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「ありがとう〜人生の教科書から学んだこと〜」 1年・小林朋睦

早稲田大学ア式蹴球部に関わるようになり、もう7ヶ月がたった。この部員ブログも1年生の山田から始まり、各々が自分のサッカー人生とつなげて多くのことについて書いていたが、自分には輝かしい功績もなければ、平凡なサッカー人生であり、これと言ったものがないために、少し視点を変えたことについて書きたいと思います。


「感謝の心が人を育て、感謝の心が自分を磨く」
何をきっかけに知ったのかは鮮明には覚えていないが、この言葉だけは強く鮮明に覚えている。感謝は人にしろと言われてできるものではなく、自分がある物事に対して感謝の念を抱くことによって初めて感謝ができる。感謝とは自発的なものだと思う。決して多発的なものなんかではない。

昨年の12月まで、自分には本当に大好きであった曽祖母がいた。そんな曽祖母は常に「ありがとうね」と口にしていた。私が昨年、早稲田大学に合格し、このことを伝えに行った時に、「頑張ってくれてありがとう、本当に自慢のひ孫だ」と言われた。また、最期の亡くなる前も「会いに来てくれてありがとうね」とだけ言って天国に旅立った。自慢のひ孫と言われたことを自慢しているわけでも、最期の時の悲しみを共感して欲しいわけでもない。伝えたいのは、感謝されたことは胸に強く残ると言うこと。たとえ些細なことであったとしても胸に強く残る。

自分が中学生の時、曽祖母にあることを言われた。

「当たり前なことに感謝をしなさい。立派に育ててくれたお父さんと、お母さん。仲良くしてくれているお友達。いつも見守ってくれている仏様。すべてのものに感謝しなさい。感謝は感謝で返ってくるよ。」

まだまだ未熟だった自分には、何を言いたいのか、この言葉が何を意味しているのかが正直あまりわからなかったが、年齢を重ね、曽祖母をはじめ家族や友人、ア式の同期や先輩たち、多くの人たちとの関わりを通して、やっと当時曽祖母が言っていたことの意味がわかった気がした。群馬から上京して初めて家族の存在の大きさ、地元の友達の心強さを痛感した。今まで当たり前な存在と勘違いしていたせいで、感謝のひとつもまともにできていなかった。何かあれば反抗をし、拗ねてばかりだ。朝早く起きてお弁当を作り、部活で使った汚い服を洗濯してくれたり、美味しいご飯を毎日作ってくれ、また常に寄り添ってくれる母親。時に厳しく、時に優しく、一番に自分のことを考え、どんなことについてもアドバイスをくれ、正しい方向に導いてくれる父親。たわいもない物事で喧嘩し、笑い合える幸せを教えてくれた兄と弟。決して私だけでなく、これを読んでいるみなさんも多くの大切な人や物事に感謝し忘れていると思う。その人がいなくなってからでは2度と伝えることはできない。その場その場でしっかりと感謝の気持ちは伝えるべきだ。

自分が今所属しているア式蹴球部でもよく感謝することについて考えることがある。副審をしたときやサポートに入ったとき、公式戦の仕事で朝早くから何かをした時など、先輩はよく「ありがとう」と言う。1年生の仕事なのだからやるのは当たり前だ。なぜ当たり前のことなのに感謝されるのだろうか。そんなことを思っている中でも、「ありがとう」と言われると何だか気持ちがいい。きっとこの先輩たちも、曽祖母が言っていた「感謝」をわかっているのだと思う。来年再来年と後輩ができた時も、この感謝の気持ちを伝えるということは自分もしていきたい。
また、よく監督の外池さんも「今ある環境は当たり前ではなく、そのことに対して責任と自覚を持たなければならない」とおっしゃる。コロナウイルスによって当たり前が当たり前ではなくなり、ただコロナウイルスのおかげで当たり前がどれだけ大切か、どれほど掛け替えのないものなのかを再認識できた。曽祖母から言われたことを5年越しにやっと身を持って感じることができた。今は天国から見ていてくれている曽祖母のひ孫である以上、いつかは彼女のような「感謝」がしっかりとできる人になりたい。
そして、自分の周りには様々なことを学ばせてくれる、「人生の教科書」のような存在が多くいる。その人たちに出会えたことへの感謝を忘れずに、これからも活動していきたい。


拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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小林朋睦(こばやしともちか)
学年:1年
学部:人間科学部
前所属チーム:群馬県立前橋高校

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