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音楽性の合う合わない

音楽性の合う合わないを友だちづくりの基準に据えていた時期があった。今考えれば、なんとまあ未熟な、可能性を狭める選択をしていたことか。若いってえげつない。

大学生の頃、あんまり友だちがいなかった。毎日がつまらなくて、授業には遅刻ばかりして、講義室に入るのがいやでサボるのはいつものことだった。

当時は「音楽がすべて」だった。軽音サークルに入って、歌を歌って、演奏をして。人間は音楽をするのが当たり前、極度に音楽が好きで当たり前だと思っていた。子どもの頃にピアノを始めてからずっと音楽漬けだったせいもある。当時としてはもちろん、"極度に"音楽が好きな自覚も、認識の歪みに気づくこともなかった。

音楽に興味のない人、ジャンルの違う音楽が好きな人とは気が合うはずがない。そう盲信して、学部学科の知り合いに心を開くことは稀だった。逆に、「あの子はちょっと尖ったバンドが好きらしい」と知ると、仲良くなりたいなと願った。かといって話しかけることもしなかったけど。

音楽性は自分の中ですら移ろうものだ。3年前に聴いてなんとも思わなかった曲に、その3年後、心を打たれて感動することもよくある。音楽性を基準に人付き合いを考えれば、未来の自分とすらわかり合えないことになる。

もっとも、この考え方のばからしさに24歳頃には気がついた。そもそも自分の音楽の趣味は偏りすぎているのだ。大きな音楽の世界の中のほんの片隅を聞いているに過ぎない。ここを基準にしていては友だちなんてできるはずがない。

音楽性が合う人と出会っても、ウマが合わないこともあった。なんだよ、音楽性が同じなら性格も同じなんじゃないのかよ。いや、むしろ性格が同じだからぶつかり合うのかな。なんだよ、これまで大切にしてきた基準って、こんなに意味のないものだったのか?

それに、中学高校の友だちと、音楽を基準に仲良くしたことってあったっけ?高校の吹奏楽部はさておき、他で音楽の話なんて、してもしなくてもどっちでもよかったじゃないか。そんなことより、ふざけ合ったり、じゃれ合ったりするのが楽しかったよ。何を聴いていようが、みんな大好きだったよ。

ばかばかしい。わたしは音楽の話をするのをやめた。誰とも共有せず、一人で楽しめばそれで十分じゃないか。どうせ聴いている時は一人なんだから。イヤフォンから流れてくる音楽は、第二の友だちであって、赤の他人だ。

実際、音楽性を基準にしない考え方は功を奏した。以前より人の内面に興味を持つようになった。変なこだわりから開放された。

音楽は身に付けるものじゃない。アクセサリーのように、あれこれ集めたものを見せ合って、仲良くなるかどうか決めるものじゃない。音楽は体の内側から染み込んで人を形作るけど、同じものを吸収しなきゃいけないなんてことはない。食べ物だって同じだ。違うものを食べて育ったからって、わかり合えないとは限らない。セロリが好きだったり嫌いだったりするように。

数年後、面白いことに、テレビを毎日見るようになった。外に面白いことがいくらでもあるからだろうか、テレビに興味を抱いたこともなかったし、なんならちょっとばかにしていた。偏見のかたまりだった。

その偏見を洗い流したのは病気の出現だった。人生で病気が出現するなんて思ってもみないよね、ふつう。でもこれは誰にでも起こりうること。

歩けないし、外に出られないし、人にも会えない。そんな日々を救ってくれたのはテレビだった。画面の中に人がいる。動いて喋って泣いたり笑ったりしてる。それだけで寂しさがやわらいだ。人間なんて勝手なもんだ。あんなに「一人は気楽」なんて言っていたくせに。

テレビを通して、好きな芸人さんがたくさんできた。捨て身のタレントさんとか、変わった人もたくさんいた。なんだよ、めちゃくちゃ面白いじゃん。ふつうに生きていては出会えないような、奇抜な人がいっぱいいる。面白くて面白くて、その人たちの音楽性なんて気にするはずがなかった。

たとえば、千鳥のノブさんはミスチルとBiSHが好きらしい。うん、どっちもほとんど聴いたことがない音楽だ。だけど私はノブさんのお笑いが好きだし、感性が好きだし、ツッコミが好きだ。もしかしたらミスチルやBiSHのことも、この先好きになるかもしれない。人生は可能性に満ちている。

人付き合いが苦手だと、人生で関わる人の数も少なくなる。友だちも少なかったから、正直、人間のことをそんなに知らない。人間はどんな時に泣いて、どんな時に笑って、どんな時に何を考えるのか。知識の量が、パターンが、圧倒的に不足している。

テレビは一方通行だからこそ、画面の前で黙っていようが寝ていようが、視聴者にいろんな「人」を見せてくれる。テレビを通して会ったこともない誰かの人柄に触れるたび、くだらない思い込みが成仏していく。ああ、いい人だなあ。こんな人、好きだなあ。自分の身近にいるかなあ、こんな人。

人間関係の在庫が少しずつ増えていく。会ったこともない人たちだけど、いろんなことを教えてくれる。人って美しいんだ。面白いんだ。情けないんだ。いじましいんだ。いろんな人がいて、いろんな考えがあって、その全部が面白い。みんな生きている。そのこと自体が面白い。

そうか、大事なのは生きていることだったんだ。

生きて、人として暮らしていることだったんだ。

生きることは美しかった。生きていることは美しい。

私たちはまだ、生きている。

音楽はやっぱり好きだけど、もっと大切なことが知れた今、もっと広い目で世の中を見ていきたい。

生きるのって面白い。



HAPPY LUCKY LOVE SMILE PEACE DREAM !! (アンミカさんが寝る前に唱えている言葉)💞