読書感想『カフネ』阿部 暁子

『美味しい』は、生きることにつながっている――

法務局に務める野宮薫子は、12歳年下の弟・春彦が急死したことで悲嘆に暮れていた。
まだ29歳という若さで亡くなった弟が遺言書を残していたことに疑問を感じながらも、彼が残した意志を叶えてあげたいと彼の恋人だった小野寺せつなと会う約束をする。
ところが待ち合わせに遅れてやってきたせつなは、春彦の遺言にある遺産の受け取りを拒否するという。
せつなのことをいけ好かない小娘だと思いながらも、何とか春彦の意思を通そうとした薫子だったがその場で倒れこんでしまい…
ボロボロの傷ついた人たちが『美味しい』と思えることで少しずつ進んでいく再生の物語。

出会いの印象は最悪のせつなだが、物語の冒頭の薫子はボロボロなのである。
誰にでも愛されるしっかり者で明るい弟だった春彦の当然の死は、薫子から生きていく気力を奪ってしまった。
弟の恋人だったせつなは冷淡で可愛げがなく、だが、一流の料理人なのである。
倒れた薫子の状況をいち早く理解したせつなが薫子に料理をふるまうことで物語は幕を開ける。
何も食べる気が起きないはずなのに、せつなの作るものは『美味しい』のである…。
あらすじに惹かれて手を出した自分を褒めたい…めっっっっっっちゃ、良かった…
傷つき、気力を失くし、自分ではどうにもならなくなったときに、そっと差し出されるほっとする瞬間の大切さが心に迫る一冊である。
努力して自分だけでなんとかしようと頑張った結果、それでもどうにもならなかったときに、誰かが手を貸してくれることの心強さを教えてくれる。
それも必要以上に大それたことなどではなく、ただ美味しいごはんであったり、居心地のいい空間であったり、それこそたった一時間の心休まる時間だったり…自分の生活の根幹の部分をそっと支えてくれることが、明日へ進む一歩へつながることを教えてくれる、そんな一冊だ。
最初は全くかみ合わない薫子とせつな、二人はお互いに憎まれ口をたたきながら、同時に相手の現状を見極めるために目を凝らしている。
そしてどうすれば相手が、少しでも前を向けるかを考え、文句を言いながらも一緒に美味しいものを食べるのである。
おいしい、と感じることがどれだけ救いになり、その一瞬の安らぎが人を少し落ち着かせること、その大切さが丁寧に繰り返されるのだ。
春彦の死が最後の一押しでその前からすでにボロボロだった薫子の話、愛想はないうえに皮肉な正論でぶった切ってくるせつなの抱えている物事、そして、大事なことは何も言わずにこの世を去った春彦の本音が徐々に明かされながら物語は進んでいく。
いつの場面にもおいしいごはんが用意され、それを食べながら、いろんな人たちが絡んでみんな少し元気になっていく…
毎日を生きていくのに必要なのは、こんな単純なことなんだなと感じさせてくれる一冊です。
滅茶苦茶良かった‥!!!
物語の進み方もテンポが良く、するすると読み進めてしまうのに心にはしっかり言葉が残る良作でした。
後半にかけてどんどん元気になる薫子が実は相当ぶっ飛んだお姉さんであることも面白く、魅力的だし(笑)
これからも二人で喧嘩しながらご飯を食べて欲しい…!!
すごくいい本に出会いました、満足…。
そして僕は卵味噌が気になる…おいしそう…


こんな本もオススメ!


・古矢永 塔子『今夜、ぬか漬けスナックで 』

・町田 そのこ『宙ごはん』

・彩瀬まる『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』

おいしいごはんを食べるって、生きていくことの基本なんだよな…と食生活を見直したくなる本たち
あと宮本輝さんの本もいつでもご飯がおいしそうですよね…読んでたらお腹すいちゃう。

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