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レモネード【小説】第4話

秋、と言っても沖縄ではまだ夏みたいなものだ。るねはアシュレイの運転で学校から帰るとポストを見た。そこには、一通の自分宛ての手紙。
「きた! 結果!」
「空けないのか?」
「朝日楼で!」
 はじめて一次選考を通過した。<石油基地とガラスの目>は二次も突破し、最終選考まで残っていた。はじめての経験にるねの胸は弾んでいた。朝日楼につく。すると、アシュレイのことを放置して、呼び鈴をならし、るねは先生のもとにむかった。
「こんにちは。るねちゃん」
「こんにちは!」
 前庭では、雅子がカンバスに筆を走らせている。森からやってくバイクにまたがる少年と、少女の絵だったが、るねは気づかなかった。
「先生! きたよ! 通知!」
「おー、そうかそうか」
 ハサミハサミ。あわててるねはつくえのペン立てからハサミをとり出した。アシュレイがダイニングに姿を見せた。封筒をつくえにトントンと叩き、書類を下によせてから、その上をハサミで細く切った。
「どうだ?」
 アシュレイがうしろからのぞきこむ。
「『残念ですが――』」
 その言葉に、先生は鼻で息を吐いた。つづけてるねは読む。
「『……なのでよろしければ、若い風を吹かせてくれた貴殿に展覧会に来場していただきたく存じます。』」
 るねとアシュレイは顔を見合わせた。
「やるじゃん」
「やった! 招待されちゃった!」
 るねは落選したことより、パーティに招かれたことのほうが嬉しそうだった。
「パーティに着ていく服、あんの?」
「……制服でいいかな?」
「今度買いにいくか」
「え」
「勘違いすんなよな」
 先生が声をあげて笑った。若々しかった。
    ○
「アシュレイ! なにそのカッコ?」
「笑っとけ。制服のほうが恥ずかしいぜ」
 アシュレイはピンストライプのスーツをビッと着こなしている。るねはセーラー服だ。母親が教師に相談したので、おしゃれはお預けとなってしまった。よく晴れた日で、カブは利口に走った。
「すごい! ホテルなんて初めてきた」
「泊まってく?」
「よくそんなこと言えるわね」
中城村EMホテルで写真展の展示をしていた。入口に名前を書く場所があり、並んでいると、首からタグをぶら下げた女性が声をかけてきた。
「受賞者の方ですか?」
「あ、いえ、あの」
「招待客です」
 るねが戸惑うと、アシュレイが割って入る。キマっているのはスーツだけではなかった。
「でしたら、隣ですね」
 よく見ると、受賞者と来客者では名前を書くカウンターが違っていた。
「あ、すいませーん」
「ども」
 名前を書いて、パネルに印刷された写真を眺める。どれもさすが受賞者、と言わんばかりの迫力や感情を持って迫ってくる。
「すみません」
 ふたりは声をかけられ振り返った。そこにはシブいヒゲを生やした男性と、派手だがかっこいい細身の女性が立っていた。
「伊志嶺るねさん?」
「あ、はい」
「ぼくはこういうものです」
 渡された名刺には『井上修三』と書いてあった。るねにはすぐわかった。
「あ! 審査員長さん?」
「そうです。今回は残念でしたね。ぼくは推したんですが。そちらのモデルさんに、こちらの女性がどうしても会いたいと言うので」
「はじめまして石田来です。芸能事務所をやってます。ふたりで話せるかしら?」
「……はあ」女性にエスコートされ、アシュレイはその
場を離れた。るねは修三とふたりになる。
「先生について、学んでるんだって?」
「はい。どうして先生のことを?」
 修三は目を丸くして、豪快に笑った。笑顔が素敵なおじさんだな、るねは思った。
「相変わらずだなあのひとは、自分が何者か名のってないんだろう?」
「はい」
「じゃあ、知らなくてもいいかもね」
 るねは修三の優しい目の奥に、深い慈愛を見た気がした。
「将来写真で食っていきたいの?」
「はい!」
「いいねー。作品がたまったら事務所に持ってきてよ。君の作品は、みんないい笑顔なんだ。人柄だね。人徳だよ。今度は、あのモデルの子はなしで、ね」
 わからず首をかしげると、修三は申し訳なさそうに言った。
「今回予選を通ったのは、あの子のたたずまいもあると言うひとがいてね。まあ、それがあっての作品なんだけど、君の腕を疑うひとが一定数いるんだよ」
 そこで修三は一旦言葉を区切った。
「――つまり、アシュレイは絵になるから使うなと?」
「――そういうことになる、な」
 るねはなにか黒いものが、自分というグラスいっぱいに注がれていくように、満ちていくのを感じた。
「もしくは、一生彼を撮りつづけるか、かな」
 それを聞いて、るねは顔から火が出るようだった。それを見て大人の笑みで修三は笑った。けれど、ただからかっているわけでもないようだった。
 ひとごみからアシュレイがやってくる。確かに絵になるもんな。るねは思った。どこからでもひと目でわかる。アシュレイはウェイトレスからシャンパンをふたつとって、るねに近づいてきた。本当はカブに乗るときから気づいていた。アシュレイのレモングラスの香りが余計に鼻につく。
「はい」
「……お酒でしょ?」
「いいじゃん。それを注意する大人がここに
いるとでも?」
「あのセクシーなお姉さんはなんて?」
「モデルやらないかって」
 るねはシャンパンに口をつけた。独特の辛さと甘さは人生の味だった。

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