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【MV備忘録】 宇多田ヒカル「Wait & See 〜リスク〜」誰も知らないここだけの話

1999年の4thシングル「Addicted To You」のMVに続き2000年の5thシングル「Wait&See〜リスク〜」MV、6thシングル「For You / タイム・リミット」MV、初の全国ツアー『BOHEMIAN SUMMER ~宇多田ヒカル Circuit Live 2000~』DVD収録という僕が担当した怒涛の流れの中で、まずは一番印象に残っている165万枚以上のセールスを記録した「Wait&See〜リスク〜」MVのここだけの話です。

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最初は別企画だった

MV発注打ち合わせの冒頭に「最速のマシンに乗るイメージ。ホイルスピン。スピード感。」のお題。そしてなんと!レコードメーカーの方で2000年から復帰予定だったHONDA F1チーム( B・A・R HONDA )への話もすでについているとのことだった。「宇多田ヒカルがF1マシンに乗る?」どんな映像がいいのだろう。17歳のアーティストがF1マシンに乗るイメージ?想像がつかない。難題の匂いがする。

とりあえずHONDAの全面協力のもとツインリンクもてぎへロケハン(シナリオハンティング)に行くことになった。サーキットを見るためにプロドライバーの運転で走行に同乗させてもらったり、カートでコース体験させてもらったりと様々な角度で終日かけてロケハンさせてもらった。しかしサーキットを知れば知る程、映像作品への落とし込みに悩む事になる。

↓ B・A・R HONDAのF1マシン

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企画をする条件として

①もちろんF1マシンを宇多田ヒカルは操縦できない(当たり前だけど、、映像的に乗っているようには見せることができる)

②F1だからと言ってレースシーンは撮れない(単独での走行シーン)

③本人撮影は深夜にならない程度の1日で終了する(オーダーだった)

この3点の条件を自分に課した。

企画第一案

悩みに悩んだがこの際、宇多田ヒカルをまだ知らない新たな層(例えばモーターレースファンとか車好きとか)に響くような映像にしようと思った。となるとF1マシンの走行シーンをいかに本格的に撮影できるかにかかっているが、まあそこは車のCMで撮影は慣れているので心配は無い。彼女をF1マシンに対して傍観者にするのかドライバーとして描くのか迷ったが後者にすることにした。

あとは宇多田ヒカルの力(歌っている姿)を借りれば、タイトルが持つ「何事も急いで見切りをつけてしまわずに、リスクはあるけどもう少し待ってみよう」という意味と歌詞で表現されている「主人公の葛藤」を映像で表現できるだろう。

そしてこんな企画にたどり着いた。

”雨上がりの誰もいないサーキット。パドックでたたずむ宇多田ヒカル。目の前には静かに止まっている一台のF1マシン。横を通り過ぎるもう一人の宇多田ヒカルが(レーシングスーツに身を包んでいる)F1マシンに乗り込む。エンジン始動。F1マシンの美しいディテール。パドックで歌っている宇多田ヒカル。ヘルメットのバイザーを閉じて走り出すF1マシン(ここからはプロドライバーで撮影)歌詞にある主人公の葛藤を歌う宇多田ヒカル。その感情に呼応するようにF1マシンの走行シーンが楽曲のスピード感やリズム感を表現するストイックさ。時にはスローになり時にはスピーディーに。F1マシンから降りる宇多田ヒカル。誰もいないサーキットを歩く。表情は清々しい笑み。”

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宇多田ヒカルの歌う表情とストイックな走行シーンがシンクロするようなイメージにしたかった。映像トーンはモノトーンに近い感じで更にストイックさを出す。

歌詞にある「リスク」はF1の限界まで攻める走行シーンで表現するつもりだった。以下歌詞

歌詞_ページ_1 2
歌詞_ページ_2

企画変更

企画を提出する直前に事件は起きた。HONDAからF1の第一戦となるオーストラリアグランプリでエンジニアたちが日本に居なくなるため、スケジュール的に日本にあるF1マシンを動かすことができないとの連絡があった。(1台のF1マシンに火入れをするにはかなりの人手がかかるらしい)止まっている状態での撮影はできるとのことだったが走行シーンを撮れないのは困る。代替え案で当時F3000のマシンだったら動かせるとの提案をいただいたが、世界最高峰のカテゴリーF1(最速マシン)でなければ意味が無かったので丁重にお断りした。

さて企画は暗礁に乗り上げた。代わりにジェットヘリやジェットボート、戦闘機など様々な最速マシンは?との意見があったがどれも映像にするのは難しいものばかりだった。さてどうするか。

僕はもう一度、原点に帰ることにした。

「最速のマシンに乗るイメージ。ホイルスピン。スピード感。」なぜこのお題が出てきたのだろうか?実際には彼女は操縦できないのに。きっとリアルで無く自由を表現したいのでは?映像の中でしかできない自由。もっと自由に考えろ。自由に。

しかし宇多田ヒカルの心の葛藤を歌う姿と、誰もいないサーキットで人知れずストイックに難コーナーを攻めているF1マシンの映像がなかなか頭から離れなかった。

企画の突破口

ふとテレビで聞いた誰かの言葉を思い出した。「宇多田ヒカルって本当にいるの?」不思議だけどなんかマトを得た疑問だった。確かに存在しているのにまるでパラレルワールドの住人のように会うことはない。きっと誰もいない同じような街で自由に暮らしているのだろう…そこでは凄いスピードで走るマシンでかっ飛ばしてるかもしれない!誰もいないから道路以外も自由に走ってるんだろうな。自由自在に走るならタイヤはいらないな。でも信号はちゃんと守ったりして。妄想が止まらない。そして企画の大半はできてしまった。

最速マシンが無いなら作ってしまえばいい。映像の世界は自由だ。

早速、最速マシンは作るということをクライアントには伝えて了承してもらった。

そして具体的な企画に入る前に美術デザイナーの立花さんに相談してマシンをデザインしてもらうことにした。ちょっと空中に浮き、どこでも走れることと彼女が実際に操縦できる最速マシンであることを前提に。マシンの姿がわかってくれば背景も浮かぶはず。

ホバーバイク

↓ 美術デザイナー立花さんのデザインプラン

デザイン02
デザイン01

企画決定

このホバーバイクで駆け回る場所はあえてリアルの街にすることにした。もしかしたら、いつも僕らが目にする街に宇多田ヒカルはこっそり来てるのかもしれない。そんな風に思ってもらいたかった。「宇多田ヒカルって本当にいるの?」に答えるために。

ストーリーはこんな感じに。

倉庫のようなアジト(ガレージ?)でホバーバイクのエンジンを始動する宇多田ヒカル。飛び出していく。歌い始める宇多田ヒカル。すると別の宇多田ヒカルが現れて歌い始める。歌のフレーズを掛け合うように。心の葛藤を掛け合うように。一方、その感情に呼応するようにホバーバイクの走行シーンが楽曲のスピード感やリズム感を表現する。街はまだ人々が活動をしていない時間。アクセル全開。自由に渋谷をかっ飛ばす。そう、実は誰も知らない時間に宇多田ヒカルは街中をホバーバイクで走り回っているのだ。リアルなのか幻想かなのか。そして今日も彼女は戻っていく。ホバーバイクから降りる宇多田ヒカル。静かに歩きながら大きな伸びをして去っていく背中。彼女の笑い声が聞こえる。

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撮影方法(背景)

撮影方法はまず最初にホバーバイク走行シーンの背景となる街を2日間かけて撮影。誰もいない街を撮りたかったので、早朝を狙ってカメラカー(カメラをセッティングして走行する)やステディカム(カメラの手振れを防ぐ機材)を使用して撮影した。道路での走行シーンはカメラカーを使い、地下鉄などの狭い場所はステディカムを使用した。下記に背景用のロケーションマップも公開するが渋谷、246、青山、乃木坂、赤坂(当時のレコード会社があった)界隈で撮影を敢行。

↓ カメラカーとステディカム

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↓ 背景用ロケーションマップ(赤いところが撮影ルート)

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↓ 渋谷駅 ハチ公前との合成

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撮影方法(人物)

スタジオでは本人の歌うシーンホバーバイクの操縦シーンを撮影した。二つの設定のために二つのステージ(スタジオ)を借りて同時進行で準備を進めた。撮影時間は朝9時より深夜12時まで。歌うシーンは本人を多重合成するためモーションコントロールカメラ(マイロ)を用意して進められた。

モーションコントロールカメラとはコンピューター制御でカメラを動かす機材で、何度も同じ動きを正確に繰り返すことができる。この作品ではひとつのカメラの動きに対して、何度も本人の立ち位置を変えて撮影している。

歌うシーンでは心の中の色々な感情を表現したくて、三人の表情を微妙に変えるためにそれぞれキャラ付けをして演出した。歌わずに風に吹かれるシーンでは慣れないのか本人がすごく照れていたのを覚えてる。もちろん歌を歌うと輝きを増す。後半の「キーが高すぎるなら下げてもいいよ」の所は最高!やはり!アーティスト!

↓ モーションコントロールカメラ(マイロ)

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↓ 何度も本人の立ち位置を変えて撮影

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ホバーバイクの操縦シーンは、あらかじめ撮影してきた背景用の素材の光の角度やレンズ画角、アングルなどのデータを記録しておきスタジオで再現して撮影する。本人を乗せたホバーバイクはターンテーブルに乗せ、各シーンに合わせて角度を変えて撮影。効率を考慮した撮影方法だ。

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演出に関しては、背景映像を本人に観せながら想像を膨らませて演技してもらった。コーナーを回る時や加速する時は体重移動をしたり。アクセルを踏んだり、操縦桿を操作したり。終始楽しそうに。衣装もめちゃくちゃ可愛い。

ちなみに撮影後のホバーバイクは本人のコレクションとして保管してあるそうです。

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最終仕上げ

編集は歌うシーンとホバーバイクのシーンを分けて2室のスタジオを使いフル5日間作業。納期の関係でCGを使えなかったため、背景との自然な合成やガラスの映り込み、ホバーバイクの熱など細かな箇所を調整したり、街で写り込んだ人を全て消すということをインフェルノという編集機で仕上げた。

そしてほとんどの時間を宇多田社長も立ち会っていただき、ヒカルちゃんの幼少期の話やこれからのコトを聞けたのは面白かった。

またホバーバイクの臨場感を出すためSE(サウンドエフェクトの略でエンジン音や通過音)を入れることを了承してもらい(楽曲を邪魔するとの理由でミュージックビデオではあまりやらない)5.1chサラウンドで立体的に臨場感が増すように作ってある。是非、機会があればサラウンドで聞いてほしい。

最後に

企画が暗礁に乗り上げた時はどうなるかと思ったが結果的には良い方向に進んだのかなと思っています。映像の世界の自由さを改めて認識させられる作品になりました。「宇多田ヒカルって本当にいるの?」に導かれるように。

今でもたくさんの人にYouTubeなどで観ていただき、僕にとってとても大切な作品になっています。「Wait&See〜リスク〜」MVのここだけの話を読んだ後に観ていただくと、また違う感じ方をすると思いますので、是非楽しんで観てください。

僕の作った作品に興味を持っていただけたら是非!サイトに遊びに来てください。


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