鰐部祥平

地方在住のHONZレビュアー。歴史、戦史などのレビューが多め。現在は『MARGINAL…

鰐部祥平

地方在住のHONZレビュアー。歴史、戦史などのレビューが多め。現在は『MARGINAL NOTES 』でエッセイを連載中https://note.com/marginalnotes

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    ノンフィクション書評サイトHONZ(2011−2024)のアーカイブ

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『ヒトラーのための虐殺会議』を観た後の雑感。

夜勤明けの週末は疲労と睡眠不足でとにかくダルい。外出はもちろん、本を読むのもゲームをするのもしんどいので、ボーっとしてしまいがちなのだが、映画鑑賞くらいならばなんとか楽しめる。 てなわけで、今日は『ヒトラーのための虐殺会議』を観た。いわゆる「ヴァンゼー会議」と言われる会議の議事録をもとにして制作された作品だ。ヴァンゼー会議とはナチ高官がユダヤ人問題の最終的解決について話し合った会議なのだが、高官たちが各々の省庁やら管区やらの権限などを守る駆け引きをしながらヨーロッパ中のユダ

    • 『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』上半期もっとも興奮したノンフィクション。

      1793年にグレートブリテン王国(イギリス)とスペインとの間に「ジェンキンスの耳戦争」という海上の覇権を争う戦争が勃発した。ローバート・ジェンキンスという商船の船長がスペイン当局に拿捕され耳を切り落とされるという事件への報復という名目でイギリス側が宣戦布告したためにこのような名前で呼ばれるようになった戦争だ。 この戦争はやがてオーストリア継承戦争にまで拡大することになるのだが、本書ではそのあたりの歴史は一切関係がない。本書『絶海』が扱っているのは、この戦争のさなか秘密の任務

      • 『最強のコミュ力のつくりかた』コミュ力とは人としての魅力なのだ

        皆さんはコミュ力に自信がおありだろうか?もしそれほど自信がないのであれば、本書の冒頭に記されている言葉はかなり衝撃的なはずだ。本書はこのような書き出しから始まる。 どうであろうか。バットか何かでぶん殴られたような衝撃を受けないだろうか?かく言う私もコミュ力が低いことを自認しているため、本書の冒頭部分を読んだだけで、KO負けしたかのようなダメージを食らった。何しろお前には人としての魅力が欠けていると言われているのだ。これほどの攻撃力ある言葉もなかなか無いではないか。しかも厄介

        • 『米特殊部隊CCT 史上最悪の撤退戦』これまであまり語られてこなかった戦闘管制員の物語

          大英帝国の力がシーパワーに支えられていたとするならば、アメリカの覇権はそれに加えてエアパワーに支えられている。このエアパワーを支える存在のひとつが米空軍特殊部隊CCT(戦闘管制員)である。米軍の特殊部隊といえば陸軍のデルタフォースと海軍のネイビーシールズが特に有名であろう。これらの組織はハリウッド映画などを始め様々な娯楽作品にも登場している。しかし、本書の著者の言葉を借りれば、いかに特殊部隊員とはいえアサルトライフルを握りしめ敵に突撃する突撃兵は掃いて捨てるほどいる、しかし、

        『ヒトラーのための虐殺会議』を観た後の雑感。

        • 『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』上半期もっとも興奮したノンフィクション。

        • 『最強のコミュ力のつくりかた』コミュ力とは人としての魅力なのだ

        • 『米特殊部隊CCT 史上最悪の撤退戦』これまであまり語られてこなかった戦闘管制員の物語

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          『異常殺人 科学捜査官が追い詰めたシリアルきらーたち』「黄金州の殺人鬼」を追い詰めたCSI捜査官の捜査記録

          本書に記載されている調査によると、現在アメリカ国内で活動中の連続殺人犯の数は2000人ほどだという。その多くは孤立者でもなければ社会ののけ者でもない。彼らはごく普通の社会生活を営み、友好的な隣人として振る舞うすべを知っている。一方で自分の行動が倒錯したものであることは理解しており、しばらくの間は犯行を止めることができるのだが、やがて殺しの衝動が逮捕へ恐怖を凌駕したさいに犯行におよぶという。 本書の著者ポール・ホールズは20年以上にわたりCSI(科学捜査官)として凶悪事件の捜

          『異常殺人 科学捜査官が追い詰めたシリアルきらーたち』「黄金州の殺人鬼」を追い詰めたCSI捜査官の捜査記録

          『モサド・ファイル2』イスラエルを影で守る「モサド・アマゾン」たち

          前作『モサド・ファイル』でイスラエル建国以来、同国の「諜報機関モサド」が行ってきた秘密作戦の全貌を明らかにしたマイケル・バー=ゾウハーとニシム・ミシャルのコンビの新刊だ。今回はモサドの諜報員として活躍した女性工作員に焦点を当ててモサドの歴史を浮き彫りにしている。女性工作員というと色仕掛けによる「ハニートラップ」をすぐにイメージされる方も多いと思うが、モサドでは女性の肉体を用いた工作を基本的には推奨していないという。実際に著者のインタビューに答えた元モサド工作員のヤエルは「私が

          『モサド・ファイル2』イスラエルを影で守る「モサド・アマゾン」たち

          『海賊たちは黄金を目指す』未知の「南海」に挑んだ海賊たちの冒険記 

          1680年4月5日の夜明け、イギリス人を中心とした331人のバッカニアが遠征の途に就いた。この遠征は現在のパナマ領内に横たわるダリエン地峡を大西洋側から徒歩で越え、太平洋側のスペイン植民地を襲撃するという、途方もなく野心的な試みであった。彼らの行く手にはこれまで何度もヨーロッパ人を拒み続けてきた鬱蒼としたジャングルと連なる山々が待ち構えているのだ。 この遠征には歴史に名を遺す数人の海賊たちが参加していた。彼らの数人はこの遠征を記録しており、その中のひとり数学者でもあるバジル

          『海賊たちは黄金を目指す』未知の「南海」に挑んだ海賊たちの冒険記 

          『ヒトラーの馬を奪還せよ』KGB、シュタージ、ネオナチが絡みあるミステリー小説のようなノンフィクション

          独裁者アドルフ・ヒトラーが建設したベルリンの総統官邸の中庭には2体の巨大な馬のブロンズ像が立っていた。1体はちょうどヒトラーの執務室の前に飾られており、ヒトラーがその馬の像を眺めながら日々の執務をこなしていたことは間違いないであろう。作者はヨーゼフ・トーラックといいヒトラーお気に入りの芸術家でナチスの庇護のもとで名声を博していた。このほかにも官邸入り口にはアルノ・ブレーカー作の『バルタイン(党)』と『ヴェーアマハト(国防軍)』という2体の男性像が飾られていた。いずれも、ゲルマ

          『ヒトラーの馬を奪還せよ』KGB、シュタージ、ネオナチが絡みあるミステリー小説のようなノンフィクション

          『政治家の酒癖』酔いが動かした世界。

          一説によると人類は1万年以上前から酒を飲んでいたらしい。最も古いアルコール飲料はハチミツを主原料としたミードと呼ばれるものであったとも言われている。紀元前4000年ころには古代メソポタミアでビールが飲まれていたし、ワインは紀元前3000年頃から飲まれていた。人はかくも昔から酒を飲み酔っていたのだ。人が酒を飲む理由は様々だろうが、古代や中世の人々が酒を飲むのには、定住生活による水質汚染の問題があったとされている。生水を飲むという行為は非常にリスクが高かったのだ。 とはいえ、酒

          『政治家の酒癖』酔いが動かした世界。

          『ワグネル プーチンの秘密軍隊』謎の軍隊に属した元傭兵の回想録

          膨大な死傷者を出しつつウクライナで存在感を示したPMC(民間軍事会社)ワグネル。プーチンの秘密の軍隊ともいわれ、2014年のウクライナ紛争やシリア内戦でも暗躍していたことが知られている。一方で2022年のウクライナ侵攻以前はその存在をロシア政府から公式に認められていなかった。それもそのはずで、ロシアでは法律により傭兵家業が禁止されているはずなのだ。著者マラート・ガビドゥリンはこの秘密の軍隊で傭兵として働いていた男だ。本書はワグネルで傭兵として戦った男の回想録であり、戦記である

          『ワグネル プーチンの秘密軍隊』謎の軍隊に属した元傭兵の回想録

          『ゼレンスキーの素顔 真の英雄か危険なポピュリストか』

          2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナへの全面侵攻は世界を震撼させた。侵攻以前からロシアはウクライナ国境付近に軍を集結させていたが、本当に軍事作戦に踏み切るのか、それともただの脅しなのか、様々な情報が錯綜していた。世界の耳目を集めていた案件だけに、いざ侵攻が始まると既存のメディアはもとよりSNSなどでもロシア軍の動きは逐一報じられ、次々と現地の映像があふれ出したのを今でも覚えている。 首都キーウ近郊の空港がロシアの特殊部隊による攻撃を受けるなど、当初はロシア

          『ゼレンスキーの素顔 真の英雄か危険なポピュリストか』

          『聞く技術 聞いてもらう技術』聞く力、聞いてもらう力が社会を変えて行く

          世の中では厳しい言葉が飛び交っている。特にSNSを中心に政治問題や社会制度のあり方を巡り攻撃的な言葉の応酬が日常的に繰り返されている。だが、多くの人が承知しているように、これらの言葉の応酬で何か建設的な議論が生まれることも価値のあるコンセンサスが生まれることもない。ほとんどの場合、相手への敵がい心をむき出しにして、石つぶてのような硬い言葉をぶつけ合い、お互いに傷だらけになりながら、ただただ憎しみを増しているだけというのが現状だ。なぜ私たちの社会はこのような有様になってしまった

          『聞く技術 聞いてもらう技術』聞く力、聞いてもらう力が社会を変えて行く

          『不自然な死因』ふだん知ることのできない法医学の世界

          医者という職業は私たちの身近に存在する。多くの人が何度となく医療機関を受診した経験があるだろう。しかし本書の著者であるリチャード・シェパードは私たちが想像する医者とは少し異なる。彼の患者は死者だ。リチャード・シェパードはイギリスの高名な法病理学者なのだ。不幸な事故や事件に巻き込まれた人々の遺体を解剖し、なぜ被害者が死に至ったのかを突きとめるのが彼の仕事だ。彼が解剖した人物で世界的に有名な人物のひとりに故ダイアナ元妃がいる。本書は法医学に人生を奉げた彼の半生を綴った自伝である。

          『不自然な死因』ふだん知ることのできない法医学の世界

          『ソーニャ、ゾルゲが愛した工作員』ゾルゲに見出され歴史を動かした「主婦」

          ロシアのウクライナ侵攻により核戦争の脅威が現実味を持って語られるようになっている。こうした緊張感のある状態は東西冷戦以来であろう。実は冷戦を生み出すにいたる、核の軍事バランスを作りだすのに、大きな役割を果たした一人の主婦がいたことはあまり知られていない。彼女のコードネームはソーニャ。三人の子供の母であり、妻であり、ソ連軍情報部(GRU)の将校であり、腕利きのスパイマスターであった。 彼女はイギリスに亡命していたユダヤ系ドイツ人の天才物理学者クラウス・フックスをスカウトし、イ

          『ソーニャ、ゾルゲが愛した工作員』ゾルゲに見出され歴史を動かした「主婦」

          『破綻の戦略 私のアフガニスタン現代史』日本人が現地で見つめたアフガニスタンの混迷

          読み始めてすぐ意外な記述を目にした。イスラム主義組織、タリバンの創設者であるムハンマド・ウマルの演説、それも彼が国際テロ組織、アルカイダを率いたウサマ・ビンラディンに騙され大量殺戮に加担したことを懺悔する演説の録音があるというのだ。さらに意外なのは、ウマルがアフガニスタンの社会を正し平和を求めて立ち上がった人物だった、という評価だ。ウマルは日本では多くのテロや犯罪に手を染めた犯罪者として悪名が高い。 著者の髙橋博史は、アフガニスタンのカーブル大学への留学を経て外務省中近東第

          『破綻の戦略 私のアフガニスタン現代史』日本人が現地で見つめたアフガニスタンの混迷

          『SS将校のアームチェア』ユダヤ系歴史家の調査が 「一般のナチ」の姿に迫る

          本書の著者、ダニエル・リーは第2次世界大戦を専門とする歴史家で、ユダヤ系英国人でもある。あるとき彼に依頼が舞い込んだ。依頼主はヴェロニカという女性だ。彼女の母が故郷のチェコで購入したアームチェアを修理に出した際、座面の中からナチスに関する書類が出てきたという。依頼は、なぜそんな物が椅子の中に隠されていたのかを調査してほしいというものだった。 書類は1933〜45年のもので、戦時債券、株券、上級国家公務員2次試験の合格証明書、パスポートなど。どの書類にも、Dr.ローベルト・ア

          『SS将校のアームチェア』ユダヤ系歴史家の調査が 「一般のナチ」の姿に迫る