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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』-ぼくらは科学を、人間と友と、そしてユーモアを信じる

プロジェクト・ヘイル・メアリーは、ゆるやかに滅びに向かう太陽系を救う旅のお話だ。物語は、太陽系を救うために地球を旅立った宇宙船で目覚めた主人公の「現在」パートと、ここに至るまでの過去の記憶が蘇る「回想」パートの2つを行き来しながら進んでいく。

目の前には次々と困難な課題があらわれるし、思い出す過去はどうも手放しでハッピーとは言えない。しかし、この物語は、どこか希望や信頼というものにあふれている。ああ、このお話は最後はきっとうまくいくんだろう。そう感じさせる明るいタッチで綴られていく。

地球の滅びが見え始めた時、人類はいずれは残されたリソースや時間を奪い合い、争い合うのかもしれない。そんな予想もリアルでSFだ。

現代社会には問題は山積みだが、今のところ差し迫った分かりやすい危機はない。むしろ全体としてはより豊かで平和になり続けているとも考えられる。それでも、なぜか人は無意味に競い合い、傷つけあう。人間の本性は争う生き物なのだろうか。群れで暮らす動物は、序列の誘惑から逃れられない。

しかし、物語の地球人は多少強引な力は働いたにしても力を結集し、ヘイル・メアリーを宇宙の彼方に送り出した。そこに希望のかけらがある。

未知のものや現象、クリアすべき問題に対して、主人公は科学的なアプローチで挑んでいく。観測し、仮説を立て、検証し、答えを導き出していく。いかがわしい政治家やコンサルタントのたどりつけない宇宙の彼方で、滅びゆく星を救うのは科学者とエンジニアだ。プロジェクト・ヘイル・メアリーの物語には、さわやかな、科学に対する信頼のようなものが流れている。積み上げてきた知恵や技術の確かさを忘れてはいけない。

また、人類から遠く離れた世界で、主人公は思いがけない出会いをする。 ぼくらは、遠い宇宙の彼方、とんでもなく絶望的な状態でも友を見つけられる。この物語は、そんな人間の持っている素朴で重要な能力を信じているようにも思える。

そして、何より人は、困難な状況であってもそれを楽しむすべを知っている。もしかすると、ユーモアは全員が常に持っているものではない。ただ、その能力を持ってさえいれば、危機的な状況であっても前を向いて進んでいける。ひょっとするとそれこそが長く困難な宇宙の旅に耐えられる重要な資質なのかも知れない。

誰かが日常でユーモアをすり減らしたとき、力強い物語がそれを補充してくれることがある。プロジェクト・ヘイル・メアリーはそういった前向きな物語だ。

不幸があればラッキーもある。取り返しが付かないことがあっても、また別の希望がやってきて救われることもある。しかしそれは、ただうなだれているだけでは手に入れられないだろう。

まずは寝て、それから考えて、仕事をしよう。

余分なものがなくなったら、人間は案外ポジティブに生きられるということのかも知れない。

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