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日記について考えた話@市原湖畔美術館


この間の日曜日に市原湖畔美術館に行ってみてとても感動したので、その感想を残しておく。



目当てはこれ。特別展示の「更級日記考 女性たちの、想像の部屋」

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更級日記とは、菅原孝標の女が執筆した平安中期の日記文学である。作者が13歳の折に、父親の任地である上総(かずさ)国(現在の千葉県市原市あたり)から帰京する旅の記録として筆をおこし、以後40年あまりに及ぶ半生を自伝的に回想した記録である。

本展はこの更級日記にインスピレーションを受け、
「女性たちによる『日記的表現』のもつ記録、創作、想像の世界とはいったいどんなものなのか?」
ということを、全12組の女性アーティストが各々のやり方で紹介している。

以下、写真と共に一部の作品と感想紹介。


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こちらは本展で大好きになってしまったアーティスト、今日マチ子さんの作品。

彼女の日記らしさは、毎日1ページ、このような作品を更新していたという連続性にあると思う。2004年7月からほぼ毎日ブログで1pマンガを更新して、2007年7月に1000枚に達したという。

(今日マチ子さんのブログはこちら)
https://juicyfruit.exblog.jp/


彼女の作品に共通しているのは、セリフがないこと。

セリフがない分、登場人物の思いは鑑賞者に委ねられる。

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そして、コマとコマの間にある余白も特徴的である。

コマの一つ一つは余白で区切られて、その間にどれほどの時間が流れたのか、考えさせられる余地があるのが面白かった。


今日マチ子さんの世界にすっかり虜になってしまったので、展示を見た帰りに彼女の本を購入した。

2018年に本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』の著者、辻村深月さんによるコメントが今日マチ子さんの世界の特徴を端的に言い表している。

「初めて見たのに、ものすごく懐かしい」


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こちらは五所純子さんの「ツンベルギアの揮発する夜」という、日めくりカレンダーに女性誌のコラージュを施した日記である。

下のメモ欄の部分だけを切り取ればいかにも普通の日記らしいが、日めくりカレンダー+コラージュ付きというのが、この日記のユニークさを高めている。

「秒針と分針と時針が、ひとつの出来事だとは思えなくなる。」から始まるこの平成24(2012)年6月12日の日記は、具体的なことが何も書かれていない。
けれど、この日がカレンダーの右上に記されているように「恋人の日」であることを考えると、男女の出会いとすれ違いの文脈で書いたのだろうか。



その他の五所純子さんの「ツンベルギアの揮発する夜」は、更級日記考の会期中(2019.4.6-7.15)のみ、instagramから見ることができる。
https://www.instagram.com/goshojunko/



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本展は、更級日記を考えるというより、そもそも日記って何なんだろう、というのを考えさせられた展示だった。


本展における日記は、日々の活動の記録であり、あるいは日々扱っているものの展示であったり、自らの過去を昇華するものであったり、

そうした内容が、紙だけでなく、映像、絵、装飾品など様々な媒体に示されていた。

様々な内容に、様々な媒体。
でも、どれも自分自身の中にある感情や記憶を形にしているという点では変わらない、と感じた。
自分の内面にあるものになんらかの形を与えること、それが日記を描くことの本質なのではないか、と思った。


そうした日記には、その人だけが持っている世界観が自然と表れてくるように感じる。
連続的な日常からどの出来事を切り取って日記に描くのか。切り取った現実に対して何を思い浮かべたのか。どの媒体で、どのように描くのか。その選択と思考の先に、その人だけが持つ世界観の存在をみる。

今日マチ子の場合、
桜を魚のように下から眺めたらどんな風に見えるのか、
その発想自体やそれを漫画で、セリフなしの1pで描くことに今日マチ子の世界が表象されている。


本展をみて、多様な日記のあり方、そしてそれに触れることの面白さを体験できたと共に、自分は彼女らのように豊かな世界観を持てているだろうか、と内省した。
「更級日記考」は2019年7月15日(月)まで。


ここまで読んでくださりありがとうございました。