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2020年12月 肘折温泉 湯治旅2

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 二日目
 朝6時頃、自然と目が覚める。
 肘折温泉には名物があります。それは朝市です。鄙びた温泉街の路地に漬け物などの商品を並べ、湯治客に売り込みます。本来であれば11月下旬までなのだけれど、仲居さんいわく今年は雪が遅いとのことで、昨日の朝も来ていたとのこと。
 12月の旅を決めた時点で、朝市見物は諦めていたけれど、もし朝市が開かれているなら、目にしたいなぁ、と布団からむくり抜け出します。しかし窓の外は昨日からずっと続いてる小雨。これでも来てるのかなぁ、でもせっかく起きたし、ちょっと覗いてみようかと浴衣にフリース姿で玄関まで下りていき、下駄をつっかけて、旅館の傘を借りて、からんころん表に繰り出します。そしたらこの冷雨の下、屋根だけのテントを広げて催しておりました。おそらく近郷からお越しのおばちゃんおじちゃん方。
 何か買える物があればと軒先を覗いて、笹巻きと梅干しをお買い上げ。寒いので手早く済ませました。笹巻きは10個で500円とのことだったけれど、そんなに食べきれないので5個300円──を、おまけしてくれて250円になりました。梅干しは1パック300円。ちなみにお金は旅の出発前にアルコールスプレーをぶっかけておきました。
 そんでもって戻り道は下駄の足音とともに撮影。聴き高のためにつま先が冷えました。

 さぁそして朝ご飯。何だか旅館の夕食よりも、朝食のほうが気持ちが盛り上がります。のは、日常の朝食を簡単に済ませることが多いことの反動でしょうか。朝からこんなに立派なもん食べてるよ! といった感じで。まぁ、昨晩に引き続き美味しかったです。ご飯だってお替わりしちゃいます(やはり山形の旅館だし、米はつや姫だろうか。個人的にはコシヒカリと肩を並べる優等生米といった印象です)。そうして最後に、温かい緑茶で〆める。ごちそうさまです。

 そんでもって朝風呂です。貸切風呂はふさがっていたので、今日は石造りの大浴場で温まります(まぁ、大浴場って換気扇が常時稼働してるし、何よりすぐ流せる場所だし、そこまで気にしなくてもいいのかしらん。そもそも自分以外には一名だったし)。
 風呂上がり。気づけば外は雪がちらちらと舞っております。そうして二階の読書コーナーから温泉街の通りを眺めれば、送迎バスに向かって手を振り、深くお辞儀をする周辺の旅館の皆様の姿が。旅館総出で、という感じ(というか自分がチェックインしたときもチャイムが鳴らされ、5名ほどの従業員の皆様に並ばれて恐縮しました)。こうして宿泊客は帰っていく。しかしこちとら二泊です。今日もまだまだのんびりします。天気さえ良ければ温泉街の散策もしたかったが、外は点々と白く。となると部屋で寛ぐか、温泉に入るかだけの一日です。特にこれといって綴ることもなく。ひたすら呆けます。芸者を呼んで三味線を弾かせることもありません(雪国で温泉と言えばねぇ)。

 では昼はどうするのか。食べに行くのか。いいえ、宿の部屋から蕎麦の出前です。部屋の電話で近くの蕎麦屋、寿屋さんに注文です。ステイルームです(元々出前が可能であることを調べときました。というか、湯治場だからこその出前なんだろうね)。ほどなくして岡持片手に蕎麦が到着。マスク姿でお出迎え。GoToの地域クーポンで決済です。温泉街でもキャッシュレス。
 そして蕎麦。温かい鳥そばと、「ざぶとん」なる焼き油揚げをいただきます。いや、もう、これが、美味かった。蕎麦の形容としちゃ珍しいかもしれないけれど、もちっと歯応えがあって、出汁たっぷりの温かなつゆがよく合います。ざぶとんも、醤油をひと垂らしして、七味をぱらぱら、うまうま。ついでに朝市で買った笹巻きもくるくると開封。笹巻きは5個がばらけないよう、笹のものだろう茎が紐として結わえ付けられているのだけれど、解きながら昔の人はよく考えたなぁ、と感心しておりました。そうして一緒に入っていた黄な粉をまぶして、あぁ美味い(温かったら尚良かった)。ついでに梅干しも開封して、一緒に食べる。にらんだ通りの、塩と紫蘇だけのしょっぱい漬け方で満足です。出前をして下さったということもあって、幸福な昼食でした。いやほんと、美味い蕎麦だった……。基本、蕎麦はせいろでいただくのだけれど、温かい蕎麦をここまで美味いと思ったのは初めてでした。

 さてもう一度風呂。何度か貸切のほうを見に行ったが、タイミングが合わなかったので、朝入ったのと同じ浴槽へ。今度は貸切状態でした。
(あんまり簡素に過ぎるのも考えものなので、湯治中に考えていたことをちらと開陳。ここ最近、小説工房と名乗っているくせに小説を書いていません。のは、書く意味が薄れたからです。とはいえ、コースター小説やらの販売をやめるつもりはありませんし、近々のイベントに合わせて新作も発表する予定です。というか久々にこうして長い文章をかたかたと打ち込んでみて、旅日記ではあるけれど楽しいものです)

 そんでもって、二泊目の夕飯です。はやいもんです。夕べは陶板焼きだたったが、今日はしゃぶしゃぶとのこと。大きな海老もついてきました。今自分でこうして振り返ってみても、羨ましいことやってんなぁ。なお、二泊目は熱燗をお願いしました。花羽陽(はなうよう)。昨日の飲み比べた地酒よりもこっちのが好みでした。まぁ、どれも同じ地元の酒蔵です。〆はババロアケーキと、柿。そしてほうじ茶。柿って、物凄く久し振りに食べたけれど、彩りも秋そのもので風情があって甘くって、とても美味しいです……。

 そうしてもう一度温泉に浸かります。今度は泳げるほどの大浴場を、これまた貸切状態です。というわけで、宿から出たのは早朝の朝市のみで、二日目を終えました。でも、これが目的でした。いやはや。

 三日目
 またまた6時過ぎに起きる。36.4℃。外の雨だか雪だかはようやくやんでいました。温泉街を歩き回れるなら、やりたいと思っていたことがある。しかしあまりにも腹が減った……ので、昨日の笹巻きを一つ胃袋に入れ、防寒装備で旅館を出発。朝市の前をてくてくと過ぎ、早朝の澄んだ空気で胸を満たしながらすたすた温泉街から離れていきます。仰ぎ見れば雪をいただく霊峰のぐるり。肘折温泉の入口とも言えるループ橋を上って行き、ちょっとした展望台にたどり着きます。そこからは ↓ の通りです。

 今度は20分ちょい歩きました。温泉街やら朝市の様子をご覧になりたい方は、17分過ぎまで飛ばすと良いです。ちなみに朝市に合わせてか、温泉街の朝は早いです。お土産屋も開いています。
 そうしてたどり着いた源泉公園からてくてくと戻ります。時刻は7時過ぎ。途中、この旅初めての神社に参拝をします。薬師神社。湯坐神社とも呼ばれているとのこと。鳥居の脇に火除けの御利益がある秋葉信仰の大きな石碑が鎮座しています。その謂われの案内板を読み込みます。で、旅先で見かける案内板って、その大体が頭に入ってこない内容なのだけれど、これは珍しく面白かったです。以下要約。

 江戸時代。肘折の村人たちは度重なる火事に悩んでいて、静岡県の秋葉山神社に祈願したところ、火難が起こらなくなったので、さらなるご加護を願って、石碑を建立することにした。
 高さ3m、幅1m半の巨石を近くの渕から近郷の人たちの力も借りて、この地に運び、そして今度は石に彫る碑文を仙台に住む名僧、南山和尚にお願いしようということとなった。村の代表たちが仙台の寺へと向かい、揮毫を依頼するが肝心の和尚には会えず。けれど寺の者たちは快く歓待してくれる。松島なんかを観光しながらも、しかし待てども暮らせども碑文は書いてくれず。
 実は南山和尚。21日間の断食修行中で、誰とも会わず喋らずで過ごしていた。村人たちはそのことを知らずに何度かお願いをするが、寺の者は「そのうちに」と応じるだけ。これはだめだと村人たちも諦めて帰ろうとしたその日、和尚がようやく姿を現す。村人たちの熱意を知り、修行を19日で中止したとのこと。そうして書いた碑文「火禾 葉 山」
 秋葉山ではない。村人たちが恐る恐るそう指摘すると、和尚「秋は紅葉で、紅葉は赤く火事を連想させるから、逆にしたのだ」とのこと。
 村人たちは、さすがの南山和尚と感心し、その通りに碑文を彫った。

 読んでいる間、胸の内で何度かツッコみました。「和尚は面会謝絶ですと、なぜ村人たちに教えてやらないんだ……」「『火禾 葉 山』って、本家本元の秋葉山神社に喧嘩売ってることにならないのかな……」と。
 まぁでも昔話だし、すぐ隣にその石碑があるし、感嘆しつつもしみじみと合掌しました。なお肝心の神社は雪対策なのか透明なトタン板に覆われていたので、手を合わせるだけの参拝となりました(四ヶ村にも同じように囲われた神社があったから、雪国ならではの備えなのでしょう)。

 さぁ旅館に戻って朝ご飯。身体が冷えたので朝風呂と行きたいが、朝食の時間が迫ってました。ので、朝食をぱっと食べ終え(まぁそれでもお替わりはします)、朝食後は多分狙う人が多いであろう貸切温泉にさっと浸かります。最後の温泉。これで五回入ったことになります。やはり貸切のお湯が一番熱い。でも今度は逆上せずに上がります。いいお湯でした!

 さて帰りは送迎バス、の出る30分前にチェックアウトをして、温泉街をゆっくりと巡ります。お饅頭を地域クーポンで購入します。今さらながら肘折温泉。この字面からぼんやりと想像はできますが、肘の骨を折った老僧がこの出で湯に浸かったところ傷が癒えた、というのが謂われです。肘って元々折れているよな、どういうことだ、という気もしますが、情緒溢れる良い名前です。少なくともこの名前を目にした瞬間、古風な温泉を目に浮かべましたもの。名前だけで行ってみたいと思いましたもの。
 旅館の建ち並ぶ通りが一直線じゃなく、何箇所かでジグザグと曲がりくねっているのも、街の歴史が香ってきて風情を感じます。あとそう、肘折温泉のシンボルでもある旧郵便局も趣があります。
 いやはや、温泉街では特に観光らしい観光もしなかったけれど、存分に堪能しました。心ゆくまで休めました。帰って来てから、しみじみ楽しかったよなぁ、と思いました。そうして送迎バスに揺られて、新庄へと戻ります。

 そんなこんなで帰りの新幹線が出るまで、新庄の街を軽く散策し(神社やら資料館やらラーメンやら)、初日にも寄った「もがみ物産館」で残った5000円分の地域クーポンを使い果たしました(帰京するのに、買った駅弁は「上京物語」という名でした。美味かった!)。
 今回もまた、本当に良い旅でした。

 肘折温泉。また訪れたいものです。紅葉の頃なんかも、とても良さそうで。それでは、またいつか。左様なら。

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