八王子を囲う壁

僕は八王子市と日野市の境目に住んでいる日野市民だ。隣の隣は八王子市民だ。ある日、八王子市が独立し、八王子共和国という独立国家になった。そして市境は、ある日突然国境となった。国境には壁が出現し、警備隊が配置された。許可なく壁を越えようとする者を撃ち殺すのが彼らの仕事だった。隣の隣の住民たちと僕たちは、こうして分断されてしまった。

どちらかといえば保守的な地域だった八王子で、なぜこのような革命的な事件が起きたのか、そして国家はなぜ八王子の独立を認めたのか。多くは謎に包まれている。八王子共和国に入国するにはパスポートが必要で、煩雑な入国審査を経なければならなかった。そして、多くの場合、許可は降りなかった。

僕は八王子の高校に通い、八王子の大学を出た。青春の思い出のほとんどは日野市よりも八王子市にあった。バンドの練習をしたスタジオ、合唱祭や文化祭の打ち上げで行った居酒屋、無意味に過ごした浅川の河原、西放射線通り、北口に比べて寂れていた八王子駅の南口、高尾山……。人生の一部分が、ごっそり失われてしまったような気持ちになる。

八王子市に住んでいた同級生の多くは、大学を卒業して就職して八王子を出ていた。だから、友人の多くは、実家を失った。両親と会えなくなった。兄弟姉妹と別れてしまった人もいた。僕よりも失ったものが多く、また大きかった。

壁の向こう側で何が起きているのか。その情報はほとんど入ってこなかった。情報のほとんどが遮断された。どうやら八王子ではネットが規制されているらしい。SNSやメールを通じて連絡を取ることはできなかった。もちろん、手紙も。地球の裏側ですら一瞬で繋がれる時代に。

壁が出現してからも、僕たちの日常はあまり変わらなかった。失われてしまったものへの郷愁から、壁を越えて八王子への不法入国を試みる者がときどき撃ち殺された。そのような光景も含めて、壁はもはや日常の風景に溶けこんでいた。

だけど僕たちは八王子を取り戻したかった。あまりにも突然で理不尽な壁の出現によって奪われてしまった思い出を取り戻したかった。会えなくなってしまった友人と会いたかった。この理不尽な壁をぶっ壊したいと思った。壁を壊すために、僕たちは集まりはじめる。壁を壊す計画を立てる。人々を分かち、敵対させ、殺しあわせる壁を僕たちは壊さなければならない。

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