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【Space Symposiums 2023】世界最大級の宇宙イベントで見える深宇宙探査の新潮流。-民間企業が主体となる宇宙探査は来るのか-

 2023年4月17-20日に、世界最大級の衛星産業カンファレンスSpace Symposiumが米国コロラド州コロラドスプリングスで開催されました。Space Symposiumは宇宙利用に関連する情報の整理、教育、イベント運営などを幅広く行う非営利団体であるSpace Foundationが主催する、今年で38回目になるカンファレンスです。例年3月にワシントンDCで開催されるSATELLITE、例年8月にユタ州ローガンで開催されるSmallsat Conferenceと並び、米国の人工衛星分野では3本の指に入る非常に大きなイベントとみなされています。参加者総数は1万人を超え、トピックも衛星通信や観測衛星、打上げ関連から深宇宙での大型ローバーや宇宙ステーションなど、非常に幅広い分野をカバーしています。
本記事では、ワープスペースCSOの森が現地にて得た見聞をまとめています。
 (森が昨年参加した「37th Space Symposium」のレポートはこちらです。)

月面探査車の開発に新潮流。NASA/民間企業の関係変化の先にあるものとは?

 今回のSpace Symposiumの展示で特に存在感を放っていたものが、深宇宙探査のためのローバーの展示です。NASAによる、2020年代後半のArtemis 5ミッションから始まる月面探査車「Lunar Terrain Vehicle (LTV)」のコンペティションに向け、各企業がLTVの開発にしのぎを削っています。会場で特に注目されていたのが、防衛、情報、システムエンジニアリングに関連するLeidos社が、レースカーの開発を行うNASCAR社と共同で開発しているLTVです(*1)。宇宙開発に幅広く関わるエンジニアリング事業者と高性能車両の開発ノウハウを持つ自動車メーカーのコラボレーションにより、新しい宇宙探査の形が見出されつつあります。一方で、米国の宇宙スタートアップのAstrolab社は、ロボットや人間のミッション用にIntel社やHewlett-Packard(HP)社と共同開発しているローバー「Flexible Logistics and Exploration(FLEX)」のプロトタイプを公開しています。FLEXもNASAのArtemisプログラムにおけるLTVの要件に適合しており、先月の時点でSpaceX社の次世代ロケット「Starship」で月へ送ると発表されています(*2)。
 また、Space Symposiumで発表されたLTVに関連する記事からは、Leidos社やAstrolab社がNASAのLTVコンペティションのためのみに、こうした月面探査車を設計しているわけではないことが伺えます。
 参考記事(*1,*2)として紹介したSpaceNews、Business Wireの記事にはそれぞれ、

(Leidosをはじめとする)産業界は、NASAがLTVプロジェクトで従来のようにローバーを開発する契約ではなく、ローバーをサービスとして調達することを期待している。そうすることで、ローバーをNASA以外の他のユーザーに提供したり、スポンサーを募ったりすることも可能になる。

(*1 SpaceNews:Leidos working with NASCAR on Artemis lunar roverを平易に意訳)

これまで惑星探査機は、NASAによる特定のミッションのためにカスタム設計されてきた。従来、このようなミッションは10年に1回程度行われてきたが、近年はこうした打ち上げの頻度が急速に増えてきている。したがって、ローバー設計におけるこのオーダーメイド的なアプローチはもはや実用的でも効率的でもない。そこでアストロラボは、モジュールごとに設計を行い、ミッションごとに適したモジュールを選択して組み合わせる、「モジュール方式」でペイロードを輸送・展開するFLEXローバーを設計している。


(*2 Business Wire:Astrolab’s FLEX Rover to be Launched on Upcoming SpaceX Mission to the Moonを平易に意訳)

といった記述が見られ、深宇宙探査の顧客はもはやNASAだけではなく、さまざまな民間企業に対するサービスの提供を見据えていることが伺えます。そしてそれを見据えた開発の方法論まで模索され始めていることからも、海外ではこの潮流がすでに加速され始めていることが分かります。

(*1【参考:SpaceNews】Leidos working with NASCAR on Artemis lunar rover)
(*2【参考:Business Wire】Astrolab’s FLEX Rover to be Launched on Upcoming SpaceX Mission to the Moon)

Leidos社が公開した、NASCAR社と共同で開発している月面ローバーのプロトタイプ。
Astrolab社がIntelやHPと共同開発している月面ローバーのプロトタイプ。

月面探査用も、商業宇宙ステーション用も。宇宙服にも見える民間企業への広がり

 また、今回のSpace Symposiumでは月面探査車に加えて、AxiomSpace社やCollins Aerospace社による月面探査用の宇宙服の展示も印象的であったと森は語ります。
 特に、商業宇宙ステーションの開発に取り組むAxiom社 は、Space SymposiumにてAxiom Space Accsess Programを発表しました(*3)。これは、各国が自国の宇宙インフラを開発する必要なく、国際宇宙ステーションやAxiom社の将来の商業宇宙ステーションで研究を行うための段階的なアプローチを各国に提供するものです。こうしたサービスの顧客としては、1に政府宇宙機関、2に民間の宇宙飛行士個人、3つ目の、そして最も大きな顧客として企業を想定しており、こうした顧客が宇宙で教育、観光、研究開発を行うことで、利益を出すことを想定しているようです。こうした動きのはしりとして、今回のSpace Symposiumでは、スウェーデン宇宙庁、欧州宇宙機関、Axiom社の三者協定により、スウェーデンの宇宙飛行士が来年中にAxiom社による約10日間の商業ミッションで国際宇宙ステーションを訪れる趣意書に署名がなされ、実現に向けた動きがいよいよ具体化されていることが実感されます。

(*3【参考:SpaceNews】Axiom announces new government human spaceflight program)

Collins Aerospace社が開発している月面探査用の宇宙服のプロトタイプ。
Axiom社、KBR社が共同で開発している月面探査用の宇宙服のプロトタイプ。

 一方で、Sierra Space社はILC Dover社と宇宙ステーションモジュールと宇宙服の開発で協力することを発表しました(*4)。このスーツのコンセプトは、Sierra Space社が開発中の有翼宇宙往還機「Dream Chaser」の乗員が着用するスーツとシームレスに統合することを可能にすることです。これは即ち、船外活動中の宇宙飛行士がDream Chaserに乗り込むと、その宇宙飛行士の宇宙服が自動的に、生命維持をはじめとした船内のシステムに接続されるという画期的なものです。今回のSpace Symposiumでは宇宙船内用と宇宙遊泳用を含むスーツのデザインは明らかにされませんでしたが、今後の新しいコンセプトの宇宙服の開発に期待がかかります。またSierra Space社については、昨年末には大分県、兼松株式会社、JALの3者と共同で、Dream Chacerの国内事業開発や大分空港における運用を行う声明を発表しています(*5)。

(*4 【参考:SpaceNews】Sierra Space and ILC Dover partner on inflatable modules and spacesuits)
(*5 【参考:sorae】JALが「ドリームチェイサー」の活用に向けた大分県など3者のパートナーシップに新規参入)

Sierra Space社が開発する、Dream Chacerのプロトタイプ。森は大分県の宇宙事業の技術顧問も兼任しており、大分の宇宙港構想等にも関わっています。

防衛が加速させる宇宙産業の発展

 森は今回のSpace Symposiumに参加して、やはり昨年までと比較して、安全保障に関連するブースが増えている点が印象的であったと述べます。アメリカ宇宙軍のアメリカ宇宙システム管制局(Space System Command)、アメリカ宇宙作戦管制局(Space Operations Command)、アメリカミサイル防衛局(Missile Defense Agency, MDA)などに加え、NATO宇宙軍など、宇宙軍系のブースが5-10ほどありました。こうした様子はこれまでになかったため、今回のSpace Symposiumにおける大きな変化と言えます。また一方で、今回のSpace Symposiumでは、スポンサーの質も大きな変化を見せています。昨年までの数十年は、Northrop Grumman社やLockheed Martin社などの航空宇宙産業に関わる企業がスポンサーとしてついておりましたが、今年はMcKinsey社やDeloitte Tohmatsu Consulting社、Boston Consulting Group社、Euroconsult社といった宇宙業界特化もしくは総合・戦略コンサルティング企業がスポンサーに名を連ねました。こうした背景にはやはり、安全保障に関連して政府から大金が投じられ、宇宙産業が実際に市場として非常に注目されるようになってきた事実があると考えられます。
 また、特にこうした宇宙を舞台にした安全保障ではミサイルの検知や地球観測のための通信網の整備が急務であり、そのため衛星間通信には最も多くの金額が投じられています。その中でも、通信速度、セキュリティの観点から、宇宙空間での光通信技術には熱視線が集まっています。今回のSpace Symposiumからも、ワープスペースも取り組む衛星間光通信が潜在的に持つ価値を再確認することができました。

(執筆:中澤淳一郎)


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