読書感想『沙を噛め、肺魚』鯨井 あめ

生きるだけで精いっぱいの世界。
それでも、歌を歌いたい――

世界が沙嵐に襲われて、すべてが沙に埋まりゆく世界。
どこにでも入り込む沙のせいで、世界は大きく展開できなくなってしまった。
通信は途切れ、交通は乱れ、それでも人々はそれぞれのコミュニティに集まり営みを続けている。
護られた街の中で、安定した仕事で稼いで、どこに遠出することもなく、安全で快適に暮らすことが至上となってしまい、芸術は機械任せで享受するものであり、人が時間を割いて生み出すものではなくなってしまった。
それでも、音楽が好きな少女・ロピは、音楽を生業にして生きていきたい。
周りに何を言われても、彼女は歌うことをやめられない…歌うことを、諦められない。
滅びゆく世界で、生きることとは直接は関係のない芸術に向き合う物語。


前半は、歌を歌うロピ、後半はやりたいことがはっきりしている人をうらやむ少年・ルウシュを主人公とした2本の中編で作られた一冊である。
どこからともなく巻き起こった沙に世界はどんどん埋まっていっており、人々は日々沙に対処しながらなんとか生存している。
沙のもたらす被害は拡大しており、生きていくだけで大変な世界のため、芸術を作り出すような余裕はなくしてしまっているのである。
ただし、過去のコンテンツを学習して新たなものを生み出せる機械の存在があり、人々は機械で気軽に娯楽のコンテンツを消費できるのだ。
生きるだけで大変な世界、簡単に生み出される芸術…そんな中でも、それでも自ら音楽を紡ぎださずにはいられない少女・ロピの話から幕を開ける。
設定は近未来、滅びゆく世界…なのだが、ロピの抱える葛藤やうまくそれを表現できないもどかしさなどは創作活動をしたことのある人なら誰でも共感してしまうのではないだろうか。
直接的には生きることにとは関係なく、機械が一瞬で享受してくれる芸術が普通になった中で、それでも、自分の中から生まれてくる音楽を吐き出さずにいられないロピ。
これ、現代社会に溢れだした生成AIをありがたがりながらも、やっぱり自分で何かを作ることをやめられない人たちと同じ構図だなぁとしみじみ思ったり。
条件を打ち込んだり、過去のものを学習させたりすれば簡単に新しいものが作り出されてしまうのに、世の中には絵を描く人がいて、小説を書く人がいて、歌を歌う人がいる。
ぶっちゃけ現代でも、そんな創作活動を生業に生きていくって言いだした少年少女を周りの大人は簡単には推奨しきれないので、ロピの抱える葛藤に共感する人は多いだろう。
いや、まぁ自分も絵を描くのが好きで、結構な時間を割いてはいるものの、本当に自己満足でしかないことを痛感しているから余計にそう思ったのかもしれませんが。
生きることに直接的には関係がなくても、それでも、だったら必要ないですねと切り捨てられないものを持つロピの葛藤を見守りたくなる前半である。
そして後編は、自分には好きなものが特にないことに劣等感を抱く少年・ルウシュの話である。
真面目で目標を決めたらそれをきちんとこなすルウシュは、必要なことを全部なげうってでも好きなことに邁進できる友人たちが羨ましいのだ。
自分にはそこまで夢中になれるものがない、その劣等感を抱えながら好きなことに打ち込む友人に手を貸すのである。
個人的には前編のロピの話のほうが好きだが、滅びゆく世界でそれでも必要な努力をし続けるルウシュの話もとてもよかった。
終わりが見えている世界で、それでも何かをすることの意味を自分に問いながらも、自分らしく生きることを諦めない彼らに胸を打たれる一冊となっている。
特に自分でも創作活動をすることが好きな人には響く一冊じゃないだろうか?

こんな本もオススメ


・伊坂 幸太郎 『終末のフール 』

・凪良 ゆう『滅びの前のシャングリラ』

・宮野優『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』

終わりの見えてる(最後の紹介は逆に終わりが見えなさすぎるんだけど)世界での足掻きの話を読みながら、こういう想定して生きたほうがいいんだろうな~とは思いながらも日々をだらだら消費してるよね、もったいない

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,766件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?