読書感想『そして、海の泡になる』葉真中 顕

バブル絶頂の1990年、個人としては史上最高額・4300億円の負債を抱え自己破産した朝比奈ハル。
彼女の買う株は上がる…証券マンたちに『北浜の魔女』まで言われた稀代の投資家のハルだったが、彼女の伝説はバブルとともに崩れ去った。
挙句の果てに彼女は殺人を犯し無期懲役の実刑を受け、平成の終わる年にそのまま獄中で息を引き取ることとなる――ー
2020年、コロナ真っただ中に、ハルの人生を小説に書きたいと思った『私』は、彼女の関係者たちに話を聞きに行く。
日本全体が浮かれていた時代になりあがり、崩れ去ったハル…彼女は一体何を思い、何を手に入れようとしていたのか…
関係者の証言が、彼女の真実を暴き出す――ー


当たり前のことが当たり前でなくなってしまった…そんな世の中の状況がバブルが崩壊した1990年代とコロナ真っただ中だった2020年に類似点が多いという観点から、過去の話と現在の話を重ね合わせるように語られる一人の女性の人生と事件の話である。
モデルになっているであろう『浪速の女相場師』の話をテレビ番組で見たことはあるものの、あまりに自分とは縁のない話だったのでかなり興味深く読ませていただいた。
物語の大半は、ハルがどう育ち、そんな経験を積み、稀代の投資家になったのかをハル本人と交流のあった人々が語る言葉で紐解いていく内容である。
戦時中に兄弟を亡くし、貧しく育ち、そして常に『自由』ではなかった彼女は、自由さ=お金を持っていること、だと結論付ける。
そして自分が自由であるために、お金を求め、それを手に入れることに全力を注ぐのだ。
こう聞くと、なんだかケチな銭ゲバのように聞こえてしまうが、紐解かれていく彼女はそういう感じでは決してない。
自分がした嫌な思いや辛い思いをほかのだれかにも味わってほしくない彼女は、大量のお金を集めるとともに身近な人に気前よくばら撒くという気前の良さを見せる。
戦後の日本で女性のありようが変わリ行く中で、誰にも支配されない自由さを求め、お金を持つ男たちを巧みに利用してのし上がっていく様は小気味よくすらある。
彼女を語る人々の口調も彼女を蔑むものではなく、むしろそこに敬意や親しみを感じさせるのも興味深く面白かった。
だがそんな彼女は、殺人犯として獄中でなくなっているのである…
貪欲にお金を集め、気前よく周りにばら撒いていたハルの実像は語られれば語られるほどその罪とは乖離していく。
そして、関係者に話を聞いて回っていた「私」はある答えにたどり着くのである。
途中までは事実を基にしたルポのような様相ですすみ、最終的にはミステリー小説になりエンタメとして着地してとっても面白かった…
同時に、事実や現実とも重なるいろんな考察や意見に思わずうなってしまう部分も多々あり、読み応えばっちりである。
最終的に口を開けた真実はエンタメとしてよくできていて、最後まで面白かった~。
…実は発売直後に単行本買ったのに3年近く積読してたのよ…文庫になってるの見てそういや読んでねえなって思いだして…もったいないことしてた、もっと早く読めばよかった…。
いや、思い出して読んでよかったよ…面白かった…。

・村山 由佳『二人キリ』

・塩田武士『罪の声』

・窪 美澄『さよなら、ニルヴァーナ 』

実際にあった事件を題材に描かれたエンタメって、もうこれが真実でいいんじゃないのか!って思わせてきて好きなんだよなぁ…。


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