は、厳正に労働安全衛生法に定められた枠組みで行われるべきであり、つまり「法律に定められた一般健診項目以外」で安易に行うべきではないということだ。例え人間ドックの結果が全て同意の下で提出されていたとしても、法定健診項目以外で就業制限を行うのはかなり慎重になるべきだ
逆に就業制限を行わないのであれば、事業者が要配慮個人情報である個人の健診結果を取得する意義は薄くなる、とも言える。

さて、この意味で「女性の月経困難症や更年期障害の情報」は会社に共有されるべきなのだろうか。
つまり、何らか就業上の制限を行う可能性があるのだろうか

健診で会社が知ったところで、(極論)何もできない

①でも触れたが、「月経・更年期で就業上の制限」というのはあまり望ましくない。

その最大の理由に、月経や更年期は「個人差が大きい」ということが挙げられる。例えば「月経困難症」という病名がついたとしても、日常生活への影響の度合いは大き浮く異なる。1日全く動けないという方もいれば、痛みは感じるが出勤して働くことは可能、という方もいる。また治療反応性も異なる。低用量ピルで軽快する方もいれば、一定の症状が残る方もいる。
重要なのは、医学的な定量化が困難ということだ。

血圧で置き換えて考えるとわかりやすい。
確かに血圧による生じる疾病にも個人差はある。しかしある程度、一定の血圧以上であれば心疾患疾病のリスクが高まることは疫学的に判明している。これが「血圧が高いから就業を制限する」ということの根拠だ。定量化されており、完全ではないにせよ一定のラインを引くことでリスクを判定できる。だから一律的に健康診断で測定することに意味がある。

定量化できない情報は、基本的に組織で管理できない。つまり会社は「月経困難症」と言われたところで、その詳細が定量化されなければ何もできない。
「月経困難症と言われたらそこから個別要素を考えればいい」という反論は想定されるが、それは「一律に健診でやるべきこと」ではなく、「個別要素に配慮が必要な個人が申告すべきこと」である。法律に基づいて行う健康診断として、企業が全受診者の情報を得る意義はない。

つまり「会社が得るべきでない情報」どころか、「得ても意味のない情報」にすらなりかねないのが、月経や更年期に関する情報とも言える。
そもそも女性の月経や更年期、さらには妊孕性はかなりプライバシーに関わる情報だろう。これを会社が一律で取得することを法律に定めるところにも大いに疑問はある。
そこを打ち破ってまで会社が情報を取得する意義があると正直思えない。

現行制度にも矛盾はある

ただこの議論は、最初に述べた委員会などでも割れているところだろう。
例えば法に基づいた一般健診では腹囲を測定しているが、これで就業上の制限がかかるということはまず想定されない。原理原則論でいくならば不要だが、実質的にはメタボリックシンドロームを想定した項目として入れられている。
健康診断の歴史上、あとから追加された項目で、当時にも議論があったようだが、このときから「健康診断は就業管理のため」だけでなく、「健康増進のため」という意味合いも持たれ始めていたのは事実だ。

この流れで「女性の月経困難症・更年期障害」についても、将来的な健康増進のために「成人保健で扱う意義がある」として、取り組むという方針が出ているのも不思議ではない。
しかしそれなら、私は「健康診断」という枠組みでやる必要性はないと考えている。ここは次で触れていく。


③ 女性の健康と労働は「健康診査」や「両立支援」で捉えるべき

「健康診断が適さない理由」のまとめ

ここまでの議論で、
・「健康増進」と「健康管理」は別の話であり、健康診断は「健康管理」の話であるのに対し、月経や更年期は「健康増進」の話である
・健診結果は要配慮個人情報であるが、「就業管理のため」に事業者が個別同意なしで取得できる。月経や更年期は就業管理に関わる内容でなく、この枠組みに入れることは不適当
という話をしてきた。
端的に言えば、「会社が健康診断を通じて月経・更年期を管理する」というのがおかしな話だということだ。

しかし労働人口が減少する時代においては、法律に基づいた「事業者による一律管理」である健康診断のみでは十分とはいえない。「労働者個々に合わせた個別管理・配慮」も重要である。
事業者が女性の健康に取り組む必要性がない、というつもりは毛頭ない。「健康診断という枠組みでやることは意義と矛盾する」というだけだ。

であれば、「女性の健康増進」「女性の健康課題と仕事の両立」を企業はどのように進めていけばいいのだろうか。どういう枠組みがあるべきなのだろうか。
ここで私は「健康診査」「両立支援」の(今すでにある)枠組みを応用すればいいのではと考えている。これらは「女性の健康」に特化した取り組みではないが、これまで述べてきた月経や更年期の性質を考えれば健康診断として扱うより妥当だと考える。

「特定健康診査/がん検診」的な仕組みによる女性の健康増進

特定健康診"査"は健康診断に似ているのでよく勘違いされるが、あくまで健康保険法を根拠として、「市町村が」「医療保険者と」「個人の生活習慣予防のため」に提供しているものである。いわゆる「メタボ健診」のことだ。
枠組みとして近いのががん検診だ。根拠法は健康増進法になるが、「市町村が」「医療保険者と」「個人のがん予防のため」に提供するというのはほぼ同じだ。
「企業が」「労働関連疾病予防/早期発見のため」に行う一般健康診"断"とは異なる。

これまで述べてきたように、月経や更年期は労働関連疾患というより、個人の健康問題という性質が強い。しかし病気になったら対処するのではなく、成人期の日々の予防・早期発見・健康管理が重要だ。
生活習慣病と同じというわけではないが、予防的なアプローチとしては近しいものがある。何なら子宮頸がん検診は20歳から、2年に1回という枠組みが存在し、まさに女性の若年疾病にフォーカスしているといえる。(※受検率が低いという課題はある)

あくまで「女性(個人)の健康増進」を目的にするなら、このような枠組みの方が妥当だろう。しかもすでに企業による一般健診との連携の枠組みも(課題は多いが)確立しており、十分に活用可能な制度のはずだ。
行政や医療保険者(=健康保険組合)が主体となり、その実施にあたって企業と連携して行ったり、企業がよりこれを促進することはより望ましいと思うが、企業は主体ではない。
この枠組みなら企業が就業措置を行う必要性もないし、受診促進をしても結果を管理する必要性もなくなる

女性の健康と仕事の「両立支援」

特定健康診査が予防を目的としたアプローチであるならば、両立支援は既に何らかの健康課題を持っている方に対するアプローチだ。
月経や更年期についても、「症状が悪化しないように予防/医療的な対応をする」なら特定健診・がん検診のようなアプローチが有効だが、「既に健康課題があり、仕事に支障を来している方」には両立支援のアプローチが必要になる。

そもそも両立支援という制度の知名度がやや低いのだが、2つの意味で使われる。
① 仕事と家庭の両立支援(参考:両立支援のひろば
② 治療と仕事の両立支援(参考:治療と仕事の両立支援ナビ
今回の議論は②の話であるが、①も妊娠・出産・育児の話題が大きく、今回の話題を捉える上で参考になる。

「治療と仕事の両立支援」とは、長期に治療継続が必要な病気(がんや脳血管疾患、難病など)を持つ方が、適切に治療継続と仕事を両立できるように事業者・医療機関などが一体となり支援する枠組みだ。

この両立支援、重要なのは「従業員本人からの申し出」から始まることである。本人が治療と仕事の両立に関して一定の配慮・支援が必要なことを会社側に申し出ることがスタートであり、だからこそ会社は個別事例に対して対応をしていくことになる。先程の一般健康診断の考え方とは「起点が会社/個人どちらか」という意味で真逆なのが理解できるだろう。
先ほどAppendixの生理休暇でも触れたが、月経や更年期で労働に支障が出るレベルの場合、医療機関で何らかの対応を行う必要性があることも多い。現代において「月経が働けないくらい辛い」なら、それは将来的な不妊のリスクも踏まえ、婦人科を受診するべきなのだ。
この意味でも「治療と仕事の両立」といえる。

月経・更年期に関してここまで細かい(&重たい)制度は必要ないとは思うが、考え方は十分に応用ができるだろう。多様な労働者が増え、かつ労働人口が減る時代において、この考え方は非常に役に立つものと言えるし、特定健診/がん検診と同様、既に枠組みがあるという意味でも活用しやすい。

結論

長々と語ってしまったが、
①「月経・更年期を会社が費用負担し、情報管理する健康診断で扱うべきではない」こと、
②「女性の健康増進のためなら、他に参考になる制度がある」ということ
をご紹介してきた。

妊孕性については少し問題を複雑にするため、あまり言及しなかったが、「将来の妊娠の可能性」について会社が情報を持つというだけでそのおかしさはある程度ご理解頂けると思う。

今回の話題で唯一例外があるとしたら、自民党の提言でも扱われている骨粗鬆症検診などはこの枠組みが適する。骨粗鬆症であれば骨折などのリスクが高まり、これは労働にダイレクトに影響する。
しかしこれはどちらかというと高齢者就業の問題であり、「女性の健康増進」という話だとややピントがずれる。若い方で骨密度が低めなら、骨量を増やす努力はすべきだが、就労を制限するほどではない。

最後に、今回前提としてひっくり返さなかった「健診をすれば健康が進む」という議論を、ひっくり返して終わろうと思う。

Appendix:健診に入れれば、女性の健康は進むのか?

これはファクトベースではない、個人の印象論に過ぎないという前提ではあるが、私は「健診項目にすれば(女性の)健康が進む」という考え方そのものに疑問がある。

今、従業員はなぜ健康診断を受けているのだろうか。会社から言われているから受けている人が大半で、正直「面倒だなぁ」と思っていないだろうか。
健康診断で将来の健康リスクにつながることが明らかな項目は多数あるが、残念ながら引っかかっても大した対策はできていない
特に女性の健康で大きな問題となる「貧血」は、他項目以上に治療に繋げたり改善につながったりしていない。大半の女性が「体質だから」「いつものことだから」と何もしていないのである。(何なら全国の貧血有所見率は上昇傾向だ)
月経困難症を放置するより、貧血を放置するほうが将来の疾病リスクも、その原因となる病気の見逃しリスクも高いのは明らかだ。

「調べたところで、何もやらないなら意味がない」というのは健診/検診に言える共通項だ。日本の健診/検診の大半が「やりっぱなし」で、ここに取り組むのが先だろう、と私は思う。
月経や更年期の問診を入れる前に、貧血の適切なフォローアップを行うほうが女性の健康増進につながる。子宮頸がん検診の受診率を上げたほうがよほど効果が高い。

確かに「健診で女性の健康!」というのは話題性としては悪くないだろうが、「健診項目になれば、健診機関や会社がよく取り組んで、健康増進になる」という考え方そのものが安直としか私は思えない。

健診というのは究極の「個人管理」である。しかし職場での女性の健康に関する課題は、大体が「職場環境」にある。健診をどうこうしたところで解決しない。
「月経困難症があるなら会議時間を短くしましょう」ではなく、「全ての女性が月経中でも困らない会議時間にしたり、休憩時間を入れましょう」が本質だ。
体調への配慮など含め、生理に対する配慮は、健康診断に基づく個別議論ではなく全体で行うべき話で、この意味でも「健康診断」というのはあまりに筋違いだ。

これは大いに批判を含むが、男性の育児にしても、女性の健康にしても、最近の健康管理は何でも「企業に義務付けることでなんとかする」という流れがあるように感じる。
企業は一義的には営利を目的とする組織であり、健康を管理する組織ではない。健康管理の主体は個人であり、それを推進する役割を担うのは行政や医療機関である。この前提があった上で、就業に関わる部分を企業に要求するならまだしも、健診の費用負担から実施や管理まで企業に要求する考え方には強く疑問がある。

今回の件もあるべき枠組みとして特定健康診査やがん検診など、行政による健康管理の仕組みを提示した。「女性の健康推進」をやるならば行政の枠組みから取り組むべきであり、それもない中で企業の健診が先行するのは、一人の産業医&産婦人科医として、強く疑問に思うのである。

多分既定路線で、健診項目に導入されることになるのでしょうけど・・・


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