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衛星用「水エンジン」を開発!Pale Blueに聞く、社会課題と向き合う力の源泉【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#15】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第15弾となる今回のテーマは、技術の社会実装を通じた社会課題の解決です。水を推進剤とした推進機(水エンジン)を開発するスタートアップPale Blueで広報を担当する奥原えみりさんをお迎えして、いま水エンジンが注目されている理由や社会課題の解決に取り組むモチベーションの源泉をうかがいました。

水で動く衛星用エンジンが注目されるわけ

©︎小山宙哉/講談社

せりか:奥原さん、はじめまして!今日は「水エンジン」について聞かせていただけるということで楽しみにしていました。早速ですが、衛星の推進機とはどのようなものですか。水を推進剤として使っていらっしゃるのはなぜですか。

奥原えみりさん

奥原さん:推進機とは、宇宙空間にある衛星が軌道を変更したり、軌道を維持したりするときなどに必要な推力を生み出すエンジンのことです。人間の身体に例えると、心臓のポンプのようなものだと言えます。

従来の衛星はヒドラジンやキセノンを推進剤として使っていました。しかし、これらの推進剤は毒性が強く、取り扱いにかかるコストが小型衛星にはマッチしません。また、ヒドラジンやキセノンは圧力をかけて保存しなければならないので、タンクが大きくなってしまい、小型衛星に搭載するのが難しくなります。貴ガス(希ガス)のキセノンは、供給量が少ないため、数十から数百機、数千機の衛星コンステレーションを構築する需要には応えられないという課題もありました。

水エンジン ©︎Pale Blue

そこで、私たちが開発を始めた水エンジンは、ティッシュを吹き飛ばす程度の推進力なので地上からロケットを打ち上げるには全然足りませんが、宇宙では衛星を動かせるんです!

せりか:アルテミスⅠのオリオン宇宙船と相乗りして2022年11月に打ち上げられた日本の月を目指す超小型探査機「EQUULEUS」にも、水エンジンが採用されたと聞きました!

奥原さん:EQUULEUSの水エンジンの開発にはPale Blueの創業メンバーが携わっていたんですよ。水を推進剤とするエンジンで、世界初の地球低軌道以遠での軌道制御に成功しました!

Pale Blueの水エンジンもすでに開発と地上試験は完了していて、お客様への納品も済んでいます。水エンジンを搭載した衛星がこれからどんどん打ち上げられていくのを待っているところです。宇宙での実証を積み重ねて、信頼される企業を目指していきます!

用途に合わせて使い分けできるハイブリット式エンジン

せりか:水エンジンを開発している企業は、Pale Blueのほかにもあるのでしょうか。

奥原さん:水を温めて、水蒸気をノズルから放出するタイプの水エンジンを開発している企業がアメリカやヨーロッパに4社あります。Pale Blueの強みはイオンエンジンと水蒸気式エンジンのハイブリット式のエンジンを作れることです。

水蒸気タイプのエンジンは大きな推力がありますが、燃費はあまり優れていません。一方、イオンエンジンの推力は水蒸気タイプには劣りますが、燃費が優れています。例えば水蒸気は軌道投入や軌道変更など大きな推力が必要なタイミングで使って、軌道維持にはイオンエンジンを使うなど、用途に合わせて使い分けていくことで、限られた燃料を効率良く使えます。

せりか:業界からの注目度はいかがですか。

奥原さん:推進機を取り付けることで、衛星の利用の幅が広がりますし、需要が高まっているのを感じています。世界的にSDGsを重視する流れは宇宙業界でも活発化してきていて、海外の宇宙機関や宇宙開発企業の間でも環境に優しいグリーン推進剤(プロペラント)を探す動きが出てきているようです。最近はPale Blueを知ってくださっている方も増えてきているように思います。

やはり水を推進剤として使っていることを伝えると、すごく驚かれるのと同時に、導入に向けた話が一気に進みますね。実は私も水で動くエンジンに驚かされたひとりなんですよ!

水エンジンを搭載した衛星のイメージ ©︎Pale Blue

難しいからこそ挑戦したい。研究者気質の好奇心

奥原さん:Pale Blueのことは2021年10月にシリーズAラウンドの資金調達のニュースを見て知りました。当時は自動車業界の会社で働いていたので、エンジンの燃料と言えばガソリンや軽油、電気でした。だからこそ、水でエンジンを動かせるなんて「ありえんわ!」と思ったんです。

面白くてPale Blueのことを調べていたら、前職で経験がある広報のポジションが募集されていたので、すぐに応募して、2022年2月に入社しました。

せりか:入社されてみて、いかがですか。

奥原さん:前の職場では、すでに出来上がっている広報の体制の維持や改善が業務のメインでしたが、スタートアップのPale Blueではゼロから積み上げていくものがほとんどです。海外出張が多くて、海外の宇宙企業の経営者やエンジニア、メディアの方との議論や交渉も大きな学びになっています!

せりか:Pale Blueは東京大学の研究室からスピンオフして創業した企業だと聞いています。研究から生まれた技術を活かして製品として販売していくのはやはり難しいのでしょうか。

奥原さん:そうですね。研究とプロダクト化の間には、ギャップがあります。製品開発を進めていく上で出てくる改善点やお客様からのご要望は、必ずしも物理現象がネックになっているとは限りません。なので、航空宇宙分野の研究開発に慣れているメンバーに加えて、民間で製品開発の経験がある異業種のエンジニアが集まってきて、少しずつノウハウが蓄積されてきています。

お客様のニーズに真摯に向き合い、応えていくことは、難しいことです。しかし、水エンジンを導入していただくことで衛星の軌道維持ができるようになり、寿命が延びることで、結果的にスペースデブリを削減に繋がるなど、社会課題の解決に貢献できていることを実感できて、やりがいを感じます!

せりか:社会課題の解決に挑戦するモチベーションの源泉はどこにあると思いますか。

奥原さん:Pale Blueの創業メンバーはとにかく好奇心が強くて、難しいことにもあえて挑戦して、どんどん乗り越えていこうとするタイプです。いろいろな事象が複雑に絡み合った社会課題も、解決していくプロセスを楽しんでいます。

会社が大きくなっていけばエンジニアの雇用創出に繋がり、富の再分配がされて、そこからさらに研究開発が活性化していくサイクルを作れると創業メンバーが話していました。

こういった事業や会社に対する思いを創業メンバーが従業員全員に伝える場があり、距離が近いので、私たちもモチベーションを高く保ちながら働くことができているのだと思います。社内では業務とは関係ないカジュアルな会話をしたり、食事に行ったりすることが多いことも、組織作りでは大切ですね。

社内の様子 ©︎Pale Blue

将来は月面のガソリンスタンドで燃料補給も?

せりか:先ほど、Pale Blueの水エンジンを搭載した衛星がこれからどんどん打ち上がっていくとおっしゃっていましたが、今後はどんなことに挑戦していきたいですか。

奥原さん:私たちPale Blueは「宇宙のモビリティインフラ」を、水を中心として作っていきたいというビジョンがあります。このビジョンの達成に向けて、大型の案件を受注できるように、水エンジンの量産体制の構築を進めています。

これまでは手で持てるサイズのキューブサット衛星や50kg級の衛星をターゲットにしてきましたが、いま需要が飛躍的に伸びている100kg級の衛星やそれ以上の規模の衛星にも搭載できる水エンジンの研究開発にも取り組む予定です。

せりか:水が推進剤になるなら、月面で燃料補給ができるようになるかもしれませんね!

©︎小山宙哉/講談社

奥原さん:そうですね。それが水を使うメリットで、夢が広がるところです!将来的には宇宙のガソリンスタンドを作って燃料を補給できるようになれば、衛星が深宇宙と中継地を行き来しながら探査できるようになるかもしれません。

Pale Blueという社名は、NASAの太陽系探査機「ボイジャー1号」が撮影した淡い青色の地球の写真「Pale Blue Dot」に由来していて、地球周回だけでなく、より壮大な規模で研究開発の新しい産業構造を生み出したいという思いを込めているんですよ。

ボイジャー1号が1990年に地球から約60億km離れた地点から撮影した写真。
右中央に見える小さな点が地球 ©︎NASA

せりか:ビジョンにぴったりな素敵な社名ですね。衛星の燃料を宇宙で補給できれば、まだ人類が到達したことがない深宇宙を目指せるかもしれませんね。ありがとうございました!

せりか宇宙飛行士との対談企画第15弾は、Pale Blueの奥原えみりさんにご登場いただき、水エンジンや研究開発から生まれた技術の社会実装について聞きました。

次回は軌道上の衛星向けの燃料補給サービスを開発するOrbit FabのCEO Daniel Faberさんに市場の動向や今後の展望をうかがいます。お楽しみに。

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