見出し画像

米国デビットカード事例からみる、これからのお金のあり方

画像12

米国に住み始めてから、まるでトレーディングカードを集めるかのようにカードが増えていっています。これらは生活の中で必要にかられて作ったものもあれば、「おもしろそうだから」と個人的な興味で作ったものもあります。

画像1

あふれるカードの中でも特徴的に思えるのがデビットカードについてです。前回のNoteではCash Appにおいてデビットカードが収益のドライバーになっていることを紹介しましたが、今回は他の事例も交えながら、デビットカードが切り開くお金の未来について妄想してみたいと思います。

この記事はフィンテック関係者やフィジカルな体験も含めたプロダクトのデザインをする方におすすめです。

米国のデビットカード事情

日本ではまだ馴染みのないデビットカードですが、米国ではデビットカードの利用量が2018年には既にクレジットカードの2倍近くになっています。さすがに利用金額はクレジットカードのほうが多いので、クレカを作れない人がデビットを使っていたり、少額決済はデビットで大きな買い物はクレカのような使い分けによるものと考えられるでしょう。またTSYSの2018年のリサーチによると、米国人の約54%がデビットカードの使用を好む一方で、クレジットカードを好むのはわずか26%となっています。

画像2

デビットカードがこのように好まれる傾向にあるのはなぜでしょうか。

まずカード保有者の観点では、クレカの支払い体験はそのままに、使い過ぎを防げる点です。WalletHubのリサーチによると、2021年は4,700万人ものの米国人が支払期限までにクレカの返済ができないと予測しており、クレカ利用を避けたい人が多くいることは想像に難くないでしょう。

また店舗側にとっては、決済手数料(interchange fee)が低いという理由もあります。米国ではクレカの平均が1.81%に対し、デビットは0.3%と大きな差があります。小さな小売店やガソリンスタンドなどではデビットカードのみと指定しているレジをみかけることがあるぐらいです。

さて、このようにカード保有者と店舗の双方にとってメリットの大きいデビットカードですが、クレカとの比較ではデメリットもあります。

1点目はクレジットスコアが貯まらない点です。日本と比べて様々なシーンでローンを組むケースの多い米国では見逃せない要因でしょう。しかしこの点はクレカへの依存度を下げる形で、スコアを無理なく貯めるという生活の仕方はできると言えます。

2点目はベネフィットの違いです。多くのクレカは高めの決済手数料と年会費とローンなどの複合的な収入源を、ポイント還元をはじめとした保有者へのりワードとして提供することで利用を促しています。一方で、多くのデビットカードはそれほどのリワードを提供しておりません。

この2点目の問題へのフィンテックプレイヤーの挑戦が、これから紹介する事例です。

事例1:クレカ並のベネフィットを提供するPoint

まず紹介するのはPointというサービスです。このサービスはY Combinator出身で昨年Series Aにて$10.5 millionのファンドレイズをしたことでTechcruchでも大きく取り上げられ、その界隈では有名になりました。

タイトルにもある通り、デビットカードながらクレカに対抗しうるベネフィットを提供することが売りになっています。年会費は$49となっており、Chase Shappireなどの米国で有名どころのクレカが$100前後することと比較すると控え目に見えるかもしれませんが、多くの銀行が口座開設時に発行するデビットカードが無料であることと比べると高額ともとれます。

このように決して安いとは言えない年会費ですが、日々の利用によるポイントバックや、スマホが壊れた際の保険、フライトがキャンセルになった際の保険、レンタカーの破損の保険などが組み重なり、年会費を差し引いても年間$1,250以上の価値がある、という試算がサイト上で紹介されています。メインカードとして使えば十分プラスに転じうるのです。

カテゴリー毎のリワードの還元率にも工夫がされており、Netflixなどのサブスク系で5倍、Uber Eatsなどのフードデリバリーやライドシェアで3倍と、現代の生活にマッチした設計になっています。ブランド単位でのリワードも提供しており、様々なフィットネスクラブをサブスクで利用できるClassPass、ヨガウェアなどのスポーツアパレルで有名なlululemon、高品質なベッドウェアをD2Cで提供するbrooklinenなど、意識の高いブランドとの提携に注力していることがわかります。

画像12

カードやアプリのカスタマイズ性が高いことも大きな特徴です。カードデザインは四種類から選ぶことができ、ボールドなフォントでPointのロゴが押し出されたものや、Laura Bergerというコンテンポラリーアーティストがデザインしたイラストなど、4種類ながらも良い意味で選択を悩んでしまうデザインです。デザインはカードの裏側にまで気が配られており、2行にレイアウトされた16桁のカード番号には新鮮さを感じます。このカードの選択はアプリ内UIやアプリアイコンにも反映することができます。

画像5

画像6

画像7

(画面左→右:アプリ上に反映されたカードデザイン、アプリのアイコン選択画面、アイコン選択例①、アイコン選択例②)

画像7

またユーザビリティとして、ロック画面で残高や直近の支払い履歴を確認でき、ホーム画面は4つのタブから自分で指定できる点、アイコンを指定できる点などもユニークです。人とは少し違うものを所有したいと思うこだわりの強いユーザーを意識した、上手な選択肢の持たせ方です。
(画面左→右:残高や履歴を表示するロック画面、デフォルトタブ指定画面、デフォルトタブにポイント履歴を指定した場合の例、自分のアカウントのアイコン指定画面)

画像8

クレカを持てない人のためのデビットではなく、あえてデビットにしたいと思わせられるサービスと言えるでしょう。

事例2:消費行動が自分のポートフォリオになるStash

Stashは初心者向けモバイル証券サービスです。2015年設立で、2020年には500万人のユーザー、AUM(Asset Under Management: 運用試算残高)は$2.5billionに達し、今年の2月にシリーズGで$125millionのファンドレイズによって企業価値が$1.4billionに達したとも言われるユニコーン企業です。

主なビジネスモデルはサブスクリプションで、月会費が$1 / $3 / $9の3つのプランが用意されています。$1では証券と銀行などのベーシックな金融機能が合わさったプランになっていますが、最も高い$9のプランではリワードの還元率が高くなり、年換算で$108であることを踏まえると年会費$100前後のクレカを意識していると推測できます。

画像11

モバイル証券からはじまったサービスということもあって、彼らのデビットカードの特徴はリワードが端株であることです。例えば、スターバックスでコーヒーを買うと、スターバックスの株が数セント分リワードとしてもらえます。日々の消費行動でStashのカードを使えば使う程、自分が利用している店舗やサービスにそったポートフォリオが出来上がっていきます。メインカードとして使っていれば、普段利用しているお店やサービスの株が数万円程度は貯まるでしょう。消費という支援が企業の成長につながり、それが自分の資産として実感を得られるのは、他にはない体験でしょう。

画像9

最後に特筆するべき点として、カードが重いです。チタン製のApple Cardが約15gなのに対し、Stashは約21gです。プラスティックカードが大体5gなので、4枚分が1枚の密度に詰まっていると言えば想像できるでしょうか(難しいですね。)ちなみに米国ではカードの重さを比較しているサイトが散見できます。ここや、ここなど。重さでカードを選ぶ人がいるのか不明ですが、金属のカードをはじめて持つと気持ちが高ぶるのは珍しい経験ではないでしょう。

画像11

事例3:消費行動が環境へのインパクトになるAspiration

以前DISのマガジンで紹介したAspirationもおもしろい例でしょう。環境に配慮しているお店での購買ほど高いリワードがつき、おつりで植木ができるなど、消費行動が環境への影響を与え、そのフィードバックを得れるというものです。

私はまだ持っていませんが、近いうちに手にするかもしれません。

改めて、デビットカードとはなにか

フィンテック業界のトレンドは、大手銀行の前時代的なデジタル体験を転換するという機能的競争のフェーズは概ね過ぎ、顧客の生活にどのように寄り添っていくのかという感性的競争に差し掛かっているのでは、と私は考えています。我々が日々服を選び、食事にも気を配るように、所有するカードを選択し、自ら財務状況の理想を描き、どのようなお金の流れを支持するのか、という考え方の多様性に応えるプロダクトが生まれていっているのです。

企業としてはフィジカルなカードを発行することはある種デジタル化からの逆行ともとれるかもしれませんし、そのカードの材質に至るまでにデザインにこだわるとバーチャルカードとは比較にならない高いコストを払うことになります。前述の通りデビットカードはクレカより取引手数料が低いので、サブスクなど他の収入源を併用しない限り相当回収期間が長くなります。(今回紹介したサービスはいずれもサブスクなのはそのせいでしょう。)

しかしコロナ禍でオンライン消費が劇的に増えたとはいえ、小売での約80%の消費は以前としてオフラインと言われています。今後もデジタル化が進む中でもオフラインでの消費がなくなるということはないでしょう。この消費の大半を占める体験をフィンテックプレイヤーが見逃して良い訳がありません。

お店でどのカードで支払うかの選択は、自分がどうありたいかの選択とも言えます。高額な年会費のクレカで支払うその瞬間にビジネスマンとしてのステータスを実感する人がいるように、Pointでクレジットを使わずともお得に買い物をする人や、Stashでサービスを支持しながら自分の資産も一緒に成長させる人、Aspirationで環境へのインパクトを日常化する人など、価値観にあった選択の多様性が生まれていることが今起こっている米国フィンテックの競争です。企業にとってデビットカードは単なるコストではなく、人の日常的な消費行動に感性的価値を与えるEnabler(イネーブラー:成功を助けるもの)なのです。そしてこの機能を超えた価値観の競争は日本にも近い将来来るのではと私は思っております。

あなたの財布にともにしたいカードは一体どのようなものでしょうか。そこにマーケットチャンスがあるかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?