読書感想『一番の恋人』君嶋 彼方

好きだけど、愛したことは一度もない…
僕のプロポーズに彼女はそう言った。

何事でも一番になれるように、そんな父親の想いをこめて名付けられた道沢一番。
男らしく生きろと説く父親に失望されないように、ずっと努力をしてきた一番はそれで人生がうまくいってきた。
普通の結婚をして、普通に子供を育てて…何の疑問もなくそう思ってきた一番は、交際が2年目になり30歳になった恋人・千凪にプロポーズをする。
喜んでくれると思った一番に対して、千凪は予想外の返事を返した。
「私には恋愛感情が分からない。番ちゃんのことは好きだけれど、愛してはいない」
今まで恋愛感情も性的欲求も抱いたことがないという千凪は、自分が普通とは違うことにずっと悩んでいた――
自分の愛してる人が、実はずっと自分のことを愛していなかった一番と、自分を愛してくれる一番を好きになりたいと思いながらもずっと愛せなかった千凪。
当たり前が当たり前ではなかった二人の選ぶこれからとは?


他人に恋愛感情も性的欲求も抱くことがない性質をアロマンティック・アセクシャルというそうで…
その単語は初めて聞いたのですが、個人的に千凪ほどではないけども凄く親近感のある性質だったのでちょっと目から鱗落ちた。
あ、え?そうなの、そういう感じって名前がつくくらい普通に存在しているんだって驚きと、同じくらい一番の抱く千凪への想いとが理解できた感じで興味深く読ませていただいた。
いや、ちょっと違うというか、ここまでくっきり恋愛感情がないって言い切れる感じじゃないけど、でもわかっちゃう、周りの恋愛への熱量に触れた時に自分との温度のあまりの違いに驚いたことが一度じゃ二度じゃないんですよ。
何だろうな…推しへの愛や憧れはめちゃくちゃあるけど、自分の近しい人にそういう感情を抱くことがほぼない(ちょっと違うことは重々承知してます)感覚に近い気がする。
と、そんな自分の話は置いといて…
今作では、所謂普通…それどころか、だいぶ古い感覚の父親の教育により男らしさや一般多数的なものを「普通」だと思い疑いもしなかった一番と、そういう平均的多数への憧れや自分がそこからこぼれている事への焦燥感を抱える千凪が、これからをどうするべきかを悩む一冊となっている。
一番は、千凪を愛しており、彼女を傷つけたくない。
千凪は、一番のことを男性として愛していないが、人間としては好ましく一番の愛情にこたえたいとは思っているのだ。
同時に、「普通ではない」ということに傷ついているのである。
千凪は自分が一般的多数から外れてることが怖く、このまま一人で生きていくことには抵抗を感じながらも、一番との性的な接触には嫌悪感しかなく、一番が向けてくる愛情に同じだけのものを返せないことを後ろめたく思っているのだ。
そして一番は、千凪が自分に触れられることが苦痛だと知った瞬間から、彼女を傷つけたくないから触れないと決断できる非常にいいやつなのである。
なんていうか、とっても、ままならない二人の話だ。
二人の間には間違いなく「愛」があるように見えるのだが、それは一般的「恋愛」感情とは違い、その違いが二人を苦しめるのである。
普通、一般的、当たり前とされるものから外れてしまった時の苦悩をとても丁寧に描いた一冊でした。
ちょっと昔の感覚の普通にとらわれた父親がめちゃくちゃグロテスクだったので、よくこの親でそんなにいい子に育ったな一番!?と思いながら、彼らの出す結論を見守りたい一冊でした。

こんな本もオススメ


・朝井リョウ『正欲』

・凪良 ゆう『流浪の月』

・一木 けい『彼女がそれも愛と呼ぶなら』

一般多数から外れた時、普通じゃないって一言で切り捨てられたらとても怖いと思うよね。
多様性の時代だとは言っても、やっぱり少数派は生きづらいのも事実ですね…。

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