「マリノスのユニフォームを着たから強くなるわけじゃない」。天皇杯準々決勝でチームリーダーたちが体現した誇りと責任【無料記事】
喜田拓也が感じ取った「ファン・サポーターの思い」
横浜F・マリノスは9月25日、天皇杯準々決勝でレノファ山口と対戦し5-1で勝利を収めた。
計13失点を喫した直近2試合の悪い流れを払拭し、前に進むためのきっかけとしたい一戦。喜田拓也は試合前のウォーミングアップでいつもと違うスタンドの様子から、「ファン・サポーターの考えていることや思いをすごく感じ取れた」という。
「彼らはたぶん、ウォーミングアップの半分くらいチャントを歌わないで無言でいたと思うんですけど、それが彼らからのメッセージだと全体に共有しました。『見せてくれ』と言っているんだと。もちろん真意はわからないですけど、ただ見捨てたわけじゃないという意味も受け取って。
雨の中、これだけ来てくれたこともそうですし、途中からあれだけの声量で後押ししてくれたことから選手として感じなければいけないというのは全員に共有する必要があると思ったので、共有して試合に入りました。みんなの気持ちや悔しさみたいなものをしっかりピッチで表現できたゲームだったと思います」
前日の取材では「この2試合の結果を見れば、次の試合に来てくれる人がゼロでも僕らは受け入れないといけない」と話していた喜田。9月22日にアウェイで行われたサンフレッチェ広島戦から中2日、移動もあったため実質中1日と準備時間がわずかしかなかった。それでもチームが変わろうとしている姿勢を見せなければならないと、強い意志を持って山口との天皇杯に臨んだ。
「一緒にチームを作っていく仲間として、ファン・サポーターが今どんな思いでいるのかは選手もしっかりと理解するべきだといつも思っているので。それはこの状況だからというわけではなく、誇れるチームを作っていきたいなら、選手だけでもスタッフだけでも作れないので、そういう意味では彼ら(ファン・サポーター)の思いは一緒に持って進んでいくべきだと。それは選手もすごく理解して臨みました」
小池龍太の「自分がこのクラブにいてピッチに立つ理由」
負傷明けの喜田はベンチスタートだった。代わりにゲームキャプテンとして背番号8の思いを腕章に込めて戦ったのは、小池龍太だ。右ひざの大怪我から完全復活を目指す右サイドバックは、マリノスの一員としてピッチに立つことの誇りをパフォーマンスとして体現して見せた。
「素晴らしいキャプテンがいるので、キー坊(喜田)に比べると劣りますけど、行動で示していく部分で自分の熱量を感じ取ってもらえたのかなと。徐々に自分も在籍年数が長くなってきて、求められることやクオリティが多くなる中、自分自身も今後もマリノスでプレーしていくために、いろいろな自分の中の思いも伝えなければいけない試合でした。全てが納得いくわけではないですけど、そういう思いというのは今日、見せられたんじゃないかと思います」
復帰後初めて約60分間ピッチに立ち、気迫のこもったプレーでチームを引っ張った。常に声を張り上げて周りを動かし、確かな技術と戦術眼で円滑なゲームメイクをサポート。時には審判や相手選手とも積極的にコミュニケーションを取る。小池が放つポジティブなエナジーは雨が降りしきるニッパツ三ツ沢球技場でひときわ輝きを放っていた。
背番号13の行動や言動の主語は常に「チーム」だ。苦しくても悔しくても、1人ではなくみんなで乗り越える。そのために個人として何ができるのか、何をしなければならないのかを考え続けてきた。そして、今回の山口戦でも、「自分がこのクラブにいてピッチに立つ理由」を表現するために力を尽くした。
「僕も1年半、難しい時期を過ごした中で、(大怪我を)1人で乗り越えてきたわけではないですし、チームのみんなやサポーターの皆さんが支えてくれて、こうやってまたピッチに立てている。
その瞬間、瞬間で誰かのミスや難しい状況に陥るというのは、90分サッカーをしていれば当たり前で、その中で自分がその選手をどれだけ楽にでき、それを事前に防げるのか。そういうことを予測できるのが、自分がこのクラブにいてピッチに立つ理由だと思っています。
今日も1人退場になった中で、レフェリーとのコミュニケーションが上手く取れたと思うし、その中で相手の退場も誘発できた。全て計算通りといったらあれですし、相手選手には悪いですけど、あれも必然的に起きた退場なんじゃないかと思います」
1-1で迎えた36分にジャン・クルードがレッドカードで一発退場となり、マリノスは10人に。数的不利で苦しい展開になることが予想された中、約5分後に山口の沼田圭悟が2枚目のイエローカードを受けて退場処分となった。大きなアクシデントが立て続けに起き、動揺してもおかしくない状況でも、小池は落ち着いて周りに今何をすべきなのか発信し続けた。
退場者が出る前の失点場面でも、ミスできっかけを作ってしまった飯倉大樹に駆け寄って最初に声をかけたのは小池だった。そうやってピッチの隅々にまで気を配り、これから起こりうることを予測して大小さまざまなアクションを起こし続ける。交代でピッチから退いてもタッチライン際からチームメイトたちに助言を与え続けるなど、最初から最後まで背番号13のキャプテンシーがマリノスを力強く支えた。
飯倉大樹は「どんな状況でも後ろで堂々といることが大事」
ここ最近のマリノスにとって大きな課題となっていたのは、逆境に陥ると自分たちから崩れていってしまう精神的な脆さだった。9月17日に行われたAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)リーグステージ初戦の光州FC戦でも、先述の広島戦でも、同じように自壊して大量失点を喫している。喜田らピッチ上でリーダーシップを発揮できる選手たちが不在だったことは、この2試合での大敗に少なからず影響していただろう。
山口戦においては喜田の復帰、小池の先発出場に加え、飯倉の存在も大きな役割を果たした。自らのミスでゴールを奪われても堂々とした姿勢を崩さず、細部にわたるコーチングや的確な配球など安定したプレーでディフェンスラインを引き締める。23分の失点シーンに関しても「個人的にただミスしただけだから、何の問題もないと思いました」と何食わぬ顔だった。
「ミスは絶対にあるし、ミスで結局失点したけど、勝てるか勝てないかはその後の振る舞いによるところが大きいんじゃないかな」
慌てず騒がず淡々と。飯倉が精神的に落ち込むことなく、それまで通りの自信に満ち溢れた姿勢やプレーを見せ続けられたのは、経験の豊富さゆえだろう。勝ち方を知っているGKがゴールマウスに立っていることの意味を改めて実感する。
「俺に関しては、どんな状況になっても後ろでしっかり堂々といることが大事だと思っている。ちょっとしたミスや不運な出来事によってチームのやるべきことや方向性がブレて、ネガティブな方向にいってしまうのは、経験のなさや強い気持ちのなさ(が原因)だと思うから。
そういう意味では、俺もミスをしたけど、『絶対に勝てば何の問題もないだろう』という気持ちで今日はずっとプレーしていたし、外から見ていて、それが今は必要かなと思っていた。今日の相手はカテゴリが違うけど、そういうことを若い奴らや他の選手に見せられたという意味では、多少はよかったんじゃないかな」
そんな飯倉が称えたのは、やはり小池の存在だった。
「久しぶりに龍(小池龍太)が出ていたけど、龍がピッチ内で結構引っ張ってくれたのはデカいんじゃないかな。ちょっと雰囲気が悪くなった時間帯であいつが声をかけてくれていたのは、すごく大きいよね」
チームリーダーたちの振る舞いから見えてくるもの
これまでも我々から見えないところでチームに多大な貢献をしてきたはずだ。チームリーダーの1人であることは誰もが認めるところ。それでもゲームキャプテンを務めた背番号13の存在価値は、ピッチに立ってこそ最大限に発揮される。
喜田も「龍の存在は間違いなく大きかったと思います」と、小池への賛辞を惜しまない。
「彼が与える影響力や熱量は確実にチームのプラスになっていたし、彼だけじゃなく、それをしっかりと周りが受け取っていいものにしていくのも見えました」
互いを認め、高め合うチームリーダーたちに周りがどれだけついていけるか。あるいは彼らを超えるような基準を示していけるかが、これからのマリノスに問われていくだろう。喜田や小池、飯倉らが不在だった試合で4連敗を喫し、彼らの存在の大きさが浮き彫りになったからこそ、1人ひとりがリーダーシップを持って戦うことの重要性を改めて実感させられた。
喜田は「絶対に自分たちから崩れない。この2試合、特に痛い目を見て、学ばなきゃいけないところだったので、それはしっかりとチームにアプローチしました。自分が入ってからも、どうゲームを進めていくか、そして進めていくだけじゃなくて仕留め切るチームの意識みたいなものは今日見えたと思う」と語り、「1つで終わっているようじゃいけない」と継続性の大切さを説いた。
「続けないと意味がない。みんなの基準がそうやって高まっていくと思うので、一歩目としては大事な勝利だったかなと思います」
勝って兜の緒を締めるキャプテンに対し「常々彼をサポートしようと思っていますけど、完璧に近い人間なのであまりやることはない」と笑う小池も、同様に「こうやって新たに競争が始まって、強いマリノスのいいサイクルが、また今日から生まれるというところが見せられたのかなと。これを決して止めてはいけない」と、手応えとともに継続力や個々のリーダーシップの必要性を訴える。
「僕自身も『喜田がいなければできないのか?』と言われるのは悔しいです。もちろん彼はいなければいけないですけど、いなくてもこのマリノスというクラブを勝たせられる存在が1人、2人いなきゃいけない。個人的にその思いを背負った試合になったと思います」
「今までやってきたことと、僕がやっていることは特に変わらないですけど、もう一度やらなきゃいけないこと、やるべきことというのを個人としてチームとして整理した試合ですし、それを失っちゃいけないなと。
マリノスのユニフォームを着たから強くなるわけじゃないし、エンブレムを着けているからカッコよくなるわけではない。選手たちが必死に戦っているからこそ、このエンブレムは輝く。(復帰から)1ヶ月経って自分がまた改めて忘れちゃいけない思いや、これから伝えていきたい思いというのは、また表現でき始めたかなと思います」
2試合連続の大敗かつ公式戦4連敗という泥沼から這い上がろうともがく中で、リーダーたちが示してきた姿勢をチームメイトたちはどう感じただろうか。自信と誇りを胸に責任を果たせる個の集団でなければ、本当の意味で強いマリノスにはなれない。次の一歩を踏み出すにあたって、変わろうと行動を起こす選手がすぐにでも現れることを楽しみにしたい。