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【掌編小説】スミレさま

――そう呼ばれている、たった一つの学校の怪談がある。
 スミレさまは学校の花壇に住んでいて、貢ぎ物を花壇に埋めると願い事を一つ叶えてくれるらしい。
 恋人が出来たとか、第一志望の学校に合格したとか……そんな噂が流れている。

「くっだらない」

 リカはスミレさまの話をすると途端に不機嫌になる。

「そんな話で盛り上がって許されるのは中学生までだよ」
「別に、本気で願いが叶うなんて思ってないよ。ただそう言う話が回ってきたってだけじゃん」

 ユカリの反論に、リカは鼻で嗤った。

「噂話なら、自分のところで止めるべきだと思うけど?」

 ただ楽しく話していただけなのに、と皆は不満顔だ。
 タイミング良くチャイムが鳴った。授業開始の合図なんて、いつもは憂鬱でしかないけれど、こういう時は救世主のように感じる。

「ほんと空気読めないよね」と、ユカリが呟いた。

 私は苦笑いを返し、早く先生来ないかなぁと考えていた。


 下校時刻になると、リカはいつも私の所に来るが、今日は違った。
 リカが私の机に来るより先にユカリたちが私を取り囲んだ。

「今日、遊ぶ約束だったよね! 早く行こう」
「え?」

 身に覚えがない。でも従うしか無かった。
 教室を出る時、リカが悲しそうにこっちを見ていた。

「どうしたの?」
「別に、ねえ?」

 それですべてを察した。
 仲間外れの入口だ、と。そして同時に、自分じゃなくてとほっとした。
 確かにリカは楽しい空気をよく壊す。
 上履きをデコレーションしようと誰かが提案した時も「ダッサ」と切り捨てた。
 私たちの上履きはお揃いの靴紐が通してあるのに、リカの上履きは入学当時から変わらない。

「一人で出てくるかな?」

 ユカリ達は楽しそうに校舎の陰から覗いている。

「あ、来た来た! 一人だよ、あいつ」

 リカが校門を出たところで皆が狂ったように笑いだした。私も合わせるように笑った。
 ひとしきり笑ったあと、ユカリが言った。

「どっか、寄って帰ろうよ。どこ行く?」

 ペチャクチャ話ながら校門をくぐろうとした時、私は言った。

「課題のプリント忘れたかも」
「え? もう……先行ってるからね」
「うん」

 踵を返して、人気の無い校舎裏へと向かった。

「……うそ」

 それを見た瞬間、スミレさまだと確信した。
 明らかにおかしい。何度かここを通った事があるが、通路を塞ぐように置かれた花壇なんて絶対に無かった。
 その花壇には黒いパンジーが一輪だけ咲いている。

「スミレさま……?」

 自分の唾を飲み込む音が、辺りに響いたんじゃないかと錯覚する。
 そっと近づいて土に触れた。柔らかく、手でも難なく掘れる。
 私は鞄の中を見た。無くなっても良い物を探して目に入ったのは、リカに貰ったポーチとユカリに貰ったリップグロスだった。
 私はその両方を土に埋めた。

「二人に天罰を」

 空気を悪くするリカも、平気で仲間外れをするユカリたちも、少し痛い目を見た方がいい。
 私は両手を合わせて拝んだ。目を開けるとそこに花壇は無かった。


 翌日、リカもユカリも学校に来なかった。
「どうしたんだろうね?」と心配そうな友達に同調した。
 でも本当は知っている。スミレさまが何かをしたのだ。
 これで二人は反省するはずだ。やっと平和な学校生活を送れるだろう。


 次の日、リカは右目に、ユカリは左目に眼帯を着けて現れた。
 奇しくも二人は、同じ日に同じ症状を発症した。
 突然、片目が見えなくなったそうだ。
「病院でも原因が分からないらしくて」と二人は言った。

「見えないままだったらどうしよう?」

 二人は手を取り合って涙を流した。
 完璧だ。これで二人が仲良くなれば、空気も悪くならない。私の望んだ平和な学校生活が手に入る。
 心の中でスミレさまにお礼を言った。


 その日の放課後、空き教室でリカとユカリを慰めていた所、友達の一人が「あれ!」と、突然叫んだ。
 廊下にあるはずの無い花壇がある。それも黒いパンジーが一輪だけ咲いている。

「スミレさまだ!」

 皆がパニックに陥ったとき、リカが冷静に言った。

「スミレさまにお願いすれば治るかもしれない」

 そこで皆は各々貢ぎ物を用意した。
 リカとユカリは花壇に穴を掘り、貢ぎ物を埋めた。
「目が治りますように、で良いかな?」とユカリが呟いたとき、リカが言った。

「違うよ。これ、きっとスミレさまの仕業だよ。二人同時なんておかしいもん。だから……犯人の目と交換して下さいにしよう」

 私は驚いて何も出来なかった。


 あの時止めていれば、私は今でも光を見られたんだろうか。
 最後に見たあの黒いパンジーは、今でも瞼の裏に焼き付いている。

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