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青い炎【小説】第十一話

 夜。参護はポンピングでつけた火に木をくべ、たき火をはじめた。工事の関係者は何度か文句を言いに来たが、参護の話す、嘘か本当かわからない話にたじろぎ、半ばあきらめつつ遠巻きに監視していた。
「いやー、島バナナがあってよかった。森さんのおにぎりだけだったらもうギブアップだったぜ」
 今日一日で、かつきは参護に抱いていた「ヒーロー感」が薄れがっくりきたのと同時に、彼も同じ人間であり、親しめる部分があることに安堵している自分もいた。
「金星がきれいだなー」
「参護にーにー、金星とかわかるの?」
「いや、言ってみたかっただけ」
 あー。大きなあくびをして、参護は背を伸ばした。そして、缶ビールを飲み干すと、立ち上がった。
「それじゃあ諸君。おれは朝弱いのに早起きして疲れた。おまけに船酔いで、しかも酒をのんだ。体調が最悪だ。では、明日に備えて先に寝るから交代制で灯り、絶やさないようにだけ気をつけて」
 そう言い残して、真っ先に参護はテントへ潜りこんだ。三人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「じゃ、おれも」
しばらく談笑すると、そう言って広夢もテントに入っていった。下弦の月が下りてきそうな夜。かつきとあや子はふたりきりだ。すこし、かつきは緊張した。
「広夢って、ほんとにかつきのことが好きなんだね」
「――うん」
「ねえ。となり、座っていい?」
「え、ああ。別に、いいけど」
 よかった。あや子はそうつぶやいてかつきのとなりに座った。まるですべて見透かされているような気がして、かつきの鼓動は一段と高まる。
「でも、不思議だよね」
「な、なにが?」
「ちょっと前まで東京にいたなんて思えない」
 それは、かつきもなんとなく思っていた。あや子が――、彼女が、東京で暮らしていたなんて想像ができない。まるで昔から見知っていたようだと感じていた。あや子の話を聞いて思っていたのは、電車にのるあや子、飛行機にのるあや子、それらはまるで一枚の完成された風景画を見ているかのように、動きがなく、手触りがなかった。
そして、想像できるあや子はなぜかいつもひとりぼっちだった。
「聞かないね」
「え?」
「――なんでいっこ上なのに本島の高校に進学してないのか」
「あ、ああ。……なんか、事情でしょ?」
「うん。学校でいけないことしてるのを、うっかり先生に見つかっちゃったの」
 かつきの顔が真っ赤になる。あや子のいるほうがもう向けない。
「そ、そうなんだ」
「うん、でもそれだけで、高校受験諦めるわけないじゃん。せいぜい生徒指導にかかって終わりだよ。でもねー、あや子の場合は違ったの」
 決定的な言葉を言われる気がして、かつきは慌てた。しかし、そんなこころの機微さえ、あや子は許さない。
「女の子同士だったから」
――え?
 思いがけない言葉が飛んできて、かつきはあや子をそっと見た。あや子は体育座りに、半分顔をうずめたまま、目の中に暗い火を灯している。
「それって!」
「それって! って思うでしょ。でもそう思わないひとのほうが多数。普通じゃないって。普通ってなに? って感じ。もう担任やら生徒指導の先生やら、教頭も出てきて大問題。さらにその相手の親がPTAで問題にするやらなんやらでてきて親にチクられて、ハリのムシロ。あーあー、うまくやってたのになー。わたしの人生」
 よっ。あや子は枯れ木をたき火にくべた。
「それって、ないよ」
「そう、だからあなたがうらやましい」
 ようやくかつきはあや子を見た。あや子は壊れたように天使の微笑みを浮かべている。きっと――。きっと、すごく傷ついたんだ。かつきは胸の奥が苦しくなる。
「血を握って生まれた鬼の子。まるでチンギス・ハンじゃない。あなたは生まれながらにして、この島のヒーローで、ヒロインなのね。わたしとは違う」
 風が、強くなってきた。
「嘘かほんとかわからないけど、あや子の「あや」は「殺める」のあやだよって親戚が言ってた。うちのお母さん。もう長らく会ってないけど、霊感商法にハマっちゃってて、その霊媒師さんに言われてこの名前にしたんだって」
 ふたりは視線を外してうつむいた。しばらく時間だけが流れた。かつきは誰にも言っていない秘密を洩らした。
「おれ、女だから、見た目は。旧家の生まれだし、親戚の目もあって、おばあちゃんは縁談を進めてるんだ。実は」
「そうなの?」
「うん。男を引きつけないし、なびかないおれに、唯一親しくしてくれる、広夢と結婚しろって。でも! そんなの絶対無理だ! 広夢はいいやつだし! 友だち以上に大切だけど!」
 あや子はかつきの肩を抱いてやった。日焼けして、だいぶ熱をもっていた。
「つらいね」
「……いつも思うの。おれが男だったらって」
そこには、広夢といつまでも友だちでいたい。という含みもあった。
「大丈夫。なにがあってもあなたたちは、ずっと友だちでいれるわ」
「そうじゃなくて!」
するとゴンドウが、遠くではねた。まるでラッセンの絵のようだ。かつきは思った。
「今の、まるでラッセンの絵だね」
 パッと振り向いた、かつきの桜色した唇にあや子は飛びこんできた。それはかつきにとって、はじめての口づけだった。
「あや子は殺めるのあやだって、さっき言ったよね? これで、あなたのこころの中の忌々しい鬼はわたしが殺した」
 呆然とするかつきにあや子はつづける。
「実はね、あなたたちがゴリ松って呼んでる中松先生、そういう人権意識が高いことで沖縄では有名らしいの。だから転校が決まってから、先生のサポートを受けて、来年、東京のフリースクールに行こうと思ってるの。もちろん、恋人に会うためにね」
「うん」
「で、基地建設が早く決まれば、さっさと帰ろう、なんて思ってたの。でもさっきの集会を見て、こりゃ長引くな、と思ったわけ。だからこれは実の娘が反対派にいるってなったら、お父さんが困ってくれるかなって。「やっぱり沖縄の民意はひっくりかえせない。これはさっさと東京に帰るが勝ちだ」そう思ってほしくて、かつきには悪いけど、あなたの立場を利用させてもらったの。でもね――」
 その間は、かつきには五秒にも一分にも思えた。
「ここもいいなあって思っちゃってるんだよねー」
「それって」
「さっきから「それって」ばっかり! かつきったら」
 恥ずかしくなってかつきは頭をかいた。視線に気がつく。あや子は、真剣な目をしていた。引き寄せられるように、かつきは次には自分から口づけていた。
「鬼の系譜は、わたしたちで終わらせよう」
 かつきのこころを悟ったように、あや子はそんなことを言ってみせた。その日は泣き出しそうな夜空だった。

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