米国の確定申告事情とCash App Taxesの狙い
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米国の確定申告事情とCash App Taxesの狙い

Wataru Soga

1月から4月にかけて、米国ではTax File(確定申告)の季節になります。そんな中、Cash AppにTax Fileの機能がリリースされました。米国のTax File事情も踏まえながら、この機能の意義について考察したいと思います。

(そもそもCash Appとは何?という方はこちら。)

米国のTax File事情

日本で企業勤めをしている方は年末調整などほとんど企業がやってくれるので想像しづらいでしょうが、アメリカでは自分で確定申告(Tax File)をしなければいけません。多くの米国在住者はこの確定申告によって余分に払っている税金が返ってくるので、Tax Returnという言葉がTax Fileとほぼ同義で使われる印象すらあります。平均して$2,827(約30万円)返ってくるらしいので、やらなきゃ損という感じでみなさんやっているかと思います。

このTax Fileは自力で申請も当然できるのですが、その申請を助けるためのSaaSは米国では大きな業界になっています。その最大手はIntuitのTurboTaxで、5千万人もののユーザーが利用しています。Intuitのコンシューマセグメントの売上は$3.6billion(約4,000億円)で、その中核をなすのがTurboTaxであることを考えると、一企業だけでもとてつもない規模のビジネスであることがわかるかと思います。

過剰に支払った税金の返金を受けるために有料のソフトを使うというのはなかなか不思議な話に聞こえるかもしれませんが、そこにはアメリカの闇深い政治の話が絡んでいます。Netflixの人気トークショー「Patriot Act with Hasan Minhaj」のシーズン6の「Why Doing Taxes Is So Hard」エピソードがコミカルにまとめていますが、要はIntuitをはじめとしたTax File Software企業たちの懸命なロビー活動によってIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)が無料のTax Filing Softwareを提供することを妨げてきた歴史があります。アメリカらしいですね。

ちなみに私は毎年税理士さんにお願いしています。Visaステータスがここ数年で転々としてTurboTaxなどで正しい条件を入力することが難しかったためです。また同僚の話によると、今はTurboTaxを使っているものの、以前夫婦で経営していたLLCの申告とあわせて申請した際には税理士に相談していたようです。複雑な条件下ではまだ専門家の手をかりつつ、概ねシンプルな場合には税理士より安価なSaaSを使うという傾向はあるかと思います。

Tax File SaaSの相場観は安いプランだと数十ドル、不動産収入があったり個人事業主などの場合は$100を超えてくるイメージです。税理士に頼むと内容にもよりますが$200~300ぐらいからのイメージです。また税金はIRSと州からの徴収があるので、引っ越しなどで州をまたぐと2つ分の州のソフトウェアのコストを払う必要があります。あと提出内容に前年のAGI(Adjusted Gross Income: 調整後総所得)がある関係でスイッチングコストが大変高いビジネスになります。

Cash App Taxesの歴史

Cash App Taxesは遡ること2020年の11月に、Cash AppがCredit Karma Taxを買収したことから始まります。Credit Karmaとは名前から察する通り元々はクレジットスコアのモニタリングやスコアリングを提供していた企業で、様々な金融機関への紹介手数料を高く取ることで成長しました。そこから事業展開をしてTax FilingやHigh-yield Savings Accounts(定期預金口座のようなもの)も提供しています。顧客のデータをうまく集めて活用することで成長した企業と言えるでしょう。

Cash AppによるCredit Karma Taxの買収の翌月12月に、IntuitによるCredit Karma(Taxを除いた残りの全部)の買収が完了したとのプレスがあるのは興味深い点です。Credit Karma Taxは無料で提供している機能なので、Intuitの大きな収入源であるTurboTaxとカニバることを避けたく、そこでCash Appが名乗り出たということかもしれません。

昨年まではCredit Karmaの名前でサービスを提供していたようですが、今年から名前もCash App Taxesとリブランディングし、Cash App上で申請できるようになった、という経緯でした。

Cash App Taxesの狙い

アメリカでは無料で提供される商品について以下のような言葉があります。

If you're not paying for the product, you are the product.
(もしあなたがそのプロダクトにお金を払っていなければ、あなた自身がプロダクトである。)

現在多くのアメリカ人はTurboTaxにお金を払って確定申告をしていますが、Cash Appがそれを無料で提供することで得るものは何でしょうか。それは申請者のデータです。

Tax Fileは一年間の収入や経費、納税額などを提出する手続きなので、申請者の膨大なファイナンシャル情報をCash Appは取得できることになります。Cash Appはデビットカードのインターチェンジフィーを始めとしたフロー型のビジネスモデルでマネタイズに成功したサービスですが、近年より給料振込を促すなどの預かり資産の増加に力を入れています。Tax Fileによってユーザーの資産情報を詳細に把握することができればより事業展開の幅も広がるでしょう。実際に利用フロー内で下記のように納税情報をCash Appに提供することの許諾をとる画面があります。

入力情報をCash Appに提供することの許諾画面

情報の活用方法を少し妄想してみると、例えば十分な収入があるのに投資を初めていない人には既存の投資機能の利用を促すことができるかもしれません。またキャッシュフローが厳しそうな人には現在限定リリースしている小口ローンの提供を促すのも良いでしょう。あるいは今後もしIRAなどの節税効果の高い年金系商品を拡充できればLTV(Life Time Value: 顧客生涯価値)を劇的に高めることができるでしょう。

マネタイズだけでなく、新規ユーザーの獲得の期待もあるでしょう。Credit Karmaからの流入はもちろんですが、Cash Appの強みはシンプルで優れたモバイル体験です。TurboTaxの体験は基本的に「無料でファイルできます→(入力後)実はこの機能には有料のプランアップグレードが必要です」となる、フラストレーションの高い設計になっているのですが、完全無料のCash App Taxesは当然そのような妨害がなく快適です。ビジネスモデルと体験は密接な関係にあることに改めて気付かされます。

Cash App Taxesの体験フロー

体験のシンプルさに触れましたが、もう少し踏み込んで体験フローを見てみましょう。

大きく分けて3つの構造になっています。
1. ファイル前にモチベーションを高める見積もり
2. 基本情報提供による入力項目のパーソナライゼーション
3. 必要項目の入力

1. ファイル前にモチベーションを高める見積もり

Tax Fileをする上で最も気になるのはいくらお金が返ってくるかです。しかし正確な金額は必要項目を全て入力しないことにはわからないとうジレンマがあります。

Cash App Taxesでは非常に簡易な見積もり機能をファイルの前に促しています。わずか6~7項目の情報を提供するだけでざっくりとした金額を提示してくれるので、「この金額のためにこれから面倒な入力を頑張るぞ!」という気にさせてくれます笑

見積もりフロー

2. 基本情報提供による入力項目のパーソナライゼーション

基本的にTax Fileの入力作業は骨が折れる作業です。各金融機関からのフォームを集めたり(金融機関のウェブサイトに訪れてもまだ必要なフォームが出来上がっていなかったり…)、一年間の医療費などの出費の計算をしたりすると大体一日では済みません。

Cash App Taxesのスマートなところは、先に必要な内容を絞り込むための設問を問うことでフォームをパーソナライズする手続きを踏んでいることです。全体像が見えればその後の入力は当然気が楽になります。

入力画面パーソライズに至るまでのフロー

3. 必要項目の入力

あとは入れるだけです。最初に個人情報を入力してその後収入などの必要な情報を入力していくのですが…
許諾の画面で個人情報に応じたフォームの出し分けをしており(夫婦合算で申請する場合のみ配偶者の許諾申請も表示される)、その表示がバグっていて入力を完了できませんでした。リリースしたてなので仕方がないでしょうが、フォームをシンプルにするために随所でパーソナライズしている分、テストが複雑になってバグの見落としが発生しやすいなどはあるかもしれません。申請のピークは3月末から4月の締め切りまででしょうから、それまでには修正することを願います。

スケール化するマーケティングによる今後の展望

Cash Appは通常広告にかけるコストを機能開発への投資にあてて、スケール化するマーケティングを実現して成功したプロダクトと言えます。LTVが高い故に獲得コストが高くなりがちなフィンテック業界において、ネットワーク効果を生む個人間送金やSNSにシェアしたくなるデビットカード券面デザイン機能などのユーザーが恒常的に増える仕組みを築き、これまでわずか$5の獲得コストで7,000万人ものの年間アクティブユーザ数を獲得し、高い収益性も実現してきました。

今回紹介したTax File機能もスケール化するマーケティングと見ることができます。金融機関としては喉から手が出るほどほしい個人のファイナンシャルデータを、ユーザの確定申告を助けることで集め、通常のマーケティングより圧倒的に低いコストで様々な金融商品のクロスセルに繋げていくと見て間違いないでしょう。

今後もCash Appが伝統的な銀行にどのようにチャレンジしていくのか、引き続き目が離せません。


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Wataru Soga
サンフランシスコ在住のプロダクトマネージャー。Dentsu Innovation Studio立ち上げメンバー。南カリフォルニア大学MBA。元楽天。noteではシリコンバレー/アメリカのプロダクトの情報を発信していくつもりです。