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イギリス音楽体験記|ウォータールーの夕暮れ

イギリス留学も終盤に差し掛かった頃のことである。半年住んだロンドンにもすっかり慣れた一方で、私は不完全燃焼に陥っていた。思えば冬の間中うつ状態で家に籠もりきりで何もしていない。学校はサボり倒したし、罪悪感で死にそうである。せめて最後に一花咲かせて帰りたい。故郷に錦を飾りたい! いやまあロンドンは故郷じゃないけど、とにかくこのままでは終われないという焦燥感があった。

そんな折に日本人の友達に教えてもらったのが「オープンマイク (Open mic)」という参加型ライブの存在だった。イギリスはロックの発祥地だけあって音楽文化が盛んで、アマチュアミュージシャン達にも門戸は広く開かれている。

パブ(飲み屋)やカフェでは誰でも参加可能な飛び入りライブを開催する店が多く、そういうイベントを総称してオープンマイクと呼ぶらしい。参加費も無料のことが多く、開催時間に顔を出した人から出演順を決めたりと、かなりのフリースタイル。このシステムで一定のクオリティが成り立っているのが驚きだ。さすがは音楽の国。

私はイギリスに来て間もない頃にギターを買っていた。ロンドンへ引っ越す前、地方都市でのことだ。ホストファミリーはビジネスライクだし、ずっとリビングにいるわけにもいかないし、家でやることがなかったのである。買ったのはホームステイ先の近くのリサイクルショップで、五千円ぐらいの安いアコースティックギター。毎日ポロポロ弾いていたら学生時代よりずっと上手くなった。暇は上達の父だ。

学生時代はバンドでボーカルをしていたし、ロンドンでもよくライブに行っていた。そんな私の音楽好きを知って、友人はライブ出演を勧めてくれたのだった。留学中、自分の歌は誰にも聞かせたことがなかったけど、思い出作りにはまたとない機会だ。私はオープンマイクの話に食らい付いた。

友人によると、彼女の友人(二人とも日本人)がオープンマイクに出演した際、日本語の曲を歌うとたいそうウケたらしい。それまで洋楽を歌っても反応がなかったのにだ。7年も前の会話なので記憶が曖昧だが、私の記憶が正しければ曲は確か、はっぴいえんどの『風をあつめて』だった気がする。日本のフォークの礎みたいな曲だ。

日本人たるもの、日本を最大に活かせということなのか。確かに異国の曲って私たちからしても面白いし、日本語がわからない人が聞いたら案外気を引くものなのかもしれない。方向性は見えてきた。

それから私は地道な練習を重ね、長かった冬は終わり、四月になった。帰国は四日後に迫っている。

ライブ前日、私はロンドンでできた友人達に声を掛け、ライブを見に来てもらうようにお願いしていた。普通なら自分のライブを見に来てくださいなんて、そんな出過ぎた真似はしない方だけど、今回ばかりは別。どうせ帰国してしまうのだし、友人にも会えたらいいし、なにより一人戦は心細い。急なお誘いだったけど、五人くらい来てくれることになった。

友人が教えてくれた情報をもとに主催者に連絡を取り、本当に開催されるのかを事前確認(したような気がする)。そしてオープンマイク当日、行ったこともない街へ、ギターを担いで降り立った。それがウォータールー駅だった。

イギリスの英語はアメリカの英語と違っている点が多い。独自の単語も頻出するが、その中でもインパクトがあるのが「ルー」である。これはトイレを意味する言葉で、ロンドンの下宿先の大家さんがよく使っていた。多分「バスルーム」や「トイレット」よりも少し湾曲的な表現なのだろう。

しかし私が降り立ったウォータールー駅。これはどういう意味なんだろう。ウォーター=水、ルー=トイレ。どう考えても水洗関係の言葉が多すぎる。わけもわからずトイレの駅に来てしまった……。だだっ広い駅前で途方に暮れた。

私は一人で心細い中、開催場所のパブを探した。猛烈な緊張でオタオタする。紛らわしい裏口のドアを正面入口だと思い込み、しかし鍵が掛かって開かないので、これはどういうことだと十五分ぐらい途方に暮れた。表口は通りを曲がったところにあった。

表口から入るとすでにライブのセッティングが進んでいた。思った以上にちゃんとしている。軽音時代の知識がこんなところで活きるとは。私はキーパーソンと思しき人に声をかけた。まだ始まるまで随分時間があるらしい。緊張をほぐすために外で時間をつぶすことにする。

四月のロンドンは日も長くなって暖かい。夜の街が動き出す前の静かな時間、歩道の腰掛けに座っていると街がどんどん夕暮れに染まっていった。降り注ぐオレンジ色が何とも不思議で、私はウォータールーの街から勇気をもらった。なんとなく、これなら歌えそうだ。

パブに戻ると何人か友達が来てくれていた。緊張して喉が口から出そうなので他の参加者の人と会話してみることにする。優しそうな初老の男性に声をかけると、私の下手くそな英語に耳を傾けて、頑張ってねと応援してくれた。会場は参加者でいっぱい。いろんな国籍の人がいて、日本人の女性もいた。みんないい人そうだった。

ライブが始まるとクオリティの高さにびっくりした。こんなんで私、歌えるのかな……!? 順番を後ろの方にしておいて良かった。だけど出番は刻一刻と近づいていく。日本人の女性はさらさらとアップライトピアノを演奏していて素敵だった。

自分の番が来て、目が回りそうな緊張の中ステージに立った。チェコで買ったばかりのアンティークのワンピースを着て、サイズが合っていないので長い裾がひらひら揺れている。アコギを持つ手は震えっぱなしだ。なんだか訳が分からないまま、たどたどしい英語で自己紹介をして、日本語の曲を歌いますと自信なさげにMCをした。

人前で歌を歌うときはいつも不思議な感じがする。私はプレゼンとか司会が大の苦手で、そんなことするくらいなら死んだ方がマシだと思ってしまうくらいに大嫌いだ。だけど歌を歌うとそういうものが全部ひっくり返る。震えていた手が温かくなり、固まっていた喉が旋律を奏で始める。

ライブ中の記憶はほとんどないけど、なんだか楽しくなってきて、空間が自分のものになったようで、あっという間に終わってしまった。意識が飛んだみたいにして2曲歌い終わった(正直、なんの曲を歌ったか覚えていない。二階堂和美さんの曲だったような気がするけど、記憶がない)。

客席はお世辞とは思えないほど盛り上がった。イギリスの人たちはライブを聴くのがとても上手で、良いと思った物にはしっかりと称賛の声を届けるのだ。ブラボー! ビューティーホー! いろんな声を掛けてもらった。座席に戻っても、凄く良かったといろんな人に褒めてもらった。もちろんさっきの人たちも。

私は嬉しくて嬉しくて、あっという間にイギリスが大好きになった。音楽に言葉はいらないって本当だったんだ。誰も日本語なんてわからないだろうに真面目に聴いてくれて、仲間に入れてくれて。音楽って素晴らしいよ。ありがとう、ありがとう。ここのみんなが大好きだ。

色々うまくいかなかったり、鬱っぽくなったり、なんだかんだあったけど、最後にこんなどんでん返しがあるなんて本当に思ってもみなかった。帰国は四日後に迫っていたけど、どんなタイミングであれ、イギリスの素敵な一面に出会うことができて本当に良かった。

私は見に来てくれた友人達と祝杯をあげた。最高のお別れ会じゃないか。気分が良くなった私たちは、そのままビール片手に隣の公園でお喋りした。

途中でジプシーみたいな人たちに絡まれて、お金を要求されたりすごまれたりと危なかったけど、「ギターがあるならなんか弾け!」と言われて一曲歌うと大人しくなった。ジプシーたちは「すげえいいじゃん!」とかなんとか言っていなくなった。やっぱり音楽ってすげえや。


【あとがき】
後から知った話ですが、イギリスのバンド The Kinks 作の『ウォータールー・サンセット』という曲があるそうです。まさにウォータールーの夕暮れ。彼らも同じオレンジ色を見ていたのかな…? それからというものキンクスの名前を聴くたび、ウォータールーでの出来事を思い出してしまうのでした。


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