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コザの夜に抱かれて 第15話

 幸枝が逃げてから、三日が経った。みゆきがカギ係りだったので、彼女は早めに出勤した。一階の黒服にあいさつし、二階へ上がった。カギを差しこんで、右に回し、アルミ扉を開いた。すると、岬がソファで、いびきをかいて寝ていた。みゆきは気にせずに、自分のロッカーに荷物を押しこんで、タバコを吸いはじめた。
 その日は、すこしおかしかった。従業員も来ないうちから、その店で働く、ナンバー1から新人のペーペーまで集まってきたからだ。それもみんな旅行カバンなど、重そうな荷物を持っている。それを横目に見ながら、みゆきはタバコを吸っていた。そして、がやがやとした話し声がしてきたころ、ようやく岬の目が覚めた。
「みゆきさん。タバコ、一本もらっていいっすか?」
「どうぞ」
 岬はそれをふかしながら、その部屋に集まったみんなを見ていた。思考を研ぎ澄ますように、ゆっくりと吸いこんだ。そして、みゆきにむかって口を開く。
「みゆきさん。あたしたち、スト起こそうと思ってんすよ」
「スト?」
「ストライキですよ。店長の野郎、幸枝を探してるから金がないとかなんとか言って、うちらに金払わない気なんですよ」
「ストライキしても、首切られるだけだと思いますが」
 ふたりの会話をしり目に、まだ十代のヘルス嬢がポーカーをやりはじめた。
「それはあたしもわかってます。だから、ここに立てこもろうかなと」
「なるほど」
「みゆきさん、今カギ係りじゃないですか、協力してもらえないっすか?」
「水も電気も、寝る場所もありますが、食事はどうするんですか?」
「だからみゆきさんの協力がいるんです」
 みゆきはメガネを外して、カバンから取り出した薄手のハンカチでレンズをふいた。ツーペア! なんて言葉が事務所には響いてる。みんな楽しそうにしているが、顔は不安げだ。腹はきまっている。そんな表情をみゆきは見てとった。
「で、具体的にはどんなストライキを?」
 岬は肩まである髪をかき上げながら、困った顔で笑った。
「それなんですよねー。うちには学のあるやつなんてほとんどいない。とりあえず、今給料もらえないとやっていけないやつを集めただけなんすっよ。そこで! 国立の大学も出ている、秀才のみゆきさんに一役買っていただけないかと……」
 それを聞いて、みゆきは立ち上がり、スニーカーをキュッと鳴らし出口へ向かった。岬は慌てて吸っていたタバコを銀の灰皿にいぶし、あとを追う。
「ちょっ。みゆきさん、どこいくんですか?」
「……とりあえず、二、三日分のごはんを買って、家に資料をとりに」
「協力してくれるんですか?」
「ビジネスとしてはのれませんが、これではわたしも仕事になりませんので」
 それまでの苦労があふれ出すかのように、岬の目には熱いものがこみあげてきた。そして、なにも言わず出ていくみゆきに、岬は深く深くお辞儀をした。見えてなどいないけれど。
 みゆきはタクシーを停めた。自分の住んでいるアパートの名前を言う。すると、初老の運転手はそこがわかったらしく、すぐに車は動き出した。しばらく走ると、その男性が口を開いた。
「しっかし、あれだねー。お嬢ちゃんみたいな娘にわかるかからないけど、ミサイルは怖いねー」
「そうなんですか?」
「あれー? テレビ見てない?」
 みゆきの耳に声が聞こえた。『テレビの言うことは全部嘘だよ』。
「興味がないので」
 それから運転手は島の世間話などをして、みゆきを自宅に送り届けた。部屋にたどり着いたみゆきは、カバンをベッドに置くと、すぐ本棚に向かった。
「えーっと、安部磯雄の本は、あ」
 そのとき、彼女の目にはいった本は、山家悠平の<遊郭のストライキ>という本だった。
「こっちのほうが、わかりやすいですかね」
 彼女は軽く休憩をとろうと、ベッドに腰かけた。カーテンの開いた窓からは、不夜城を表すような赤紫の空が広がっている。パラパラと、ページをめくってみた。そこには彼女の思い出など、ひとつもないのだけれど、小一時間ほど読みふけっていた。
 携帯がけたたましく鳴り響く。みゆきが画面を開くと、そこには、<岬>と出ていた。
「そろそろ、帰らないといけませんかね」
 みゆきは帰りにコンビニに立ち寄り、自分の今の財布の分だけ食べ物を買って職場に戻った。すでに時刻は午後の七時だった。


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