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ありあわせの手段、しばしば限られた手段で自動車を再び動かすこと

本書は一種のサバイバルガイドにもなっている。惨事に直面したとき、わたしたちの脳はどう働くのかを解明し、生き延びるために何をしなければならないかについて具体的にアドバイスしてくれる。脳を鍛える方法や恐怖を制御するための呼吸法などにも触れていて実際的である。このように本書にはさまざまな内容が盛り込まれているが、際立っているのは、実際に惨事に遭遇した人たちの壮絶な体験がヒューマン・ドキュメントとして如実に描かれている点である。心が揺さぶられる臨場感あふれるノンフィクションで、人間の心理に奥深く分け入り、想像をこえた驚くべき真実が明らかにされている。惨事に遭遇し、恐怖に直面した人たちの反応や行動は、わたしたちの予想を裏切る。「現実はもっと興味深く、希望に満ちている」のである。極度の恐怖を体験した生存者たちの語りといい、極限状況において崇高な行動をとることができる人間の感動的な実話といい、人間の奥深さを再認識させてくれる感銘深い書になっている。そこに本書の何よりの魅力があるといえるだろう。

ジョルジュ・ブラック

人と違っていることを自覚しているからこそ見えてくるものがあり、人と違っていないからこそ言えることがある

数千時間におよぶ鍛錬

初めて遭遇する局面の中に慣れ親しんだ要素を見つけ、それに対して適切な行動を起こすことを学んだとき、いざというとき役に立つ直感が育まれる(中略)心理学では、魔法のような直感も魔法とは見なさない。この点に関する最高の名言は、おそらくあの偉大なハーバート・サイモンによるものだろう。サイモンはチェスの名手を調査し、彼らが盤上の駒を素人とはちがう目で見られるようになるのは数千時間におよぶ鍛錬の賜物であることを示した(中略)何年か過ぎてから、私はようやく教授がサイコパスの魔力を警告してくれたのだと理解した。

いざというとき役に立つ直感が育まれる
ジョルジュ・ブラック

ブラックにとって、制作とは予見できないものに至りつくことなのである。そして、事件にならないような作品は意味がなかったろうし、そもそも作品は事件なのだ(中略)実際、ブラックは複数の絵を同時並行的にゆっくりと長い時間をかけてつくりかえては制作していたのだから。そして別な箇所で、「予見できないものこそ、事件を作り出す」というからだ(中略)ブラックはセザンヌの作品について熟考する。彼自身の言葉によれば、「熟考すると、事物の色が変わる」(中略)ブラックは、ドガが 「タブローとは一連の操作の結果である」と主張する意味で操作する人に変じた(中略)「芸術にあっては、価値あるものしか、すなわち説明できないものしか存在しない」───ジョルジュ・ブラック(中略)「建築するとは同質の要素を集めることだ。築き上げるとは異質な要素を結び合わせることだ」───ジョルジュ・ブラック(中略)言い替えれば、前者は観念に従ってできあがるものが想定されるが、後者はさまざまな材料を用いて材料ごとに相互の関係を想定しつくっては考え直し、配置換えして考え直してまたつくり変えてついには予想できなかったものがしかるべき土台の上にできあがる、ということではないだろうか(中略)ブラックをこの道で力づけたのはピカソである。ブラックは、セザンヌがそこに完全には到達しなかったことを悟った(中略)私はタッチを一種のマチエールにしようと思った・・・・・・(中略)ブラックのコンポジションにおける文字の役割は、そのものとして認定できるようにすることよりは、具体的に言えばあるオブジェ、つまり新聞を暗示することよりはむしろオブジェに写実主義的 「スタンプ」を提供することである(中略)「モチーフを読み込む」術を心得ること、それこそピカソがブラックと出会った瞬間から、ブラックから学ぶものなのである。それは、ブラックがセザンヌの作品を忍耐強く探求することによって練り上げた知〔術〕、ピカソに伝えた知〔術〕なのである(中略)ポンジュは書く。「ブラックのアトリエに入ると、そこはほんとうに、信じていただきたいのだが、少しばかり村の整備士の一人の仕事場みたいであった。 (つまり、この類いの整備士に多くの自動車運転手たちは仕事を持ち込み、大体満足してきたのである)仕事場で数台の自動車がすべて奥にあって、当面は動かないでいる。この男は緊急性と時間を適切に使うために車から車へと移る。問題なのは明らかに、名人芸でも快楽でもない。ありあわせの手段、しばしば限られた手段で自動車を再び動かすことである」

メタ認知とは、取るべき行動を教えてくれる能力(中略)メタ認知にとってとりわけ有益な判断材料となるのが、「親近性」(中略)ただし、親近性による判断はヒューリスティック(経験則や直感による判断)にすぎず、労力をかけずにそれなりの答えを見つける急場しのぎの手段でしかない(中略)自分が何を知っているかを手順どおりに検証できない場面で、素早く判断を下すために用いられる(中略)ヒューリスティックは完璧な解決策を保証するものではない(中略)数学の基礎能力を測るテストで高得点を出した参加者にはバイアスが働いた(中略)私は何も、数学的思考力や分析的に考える力があまり高くない人は、バイアスのかかった解釈をしないと言っているのではない。もちろん、そういう人たちもバイアスのかかった解釈をすることはある(中略)ここで私が言いたいのは、いわゆる「賢い」人たちも、不合理なバイアスから自由ではないということだ。むしろ賢さがバイアスを増幅させることもあるのだ(中略)不確かさの感覚がいかに判断を混乱させるか(中略)不確かな状態にあると、意思決定の能力がうまく機能しなくなる(中略)「よりよい思考の仕方は学習する必要がある」などと聞くと訝しむ人がいるかもしれないが、実際それは学習しなければ身につかない(中略)どれに関心を向け、どれを見過ごすかは、自分で選ぶ必要があるのだ(中略)「他者の立場」になって考えてみる(中略)実は心理療法には、自分を取り巻く状況を、自分の視点からではなく客観的にとらえなおす方法を教えるものがあり、それを学ぶと、不健全な思考スタイルが修正されるという。ほかにも、顔の表情から感情を特定する力を高める方法を学ぶ(中略)とりわけ注目すべきは、「認知的な心の理論」だ。これは、「他者は自分とは異なる方法で世界を認知しうる」ということを理解する心の機能だ(中略)「人が抱く感情は人それぞれ違う」という事実を認識し、どの状況でどの感情を抱く可能性が高いかを理解できる能力(中略)「認知的な心の理論」と「感情的な心の理論」を区別して考えることは、精神病質者(サイコパス)を理解するうえで非常に重要だ(中略)俳優や小説家が、他者の視点から考える力がずば抜けて優れていることを思うと、彼らはきっと、その力を高めるスキルを教わり、練習して身につけてきたに違いない(中略)他者の考えや感情を読むのに長けているのは、その文化を通じて日々訓練しているからにほかならない(中略)俳優や小説家も例外ではない。読者や観客の視点で考えることのできる彼らの才能は、他者からの膨大な指導やフィードバックの結果であり、長年にわたる訓練の賜なのだ(中略)小説を読むこと自体に効果はあるが、何年にもわたって膨大な数を読まなければ効果は現れない、というのが本当のところではないかと思う(中略)正解を事前に知っていれば、テストで高成績を収めることに不思議はない。だが、これこそがいちばん大事なことなのだ。事実を集めない限り、事実を正しく把握することはできない(中略)結局、事実を集めることだけが、互いを理解するための確かな方法なのだ(中略)「認知的な心の理論」に関していうと、サイコパスのその能力は、サイコパスでない人と遜色がない。彼らは、他者が考えていることを読み取ったりどう考えるかを予測したりする(中略)しかし、彼らには「感情的な心の理論」は欠けている。彼らが無神経かつ冷淡で、慈悲の心がないのは、他者の感情を気にとめないからだ(中略)研究報告のなかでも指摘されているように、嘘のつき方をある程度知っておくことは、重要な社交スキルのひとつとなる。

サバイバルとは適応、順応

サバイバルスクールでは、生死を賭けた状況でとるべき行動を、四つの単語で教えるインストラクターもいる。それは「立ち止まり、考え、観察し、そして計画する」だが、このスキルがあれば、そうした極限状態を回避することができるだろう。計画を立てると同時に、それに代わるバックアッププラン、代案を用意することが特に重要である。無謀な行動に出る前に、あらゆる事態に備えて代案を用意しなければならない(中略)サバイバルとは適応、順応である。適応、順応とは変化である(中略)不慮の災難に巻き込まれないですむ人は、周囲の状況をはっきり見つめ、その変化を捉え、それに順応して行動を変える人である。サバイバルスクールのインストラクターのマーク・モレーが話してくれたが、「都会の人たちは、ものごとは変化しないと思い込んでいる。しかし変化しないものなんてない。それに気づかないと、殺される。遅かれ早かれね」

あらゆる事態に備えて代案を用意しなければならない

優れた洞察は、何百ピースものジグソーパズルが少しずつはまっていくように、その全貌が明らかになるまでに時間がかかる。

優れた洞察は、何百ピースものジグソーパズル

個人の影響力というものは、瞬間的には相対的に小さなものかもしれない。けれども、すさまじい衝撃を与えられるのは、そうした小さなステップを積み重ねたその結果なのだ。

心理学者の言葉を借りれば、「自分以外の人間も考えを持ち、他者がその考えに基づいて行動する」という現象を理解できる能力を、「心の理論」を持つと言う。そしてその能力を用いて他者の心の状態を読み取り、相手の行動を理解したり、予測したりする姿勢を「メンタライジング」と呼ぶ(中略)メンタライジング系は努力しなければうまく働かない


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