見出し画像

2021年10月 信州旅3

←前

 電動だとはいえ、ペダルを休みなくこぎ続けるのは結構堪えます。というかさらにさらに霧が濃くなってきた感があります。五里霧中、あるいはサイレントヒル。
 渓谷沿いの道をひた進み、五色温泉を過ぎ、七味温泉への分岐を見送り(今思えば八滝やら数字にちなんだ名所が多いな)、ぐねぐねと山道を駆けていきます。霧が濃いしライトはオンに。車はたまにしか通らない。空気は冷えているが、身体は熱い。ジッパーを開け、風を内に送り、霧なのか雨なのかわからない水気を顔面に受けつつ、山を、山を、上って行く。晴れていたらさぞ心地よさそうだが、これもこれでなかなか楽しい。

 そうして息を弾ませながらたどり着いたは、山の上の牧場、山田牧場。展望が開け──はしないけれど、視界の左右からは樹林が取っ払われました。柵の向こう、霧の中の牛たち。牛たちの沈黙。乳牛もいれば、黒毛もいれば。
 駐車場にeバイクを停車させ、まずは牧場の牛たちを霧の向こうに眺める。なんだかトラックの荷台に橋が渡され、そこに一頭ずつ、お尻を押されていっています。む、どっかに移送か、と思えば、トラックの前面には『上州牛』とぴかぴかしたステッカーが。あぁ。出荷中の光景でした。そういや積まれているのは黒毛和牛だ。食べられるために、育てられてきたんだよなぁ……と、出荷中の光景を見守ります。上州牛。見覚えのある字面なので、多分自分もどこかで食べたはず。まぁ、次いただくときはこのときの光景を思い出すことでしょう。

 さて、出荷の一部始終を見て、それでもやはり腹ごしらえです。見晴茶屋という、山小屋風のレストランに入ります(ゲレンデのレストランぽい内装だと思ったら、霧の向こうにスキー用リフトがあったよ)。というか、山奥とも言えるこちらのお店でも、コロナ対策は徹底しておりました。ドア開け、入口消毒液、アクリル衝立、テーブルにも消毒液。医療従事者の方々に加え、観光業、飲食業の方々も切実な思いなのだろうと感じています。

 手作りチーズが自慢とのことで、寒かったし焼きチーズカレーにも引かれたけれど、ピザに致しました。きのこ汁にもそそられたけれど。焼き上がりまでしばし待ちつつ、恒例となった雨雲レーダーをのぞくと、もうすぐ縦長の雨雲が通過。13時過ぎにはこの牧場を抜けそうなので、丁度お昼だし、それまで店内にいましょうか。しかし便利だ、スマホ。座ったままドアガラスから外を見ると、先程の牛のうちの一頭が、出荷を拒んでました。トラックに乗り込むことに不穏なものを感じているのか、ただ単に移動が嫌なだけなのか。

 さて、木製のピザプレートで、薄目の熱々ミックスピザが供されます。トマトにベーコンにバジル、そしてたっぷりのチーズ。山の上ということもあって、お値段はちょっと張ったけれど、美味かった! そしてそういや山田温泉にはなかった酒のつまみ。が、ここにはあるじゃあないか。そう。手作りチーズ。ガラスの冷蔵庫内にある、燻したゴーダチーズを夜の赤ワインのお供にご購入(保冷剤も一緒に)。

 と、何だかんだで雨雲が消えて、外が少し晴れてきました。牧場の牛たちもはっきりと見えるようになってきました。熱いお茶で体温も取り戻し、そろそろ出発です。ごちそうさまでした。

 さぁ、山田牧場を、降りません、この人。まだまだ奥へ、上へと行きます。バッテリーの残量は2/3といった感じ。牧場を眺めつつ、くねくねの上り道を駆けていきます。行き来する車はもはやありません。というか、何だかやっぱり雨が降ってきた。レーダーには映らない薄い雨雲があるようで。そうして、道の分岐で立ち止まります。
 右へ行ってだいぶ進めば、山田牧場の展望台。紅葉の時期は素晴らしいらしいけれど、この霧じゃあなぁ。そもそも木々だって、まだ色付いてなさそうだし。何より、これ以上の上りは戻るときのバッテリーが少し不安になる。というか、雨降ってきたし。左へと車輪を転がします。

 左は舗装された林道。少し行けば下り坂。道の両脇が濡れた落ち葉で縁取られていて、なかなか危なっかしい路面状況です。でも、この道が問題なく通行できることは、さっきの見晴茶屋で店員さんに確認済でした。アシストのスイッチを切り、スピードを抑えて、落ち葉をあまり踏まないよう、うねうねと山を下っていきます。というかますます霧が濃くなってきた。ハンドルを握る指先がとても冷えてきた。荷物準備のときグローブまでは頭が回らなかったなぁ。熊鈴も消音は解除しているが、自転車だとあまり鳴らないので、ちょくちょくバイクのベルを打ち鳴らします。りんりん響かせながら、木立の中を、ゆっくりと駆け下ります。

 しかしどこまでも続く霧。誰も通らない道。ところどころの紅葉。いや、この道を選んで良かった。寒さに指先は震えていましたが、顔は嬉しさを滲ませていました。こんな、こんな、誰もいない木立の中を、駆ける。たまりません。

 ようやく霧が薄れ、空気からも冷えが消え、人里へと降りてきました。ちょうど上って下って、山をぐるりと一周したような形でした。寒かったが、楽しかった……。時間はまだ二時過ぎ。ちょっとeバイクを返却するには早いなぁ。でももう、今すぐ宿に帰って風呂に飛び込みたいなぁ。そういや少し行けば、おやきのお店がある。信州と言えばおやき。おやきと言えば熱い。よし、行ってみようと、まだまだペダルを漕ぎます。

 蕨温泉、その施設の脇におやき屋さんがありました(規模が大きいのは山田温泉だと思いますが、高山村には温泉がいくつか点在しとります)。というか、足湯。足湯はないのか。今なら手から突っ込むぞ。しかし湯気を立てる浅い浴槽はなく、まずはおやきを買い求めます。選べる具材は、野沢菜、にら、かぼちゃ……りんご? おやきという時点ですでに信州なのに、骨の随まで信州を体現してるのか?
 というわけで、高山村産ニラと、りんご味を買い求めました。ほんの少しの温もりはあるけれど、ラップに包まれた出来合いのおやきだというのが、残念。形もなんだかおやきと言うより、小さな肉まんといった感じ。でも、美味しかったです。皮もやっぱり肉まん風だったけれど、ニラは味噌にんにくが利いていて、食べ応えがあった。そしてりんごも結構いけました。けれどやっぱり指先を温めたくて自販機で茶を買い求めたら、誤って「つめた~い」を買うというね(「あたたか~い」は売り切れでした)。おぉう。

 小腹も満たしたし、はやく身体を温めたいし、そろそろ撤退です。来た道を引き返し、一路山田温泉へと。途中、昨日渡らなかった渓谷に掛かる赤い橋を眺めつつ、三時過ぎに帰投です。バッテリーは半分ちょい使いました。「帰りは林道を下ってきました」と自慢げに報告したら、かなり驚いていました。みなさん牧場に行ったら、そのまま引き返すようで。
 さて、早速隣接の足湯に足と手を突っ込みます。というか、こちらのお湯も宿同様に熱い。ときたまあちあち言いながら外気にさらしつつ、冷えを取り除いていきます。しかし昨日は雨予報だったのに、大した雨に打たれることもなく、林道から帰ってくるという当初のプランを終えました。やっぱ、同じ道を使って行って帰ってくるだけじゃつまらんですから(これ、伏線です)。

 さぁ、宿だ。風呂だ、温泉だ。
 というわけで硫黄の匂いの中にざぶん。差し水も慣れたものです。湯から上がったあとは、部屋の広縁(ひろえん。和室の奥にある窓際の大体椅子が二脚あるスペース)で、窓を開けてはのんびりと涼みます。せせらぎが心地いい。
 そうして運ばれてくる夕飯。今宵は、初日に通り過ぎるばかりだった、須坂市の「かねき」さんより、チーズカレーオムライス。昼にカレーを注文しなかったのは、このためでした。で、名前の通り、オムライスにカレーのルーがかかっています。そしてチーズが中に入っています。うまし。というか、だいぶボリュームがある。しかし旅館にいながら、近隣のグルメを楽しめるというのは、とっても嬉しい。
 そしてそして、食後は冷蔵庫で冷やしておいた、牧場のチーズに、高山村のワイン。もちろん合います。見事に、ワインボトルも空けました。ただ開封して二日目のためか、ワインにいくらか酸味というか、えぐみがあったような……。

 そんでもって、またもや温泉へ。到着してからきっちり、昼夜朝昼夜と入っております。大体毎回貸切。というか昨年の湯治旅以来、同じ宿に連泊することが増えたのだけれど、とっても楽です。荷物置いたままでいいし、何だか部屋に自分が馴染んできて、より寛げる感もあります。
 出発前は連日雨予報で、気持ちもだいぶどんよりしてたけど、本当に、本当に、信州を満喫できています。そうして明日は、晴れ予報。最終日もまだまだ動きます。というわけでおやすみなさいませ。

続→

画像2

画像1

画像3



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?