ワン・アル

想像力を鍛えるため短編小説を書いています。何気ない日常のできごとから、物語を。

ワン・アル

想像力を鍛えるため短編小説を書いています。何気ない日常のできごとから、物語を。

最近の記事

ふちで

きみはまだ、嘘で塗り固められた世界の偽りの希望を信じている。自分が経験したひどいできごとは、きみを絶望させるには至らなかった(じゅうぶんひどいことが起こったのに)。若さゆえ、そして無知ゆえに、きみはふたたび、裏切られたはずの世界の素晴らしさを信じてしまう。きっと自分の身に起きたひどいできごとは、偶然がもたらした不幸に過ぎないはずだ。だってこんなに素晴らしい世界なのだから。 きみは世界にうらぎられつづける。やがて信じていた家族や友人たちも失い孤立してしまう。この世界で生き

    • オイル時計

      ぽとぽと落ちていくきれいな青いオイルの玉を、シュウは眺めていた。昔に熱海旅行の土産で買ったオイル時計だ。シュウは時間をやり過ごしたいときに、オイルの美しい玉が流れ落ちていくさまに見惚れるようにしている。ずっと見ていても飽きなかった。飽きなかったのは、一定のリズムで零れ落ちていくオイルの玉を眺めているよりも、シュウの現実が退屈で、ときに耐えがたいものだったからだ。 「シュウ、ぼけっとしてないでお客さんの相手をして」とママにどやされる。シュウは名古屋の大学を卒業したが、就職が決

      • 八王子を囲う壁

        僕は八王子市と日野市の境目に住んでいる日野市民だ。隣の隣は八王子市民だ。ある日、八王子市が独立し、八王子共和国という独立国家になった。そして市境は、ある日突然国境となった。国境には壁が出現し、警備隊が配置された。許可なく壁を越えようとする者を撃ち殺すのが彼らの仕事だった。隣の隣の住民たちと僕たちは、こうして分断されてしまった。 どちらかといえば保守的な地域だった八王子で、なぜこのような革命的な事件が起きたのか、そして国家はなぜ八王子の独立を認めたのか。多くは謎に包まれている

        • 月へ

          二十四歳、大学を卒業して2年目の夏。急に仕事に行く気力がわかなくなった。そこそこの大学に入って、可もなく不可もないような大学生活を送り、いっせーのせで就活をはじめた。そこそこの企業から内定をもらい、コツコツと働いてきた。人間関係で悩んでいたわけではない。給料だって、まぁ高いとは言えなかったけど、女がひとりで自立して生きていく分にはとりあえず十分だった。なにか特別な不満があったわけではない。ただ、朝9時に出勤して17時まで事務机に向かって、ひたすら会社の事務をこなしている日々に

          雨が降るらしい。朝の天気予報がそれを告げている。しかしおれは傘を持たないで家を出る。なぜなら傘を持って出かけても、いつも外におき忘れてしまうからだ。だからおれは傘を持たない。 だって、はじめから持っていなければ、忘れることもないだろう? これがおれの経験から導き出したひとつの哲学だった。予報どおり、午後から雨が降りはじめる。芽ぶいた緑をはぐくむように、熱くなったコンクリートで囲まれた街を冷やすように。雨にうたれて、おれは濡れてしまう。そして風邪をひいてしまう。高熱でうなさ

          リスタート

          はじめて違和感を覚えたのは一〇歳、親戚があつまるお正月に叔父さんからお年玉をもらったときだった。そのときのことは、今でもはっきりと覚えている。一つしか年の違わない兄は五千円を与えられ、妹であるわたしは三千円しかもらえなかった。 「どうして和人のほうが多いの?わたしもほしい」と抗議した。当然の主張だと思った。 「未希は女の子だからね。」 思いもよらない叔父の言葉に、わたしは反論することができなかった。ただ悔しく、涙が出た。なんで?という疑問を強くもった。理不尽だと思った。

          リスタート

          はじまり

          朝、鳥の声で目を覚ます。時間はまだ5時。どんな夢を見ていたのかは思い出せない。ぼくはここから一歩も動くことができない。動くことができないので、想像力を働かせる。想像力があれば、動ける奴よりずっと、遠くに、そしてすごい経験ができる、と信じている。 想像力は筋肉と同じで、鍛えることができる。どうすれば鍛えられるのか、その方法は難しい。だが、スポーツにおける走り込みや筋トレと同じで、想像力の基礎体力を鍛えるためには、たくさんの本を読むことが重要だ。これは基本だ。誰かの言葉によって