青い炎【小説】第二話
ふたりが職員室につくと、そこには、やはり見慣れない後ろ姿がいる。髪は腰まである黒髪で、線は細い。
「先生!」
おー、こっちだこっち。ゴリ松に呼ばれてふたりはようやく謎の転校生の顔を見る。すると、かつきの目はさらわれてしまった。凛とした――という言葉がぴったりだが、どこかお嬢様な雰囲気をもった女の子だった。
「かっわいー!」
広夢が声を上げると、担任は持ってた出席簿で広夢の頭を叩いた。そのとき、かつきと転校生の目があった。ひと刹那、ふたりは目を開いた。しかしすぐにかつきのほうがそらした。転校生は、一度惹きつけられたら離れられないような、そんな目をしていた。
「笠井あや子さんだ。歳はひとつ上だが、お前らと同じクラスでの勉強になる。だから、仲良くするように。この島のこととか、教えてあげなさい。あと、お前ら日直だから、クラスのみんなに紹介してやるんだぞ」
「はじめまして、笠井あや子です。どうぞよろしく」
これが、ふたりとあや子の出会いだった。
「あや子さーん! かつき! 一緒に帰ろ!」
放課後、広夢はふたりに声をかけた。帰り道、広夢とかつきは商店で買い食いするのを日課にしていた。
「広夢君? だっけ?」
「広夢でいいよ。あや子さん」
「同じこと思ってた、あや子でいいよ。クラスメートなんだし。かつきも、かつき、のほうがいいよね?」
そう言ってあや子は微笑んだ。授業中も静かだったので、ふたりの中では勝手に都会的な閉塞感のあるイメージがひとり歩きしていたが、そんなことはなかった。
「この島のこと、いろいろ教えてほしいの」
「この広夢先生にまっかせなさーい」
「頼もしい委員長ね」
かつきに耳打ちする。清潔な、毒々しくないシャンプーのにおいに、かつきは目がくらむようだった。
それから三人は肩を並べて歩いた。
「あや子はなんで転校してきたの?」
「大人の都合ってやつかな」
「お父さんの仕事の関係?」
「うん。そんなとこ」
「内地からきてるの? 笠井なんて聞かないけど」
「そう。東京から」
「兄弟は?」
「いない。ふたりは?」
「おれは双子の妹がいるよ。まだ小学生だけど。かつきんちはひとりっ子」
「親の仕事は?」
「とーちゃんは船乗りでかーちゃんは港の市場でレジ打ち。かつきんとこはすごいよ、父ちゃんが県議会議員」
「へー、そうなんだ。お母さんは?」
広夢はしまった、というような表情を浮かべた。しかし、かつきは平気でさらっと応えた。
「おれを生んだときに死んだんだ」
広夢はバツが悪そうな顔をしている。
「そう……」
「あ、リュウキュウツバメ」
三人の前を橙色の顔をしたツバメが優雅に飛んでいく。なんとなく三人は黙りこんだ。ヤエヤマクマゼミが鳴いている。
「あ、そうだ、せっかくだし、<シケモク>行くか」
「<シケモク>?」
「おれの叔父さんがやってる喫茶店。あや子のことも紹介したいし。いいだろ? かつき」
「おれはかまわないけど」
ふふ、とあや子が笑う。広夢が問う。
「どうした?」
「いや、かつきって変わってるなーと思って」
広夢が慌てる。あや子もそれに気づいた。
「いいよ、広夢。おれは変わってる。女なのにおれ、なんて普通変だ。でもおれのこころは男なんだ。しょうがない」
かつきは、トランスジェンダー、いわゆる性同一性障害なのだ。身体的には女性だが、こころは男性だ。それを聞いて、あや子はハッとする。
「――ごめんなさい! あの!」
「いいよ。こーいうのには慣れてる」
気まずい沈黙の中、シケモクが見えてくる。
「今度にしよっか?」
精一杯気を使って広夢が言う。精いっぱい気を使って、あや子がかつきの返事を待つ。
「いいよ。行こうよ」
精一杯強がって、かつきが重い扉を開いた。薄暗い照明に木目の店内。フォークソングでも流れてきそうなその店は、いわゆるジャズ喫茶である。
「おじさん! 約束通りきたよー」
メガネをかけた小太りの、お世辞にもおしゃれとはいえない中年男性がテレビから視線を外して、三人を見る。への字にゆがんだ口から、低くくぐもったいらっしゃい、がアート・テイタムのピアノにかき消される。
「ふたりはミルクたっぷりのコーヒーだね? そちらのお嬢さんは?」
あや子はふたりを交互に見る。
「じゃあ、おなじで」
三人は窓際のまだ明るいテーブル席に座った。
「もしかして、あや子のお父さんていわゆる自衛隊基地配備の仕事できてんの?」
広夢が何気なく聞いたひと言は、確信をついたようで、あや子がビクッとなる。かつきと広夢が視線をあわせる。
「……ふたりは、反対派、ですか?」
「本島のお偉いさんが決めた話だっていうし、自派の県議会議員だから、かつきは反対なんて言えねーよな」
「反対だよ」
そう言うとかつきは黙った。コーヒーが運ばれてくる。
「おれたちは海と観光を生業にしてるから、正直困るなー。あの埋め立て予定地には、キレーなサンゴのリーフがあるんだぜ」
あや子が苦しそうにしている。
「広夢」
「あ」
「ごめん。あや子。広夢はいいやつだけど喋りすぎちゃうんだ」
「ぷ」
あはは!とあや子が笑う。かつこと広夢は顔を見合わせ、困惑した。だがすぐに、なんとなく広夢は笑いの意味を理解した。
「どうしたの?」
「だって、かつき、男前すぎて!」
広夢も笑う。ふたりに笑われて、かつきはすこしすねたような顔をしたが、まんざらでもなかった。
「誕生日おめでとう」
すると、マスターがかつきの目の前に、イチゴののったわかりやすいバースデーケーキを持ってきた。かつきが広夢を見る。
「かつき、誕生日、おめでとう」
さっきまで笑っていたあや子が口に手を当てて驚く。
「そうだったの?」
「……うん、まあ」
「おめでとー!」
花のような笑顔。広夢もしてやったりの表情を浮かべている。かつきは恥ずかしくて視線をそらした。しかし、嬉しさは隠しきれずに顔に出ていた。本格的な、夏のはじまり。三人は、それぞれ、優しい笑顔を浮かべていた。イチゴはまだ、酸っぱかった。
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