見出し画像

イラン映画に誘われて 世界を広げる作品たち

『映画の旅びと イランから日本へ』(2021)ショーレ・ゴルパリアン著、みすず書房出版

 イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ(1940-2016)の映画を見た途端、その芸術性の高さ、言葉と映像の端々に込められた哲学と詩にあっという間に魅了されました。初めて見たのは『風が吹くまま』(1999)でした。珍しい葬儀をするというクルド民族の住む小さな村にテレビクルーが訪れが、思うように撮影が進まず…。坂を転がるリンゴや裏返った亀、詩的な描写。それにフレームインしていない人たちのセリフがとても印象的で今でも思い出します。

 僕はキアロスタミの映画は化学調味料の入っていない料理だ、と表現をしたことがあります。映画館で目にする映画の多くは、過激な演出や効果音が使われて、スリルや感動を狙ったものが多いと感じています。それらはある意味、味を濃く、中毒性の高い化学調味がふんだんに使われているのだと感じます。
 一方でキアロスタミの映画は、心や人間の本質に迫る言葉や人生を見せてくれるような作品でした。そうしてイラン映画に誘われるように作品を見始めました。詩的でありながら、てらいのない素朴さや、厳しいイラン政府の検閲にさらされながらも、比喩的に描写したり、豊かな人間関係を鮮やかに描く作品たちは本当に素晴らしいものです。

 そうしているうちに一冊の本に出会いました。イランと日本のふたつの文化に橋渡しをした、ショーレ・ゴルパリアンというひとりのイラン人女性の半生記を書いた本です。

「40年ほど前、海外暮らしの大変さも考えず、若い私は、イランから、あこがれの日本にわたってきました」。「越えなければならない壁がいくつも目の前に現れました」。
 昭和末の日本に降り立ったイラン人女性が覚えたての日本語を駆使し20代でイラン大使秘書。帰国後は国営テレビで日本のドラマを翻訳・紹介し、再来日してからは公開されるほぼすべてのイラン映画の字幕翻訳に関わる。
 世界の映画祭を席巻しはじめたキアロスタミらイランの監督たちの通訳・アシスタントを務め、各地の映画祭でイラン映画の紹介に奔走。多くの国際合作をプロデュースし、日本の監督のイランロケや、イラン二大巨匠(ナデリとキアロスタミ)の日本での映画づくりを「命を削る」苦労で実現した。映画づくりを志す日本の学生たちの教育にも関わる。
 イスラム革命、対イラク戦争、昭和の終わり、バブル崩壊、労働者の大量来日、アメリカの経済制裁...激動の時代のなかイランと日本を往復し、遠く離れた両国の「奥深くに似たところがある」「イランと日本は編みあわされた一つの国」と感じるまで二つの文化のかけ橋となった女性の映画愛に満ちた涙と笑いの半世紀。

―『映画の旅びと イランから日本へ』(2021)背表紙より ―

 彼女の壮絶な人生はもちろんのとこ、クスッと笑ってしまうユニークな言葉やエピソードが非常に良かったです。世界はもちろん、イランでも黒澤明や小津安二郎は尊敬されたり研究している監督がいたり、イランでは国営放送で『おしん』や『水戸黄門』が人気の理由に、イランと日本の価値観が近い、などなど日本にいては知ることのなかった事情などもおもしろ話。映画の舞台裏で巻き起こる壮絶さや、人々の映画に向き合う姿勢、ぶつかり合う個性など、読んでて本当におもしろかったです。

 「イラン映画ってどんなの?」と思う方には、ぜひキアロスタミをおすすめします。日本との合作映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』なども作られていたり、きっかけはたくさんあります。そしてその作品や文化のひとつひとつを感じられるのがショーレ・ゴルパリアンさんの『映画の旅人 イランから日本へ』(2021)みすず書房出版、でした。


 最後に、キアロスタミの『オリーブの林を抜けて』(1994)のエンディングに使われていたスイスのオーボエ奏者ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger) の曲がとても良かったので、聞いてみてください。物語の結末をつくるのは観る側の我々のだ、というキアロスタミからのメッセージが込められていました。

それではまた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?