
「宇宙ガソリンスタンド」で知られるOrbit Fab・CEOが考える宇宙開発のパラダイムシフトとは【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#16】
「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。
このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。
第16弾となる今回のテーマは、宇宙経済圏の創出です。軌道上の衛星に燃料を補給する、いわば「宇宙ガソリンスタンド」サービスを計画するアメリカのスタートアップOrbit Fab(オービット・ファブ)の創業者兼CEOのダニエル・ファーバーさんをお迎えして、創業の経緯や今後の展望をうかがいました。
燃料の残量=寿命だった衛星運用の常識を覆せ

せりか:ダニエルさん、よろしくお願いします!Orbit Fabのことは、日本でもよくニュースで取り上げられて話題になっていますよ。

ダニエルさん:そうみたいですね。叔母が京都に住んでいるので、私たちの会社について日本語で書かれているWebニュースを見つけたらいつも彼女にシェアするようにしているんです(笑)。
せりか:「宇宙ガソリンスタンド」の構想を知って驚くひとも多いと思います。どのような経緯でOrbit Fabを創業しましたか。
ダニエルさん:Orbit Fabの事業アイデアは、小惑星で資源を採掘するという大胆な目標を掲げていたスタートアップ「Deep Space Industries(ディープ・スペース・インダストリーズ)」から生まれたものです。
私は創業者からDeep Space IndustriesのCEOを引き継ぎ、軌道上で衛星を動作させる推進機を開発する戦略を取りました。なぜかというと、私たちが開発した推進機を、将来的には小惑星から採掘した資源で作った推進剤で動かせるようにして、衛星企業に販売しようと考えたからです。結果的にDeep Space Industriesは推進機の開発に成功し、ヨーロッパの推進機メーカーに売却することになりました。
その後も私たちのアイデアについて考えていると、複数の潜在顧客から「(衛星を運用するうえで)最もコストがかさむのは、燃料がなくなると衛星を捨てなければならないことだ」と聞きました。
もし燃料を1kg追加することができれば、100万ドルの収益を得られるんですよ。この数字がいかに大きいか、そして燃料がなくなると衛星を捨てなければならないことがどれだけ異常なことかがわかりました。
もちろん新たに開発する必要がある技術はたくさんあります。しかし衛星に燃料を補給することに本当に高い価値があるのならビジネスにしましょう、ということでOrbit Fabを2018年に創業しました。5年から10年後には、Deep Space Industriesで構想していたように、月や小惑星から採掘した資源を利用して燃料を作りたいと考えています。
軌道上での燃料補給でリスクを低減
せりか:Orbit Fabの事業アイデアは、Deep Space Industriesから生まれていたんですね!衛星への燃料補給ビジネスの市場規模はどのくらいなのでしょうか。
ダニエルさん:現在は世界の120社・団体以上が衛星を運用しています。そして、衛星の打ち上げる輸送費用は年間約50億ドル。打ち上げ輸送費用は機体の重量で決まるのですが、一般的に衛星の機体と燃料の重量は半々だと言われています。つまり世界の衛星企業は年間約25億ドルを、燃料を軌道上に打ち上げるためのコストとして支払っているわけです。

軌道上で燃料を入手できるようになれば、誰もが使うようになるでしょう。従来の衛星の寿命……つまり燃料の残量に縛られずに、衛星を運用できるようになるわけですから。市場規模は今後10年で100億ドル以上に成長していくと思います。
せりか:将来的には月や小惑星で採掘した資源を利用するとのことですが、それまではサービス提供事業者であるOrbit Fabも地上から軌道上まで燃料を運ぶ必要があります。どのようなメリットがあると考えていますか。
ダニエルさん:衛星を打ち上げるには、高額な打ち上げ輸送費用を収益が出る前に支払わなくてはなりませんよね。しかし、軌道上で燃料を補給できるようになれば、今年や来年分の燃料だけを搭載して打ち上げて、それ以降は必要になったときに費用を支払って給油すれば良いので、高額な打ち上げ輸送費用のためにローンを組んで利子を支払わなくても良くなります。
衛星が不具合で動作しなかった場合や市場が変化し求められる衛星の機能が変わった場合も、軌道上で補給する前提で打ち上げ時に搭載する燃料を少なくしておけば、投資が水の泡になってしまうのを防げます。さらには、燃料タンクや制御システムを小型化して、空いたスペースに望遠鏡や観測機器を搭載できるようになるかもしれません。
せりか:なるほど。実現すれば、宇宙スタートアップの事業支援にも繋がりますね!
ダニエルさん:そうですね。Orbit Fabのビジョンは、宇宙の経済圏を広げることです。そのために軌道上の衛星に燃料を補給するほか、将来的には宇宙機がより遠くに航行するための推進剤や宇宙空間で人々が生活するのに必要な化合物も供給していくつもりです。
タスマニア島で空想した地球の未来
せりか:ところで、ダニエルさんは、人類はなぜ宇宙を目指す必要があると考えていらっしゃいますか。
ダニエルさん:私の考えについて話す前に伝えておきたいのは、私はオーストラリアのタスマニア島の農場で育ったことです。
せりか:世界で一番空気と水が美味しいと言われている島ですね!いつか私も行ってみたいと思っています。
ダニエルさん:タスマニア島の自然はとても美しいですし、ダムの建設からフランクリン川を守る活動は世界で初めて成功した環境保護運動でもあります。
私は農作業には向いていなかったので、農場の自動化や宇宙へ行くこと、環境を守ることばかり空想していました。シドニーの大学に進学してからは、どうすれば人類のためになることができるだろうかと考えるようになりました。
そして、行き着いたのが、私たち人類は地球上の環境に依存しているということと、私たちは地球の環境を維持できるように努めるべきであり、人類を惑星間に移住させるべきであるということでした。工業や発電機能を地球外で行うようにすれば、地球全体に国立公園のように素晴らしい自然が戻ってくるかもしれません。
さらに、衛星による地球観測のおかげで私たちは地球温暖化の影響をモニタリングして、人類の活動が環境にどのような影響を与えているかを理解できるようになりました。宇宙開発を促進することで、人類の宇宙移住と環境汚染の影響のモニタリングを両方とも進められると思うのです。
せりか:素敵な考えですね。ダニエルさんがOrbit Fabに情熱を注いでいる理由がわかったような気がします!ちなみにOrbit Fabのビジネスの恩恵を地球で暮らす私たちも実感できるでしょうか。
ダニエルさん:地球上で作れなかったものを作れるようになる技術の開発に繋がるかもしれませんね。例えば、150年前に金属製の二重構造の瓶の内瓶と外瓶の間を真空にすると、保温・保冷できることがわかりました。当初は何に使うことができるのか考え付く人はいませんでした。しかし、その後50年、100年と経つうちに、魔法瓶や冷蔵庫の「真空チルド」など真空技術を利用した製品が数多く生まれました。
同じように、私たちが軌道上で化学物質を生産するようになれば、新しい技術を発明できるかもしれません。そしてその技術が地上での製造に応用できるようになる日が来るかもしれませんね。
宇宙産業に挑戦するなら、今が絶好の機会!
せりか:国際宇宙ステーション(ISS)に民間企業としては初めて水を補給したのはOrbit Fabでしたよね。

ダニエルさん:そうですね。2018年にOrbit Fabを創業し、市場分析やスタートアップ企業として必要な通常のことすべてを検討していたときに、私たちはいくつかの大きな技術的課題と大きな認識上の課題があることに気が付きました。
そのうちの1つが、衛星は使い捨てるのが当たり前だと考えている人々に、燃料を補給することで衛星を使い続けられることを理解してもらうパラダイムシフトを起こす必要があることでした。そこで、軌道上で私たちの衛星から顧客の衛星に燃料を移送するのと同じような実証を行い、燃料補給が現実的であることを人々に示すことにしました。
そして、まず行ったのがISSで燃料に見立てた水の供給タンクと貯蔵タンクを開発し、移し替える実験です。アメリカのISS National Labと契約し、宇宙飛行士が私たちの装置を使って作業する時間の確保とISSへの打ち上げ枠を提供していただきました。2019年のことです。
せりか:2018年に創業して、2019年にはISSで実証実験を行うなんて、ものすごいスピードですね。今後の計画を教えてください。
ダニエルさん:まずは多くの衛星事業者が使っているヒドラジン、その次にキセノンを軌道上の衛星に供給して、市場を創出することを目指しています。しかし、どちらの物質も小惑星や月では得られないので、採取が見込める過酸化水素に移行すると考えています。
せりか:日本のスタートアップ・アストロスケールが打ち上げを計画している、政府や民間の衛星運用者向けに、衛星の軌道維持や姿勢制御、墓場軌道への廃棄などを行う「寿命延長衛星」に燃料を補給する契約を締結したと発表されていましたね。最後に読者へのメッセージをください!

ダニエルさん:宇宙産業には民間の資金が投入され、急速に変化しています。宇宙開発に携わる人々にとって、今はとてもエキサイティングな時期ですよね。宇宙開発には技術者はもちろん、マーケティングやビジネス、ファイナンスなど、あらゆる分野の人が関わってきています。多くの企業がさまざまなことに取り組み、技術の融合によって宇宙の経済圏を活性化させています。
宇宙産業を投資対象として、キャリアアップの機会として、またイノベーションのための場として見るには、今が絶好の機会だということが言えると思います。そしてもちろん、サステナビリティの観点からも宇宙産業は重要だと言えます。ありがとうございました!
せりか:ありがとうございました!
せりか宇宙飛行士との対談企画第16弾は、Orbit Fabの創業者兼CEOのダニエル・ファーバーさんにご登場いただき、燃料補給ビジネスの動向や宇宙開発の必要性をうかがいました。
次回は小型ロケットを開発をするイギリスのベンチャーSkyroraでビジネスオペレーションマネージャーを務めるデレク・ハリスさんに輸送ビジネスのトレンドや環境にやさしい燃料の開発動向などについて聞きます。お楽しみに!
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