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キーワードは農業と気候変動。オーストラリア発地球観測スタートアップの挑戦【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#22】

「宇宙開発」と一口に言っても、開発しているものやその目的はさまざま。

このシリーズでは、ワープスペースのChief Dream Officerに就任した伊東せりか宇宙飛行士と一緒に宇宙開発の今と未来を思索していきます。

第22弾となる今回は、衛星データを利活用して農地のモニタリングや炭素排出濃度の測定を行うオーストラリアのスタートアップLatConnect 60°(ラット・コネクト・シクスティ)の創業者兼CEOのヴェンカット・ピレイさん(ヴェンカットさん)をお迎えして、同社が農業や環境分野に特化してサービスを開発しているわけや今後の展望をうかがいました。

衛星データで、マレーシアのお米の生産量が15%アップ!

©︎小山宙哉/講談社

せりか:ヴェンカットさん、はじめまして。オーストラリアから日本へようこそ!日本はいかがですか?

ヴェンカットさん:歓迎ありがとう。よろしく、セリカ!

ヴェンカット・ピレイさん

日本といえば、私は刺身が大好物なんです!マグロもサーモンも大好きです。たくさんの種類があるうちのきっとまだ0.2%か0.3%の刺身しか食べたことがないので、残りも食べてみたいと思っていますよ。

ところで、いま私たちが提供している2つの分野のサービスのうちの1つは「食」に関わるものです。

衛星で農地の「NDVI」をモニタリングすると、作物の生育状況や収穫に適した時期がわかります。この技術を使って、マレーシア政府向けに国内の農家のパフォーマンスを把握するためのソリューション「FMS」とマレーシア国内の農家が農作業に使えるソリューション「AG60」を提供しています。

メモ:植生指標とNDVI
植生指標とは、植物による光の反射の特徴を生かし衛星データを使って簡易な計算式で植生の状況を把握することを目的として考案された指標で、植物の量や活力を表しています。代表的な植生指標には、NDVI(Normalized Difference Vegetation Index:正規化植生指標)があります。
引用:植生指標データについて

マレーシアはお米が主食の国であるにもかかわらず、自給率は約70%。約30%は輸入している状況でした。ところがFMSとAG60を導入してからは、自給率は約85%までに向上しました!

せりか:ものすごい貢献ですね!

高解像度の衛星データで温室効果ガスの排出源を特定

せりか:もう一つのサービス分野についても教えてください。

ヴェンカットさん:2つ目の分野は、温室効果ガスの排出量のモニタリングです。カーボンニュートラルを目指すためには、まず取り組みを始める前の状況を、取り組みが開始してからは削減が進んでいることをモニタリングしなければなりません。石油やガス会社、火力発電所、メタンガスを排出する牛を飼育している牧場などをターゲットにしています。

最初の衛星は2025年後半に打ち上げる予定です。

せりか:温室効果ガスの排出量をモニタリングできる衛星を打ち上げる民間企業も出てきています。LatConnect 60°のサービスの魅力を教えてください!

ヴェンカットさん:いい質問ですね!ポイントは2つあります。

まず一つ目は、競合他社の衛星データの空間分解能(解像度)は25〜30mほどですが、私たちの衛星は2.5から3mです。競合他社は温室効果ガスが排出されている地域を検出することができますが、私たちLatConnect 60°は温室効果ガスが排出されているパイプや燃料タンクを特定することができます。

せりか:なるほど!パイプや貯蔵タンクまで特定できるなら、メタンが漏出してしまってもすぐに対応できそうですね。

ヴェンカットさん:そうですね。ただし、空間分解能が高いということは、衛星から受信するデータの容量が大きくなるということです。競合他社の場合は、衛星が観測を実施してから、地上にデータが届くまでに数時間、あるいは数日かかっていると聞いています。さらに、打ち上げる衛星の機数が数機程度だと衛星が同じエリアを観測できる頻度もあまり多くありません。

そこで私たちは、光通信ネットワークを構築しているワープスペースと提携して、容量が大きい画像であっても15分程度で地上にデータを届けられる体制を計画していることが二つ目のポイントです。

「食」の課題を解決したい

せりか:ところで、ヴェンカットさんはどういう経緯でLatConnect 60°を創業されたのでしょうか。

ヴェンカットさん:まずは宇宙ビジネスに目を向けたきっかけをお話しましょう。大学で専攻を決めるときに、子どもの頃にアニメや漫画で見た宇宙船に驚いて、興奮したことを思い出したんです!それで航空宇宙工学を専攻することにしました。

大学卒業後は、北米の衛星メーカーで、宇宙機関向けに光学衛星やレーダー衛星を提案したり、製造したりするプロジェクトなどに長年携わっていました。

地球観測産業が始まった当初は、国家安全保障のために政府によって利用されるケースがほとんどでした。しかし、衛星データが農業や温室効果ガスの排出量のモニタリングなどにも活かせると分かると、大いに情熱が湧いてきました。この技術を防衛だけでなく、ほかの商業産業にも活用したいと思うようになったのです。

農業、つまり「食」は世界中の全ての人に関わるものです。農家が抱えている問題をより具合的に知るために、東南アジアに視察に行きました。サービスを提供しているマレーシアは、特に小規模農家が多く、収穫量の格差が問題になっていました。さらに、近年は気候の変化が激しくなり、洪水や干ばつが頻発しています。食糧生産の効率が落ちれば食糧不足に繋がる恐れがありますよね。

せりか:農業や気候変動の課題解決を目指して創業されたんですね。そういえば、LatConnect 60°という社名にはどんな意味が込められているのでしょうか。

ヴェンカットさん:これはまたいい質問ですね!世界の人口密集地の多くは緯度プラスマイナス60°の範囲に位置しています。60°以上は非常に寒いですから。なので、緯度プラスマイナス60°をデータで繋ぎたいという思いでLatConnect 60°と名付けました。(※「Lat」は英語で「緯度」を意味する「Latitude」の略語です。)

宇宙開発がイノベーションを生み出す

せりか:LatConnect 60°の衛星が打ち上げられれば、さらにサービスが充実していきそうですね。今後新たに開発したいサービスやソリューションのアイデアがあれば、ぜひ聞かせてください!

ヴェンカットさん:食品のサプライチェーンを追跡するサービスですね。自分が食べている食べ物がどこから来て、どのようにして手に入れたものなのか。食べ物のバックグラウンドには農家がいて、その農家がそれを作り、収穫して、自分たちが食べられるようになるまでの過程を社会が強く意識するようになってほしいと思っています。加えて、温室効果ガスの排出が気候変動を引き起こしていることや今の自然環境が当たり前のものではないことにも気付くべきです。

農業と環境モニタリングが浸透していけば、政府の規制当局と市民の関係性をよくしていけるのではないかと願っています。

せりか:食糧の供給や温室効果ガスの排出量のより具体的な情報が手に入るようになれば、社会全体の問題意識も高まっていきそうですね。最後に、ヴェンカットさんが、私たち人類にとって宇宙開発が必要だと考える理由を教えてください!

ヴェンカットさん:私たちが今、地上で使っている技術の多くは、冷戦時代の宇宙開発競争で起きた技術の進歩から生まれたものです。実際にGPSの高精度測位技術なしに現代の生活はできませんよね。この技術はどこから来たのかというと、宇宙開発競争の結果なのです。ですから、宇宙開発は、ただ月や火星に行くためだけのものではありません。

©︎NASA

月や火星を目指す過程で、今後も多くの技術が開発されるでしょう。例えば、SpaceXのイーロン・マスクは月と火星の開発を目指していますが、その過程で毎月打ち上げられるロケットを生み出しました。それも再利用型のロケットです。これを成功させたのはおそらく世界で彼だけでしょう。

宇宙開発のロードマップを描くことで、より大きなイノベーションが起きることがわかります。それは人類にさらなるチャレンジを促していきます!

せりか:ヴェンカットさん、ありがとうございました!

せりか宇宙飛行士との対談シリーズ第22弾のゲストは、LatConnect 60°のヴェンカット・ピレイさんでした。

次回のテーマは防災、ゲストは慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授です。今後30年以内に南海トラフ地震が70〜80%の確率で起きると算出されるなど、災害対策が求められているなか、どのような社会システムを構築していくべきなのか、白坂教授にうかがいます。お楽しみに。


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