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となりのトトロ2ーーメイとサツキと僕らの民主主義(仮)

 物語の舞台は前作(昭和33年/1958年)から13年後の昭和46年/1971年。母(靖子)が復調したために草壁一家はしばらくしてトトロの森のある村(松郷)を離れ、東京に戻っていた。

 当時12歳だった草壁家の長女サツキ(声・日高のり子)は25歳になっていた。成績優秀な優等生のサツキは都内の名門私立大学に進学、折しもそのころは世界中の学生たちが既存の体制に挑戦するために団結していた時代だった。

 最初は学生運動とは距離をおいていたサツキだったが、大学教授である父(タツオ)の煮えきれない態度ーー学生たちに共感を示しながらも、決して自分は象牙の塔という安全圏から踏み出して、ともに活動しようとしないーーに疑問をもちはじめ、徐々に活動家の道を歩み始める。

 もともと生真面目な性格だったサツキはどんどん運動にのめり込み大学を中退、家に戻らなくなり、両親とも断交状態に陥る。
 その後学生運動は下火になっていくが、一部の党派はその活動をエスカレートさせ、過激なテロ活動を頻発させていった。
 こうした過激派のうち赤軍派の軍事組織である中央軍と革命左派の軍事組織である人民革命軍は、1971年に統合、「連合赤軍」を名乗るようになる。そしてその中には、サツキの姿もあった。
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 当時4歳だった次女のメイは17歳の高校生になっていた。サツキのような優等生ではない自分に多少のコンプレックスを抱えながらも、メイは持ち前の明るさで誰からも好かれるおおらかな少女に成長していた。
 受験を控えた彼女の悩みのタネは、家族だった。勤務先の大学で学生たちの批判の対象になってからめっきり口数の少なくなった父、そしてもともと病弱だった上にサツキの出奔に消沈し、さらに伏せがちになった母。
 メイはいつかサツキがこの家に戻ってきて、明るい家が回復する日を夢見ていた。
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 そして梅雨のある日、メイは学校帰りに街角で偶然、懐かしい顔と再会する。傘をわすれてびしょ濡れのメイに、無言で傘を差し出した青年ーーそれは25歳になったカンタだった。いまは実家の農家を継いでいて、農協の研修で東京に数日滞在しているというカンタとメイは駅前の喫茶店で昔話に花を咲かせる。
 草壁一家が過ごしたあの家が、今にも倒れそうな廃屋になってるけれど裏の森ともどもまだ残っていること。草壁家が引っ越してから数年後、おばあちゃんが亡くなったこと。カンタは昨年、サツキとも仲が良かったあの幼馴染のみっちゃんと結婚したこと。
 そして話題がサツキのことに及んだ瞬間に、メイが目を伏せる。
「カンちゃん、お姉ちゃんのこと好きだったんだよね……」
 メイはサツキが大学をやめて活動家になって出奔し、いまは行方不明であることを告げる。
 「大丈夫だよ、サツキがメイちゃんのことを忘れるわけないって」ーーカンタはメイを励まし、今度おばあちゃんに線香をあげに来るといいと告げて去る。
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 それから数週間後、夏のある日カンタは松郷のバス停前に通りかかったときに偶然、バスに乗り込もうとしているサツキらしき女性を見かける。数人でこそこそと行動する怪しいよそ者の中に見かけた横顔は、まぎれもなくサツキだった。「サツキーー」カンタは声を掛けるが、その声に彼女が気づいた寸前に彼女たちを載せたバスが出てしまう。
 当時連合赤軍は山岳ベースの候補地として一つに松郷の近くの山中を想定しており、土地勘のあるサツキは調査に赴いていたのだ。
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 カンタはメイに連絡し、数日後にメイが13年ぶりに松郷を訪れる。メイはカンタに当日の詳しい状況を聞くが、一瞬のことだったのでほとんど手がかりにはならない。
 せっかく来たのだから、とメイはおばあちゃんの墓前に手を合わせる。そして、帰り際にカンタはメイにとてたてのトウモロコシを渡す。
「これ、ばあちゃんの遺した畑で採れたトウモロコシなんだ。メイちゃん、好きだったろ?」
 メイはふと思いたち、帰る前にかつて住んでいた家に行ってみることにする
 カンタの言ったとおり、かつて草壁家の住んでいた家とその裏の森ーーあの夏、トトロとあった森ーーはそのまま残っていた。
 13年前ですらお化け屋敷と言われていた草壁家が過ごしたあの家は、本当に倒壊寸前の廃屋になっていた。
 カンタの話では、草壁家が去った後は住む人もなかったという。それでもおばあちゃんは死の直前まで、この家に手を入れていたのだ。
 メイは13年ぶりに、自分たちが過ごした家に踏み込む。サツキとゆすって遊んだ玄関の柱、いまやほとんど東京では見かけなくなった古いタイプの風呂、そして姉妹で蚊帳をつった寝室、昼間に父が仕事をしていた書斎ーーメイが書斎から、かつて自分がどんぐりを植えていた裏庭に出ようとしたそのときだった。
 「ひさしぶりね、メイ。まさか、こんなところで会うなんてーー」そこに立っていたのは、数年ぶりに会うサツキの姿だった。

 すっかり日焼けして表情の険しくなった姉の姿に、メイは驚きを隠せない。しかしそれはまぎれもなく25歳になったサツキだった。
 メイは訴える。家に帰ってきてほしいと。サツキの出奔をきっかけに母が再び寝込みがちになり、父もほとんど口を開かなくなってしまったと。しかしサツキは首を横に振る。自分は共産主義革命に命をかけることにしたので、それはできないと。
 「メイは、変わらないね。あの頃と、この家に住んでいた頃と本当に同じ」ーーサツキは苦笑する。「メイはまだあの頃みたいに夢の中を生きているんだと思う。でも私は違う。私は現実を生きている。ごめんね、メイ、私にはもう、トトロは見えないんだ」
 メイは泣きながら姉に反論する。「たとえ私たちにトロロがもう見えなくなっても、トトロはずっと私たちを見守ってくれているよ」
 「ごめんね、メイ。仲間たちが待っているから」サツキはメイを振り払い、走り去っていく。近くに停まっていた仲間の自動車に素早く乗り込み、「速く出して」と短く告げる。「お姉ちゃんーーー!」メイの絶叫を、エンジン音がかき消していく。

 それから数日後ーーメイが学校から帰ると、草壁家に見慣れない訪問客たちがいる。彼らは連合赤軍を追跡する刑事だった。彼らは告げる。サツキが先日発生した猟銃店や金融機関の襲撃事件ほか、複数のテロ行為に関与している可能性が高いこと。連合赤軍はいま山中に基地を作って共同のキャンプ生活を送っており、そこでは「総括」と彼らが呼ぶ反主流派の活動家に対する集団リンチが日常的に行われ、すでに複数の死者が出ていることをーー

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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