読書感想『バック・ステージ』芦沢 央

新入社員の松尾は、忘れ物を取りに戻った終業後の事務所でパワハラ上司の机をあさる先輩社員・康子と遭遇する。
康子は、パワハラ上司の不正の証拠を探していた。
独特のテンポでどちらかといえば苦手な先輩である康子に巻き込まれ、松尾は一緒に不正の証拠を手に入れるために行動することになるが…
証拠を手に入れるために奮闘する二人、彼らとは関係のないところでも物語は進む長編でもあり短編でもある痛快エンタメ。


軸になるのは社長のお気に入りで営業成績はいいパワハラ上司を追い詰める証拠集めをする松尾と康子の奮闘だ。
同時に展開されるのは、全く関係がない短編でありながらきちんと最後にはつながってくる三者三様の物語である。
息子のウソに悩む新米シングルマザー、少し前に再会した同級生との恋愛に行き詰ってる青年、これから始まる舞台に出演する直前に脅迫状を受け取った役者、長年自分の担当している女優の認知症を隠したいマネージャーと、康子と松尾には全く関係のない話が展開されるのである。
最近非常に多い、最後でつながる連作短編の手法の一冊ではあるのだが、この本はその中でもなかなか異質で秀逸だ。
連作短編だと、短編の一個一個にどこか重なる点が多くちりばめられたり、それこそそれぞれのキャラクターが各話に出てくるものが圧倒的に多い。
だがこの本、一回目に読んだときは2つ目の話があまりに1つ目と関係なさ過ぎて、一瞬「え?一話目の短編ってまさかあんな中途半端に終わっちゃったの?」といぶかしんだレベルである。
読み進めていくと康子と松尾の話はきちんと続いており、全く別の短編たちに挟まれるように進んでいくのである。
そしてほかの短編たちと彼らの物語はうっすらとはつながっているのだが、深く交わることはなく、何なら本当に全く別のそれぞれの物語がそこにあるのだ。
うん、一冊の小説本としてはかなり異質に感じるが、同時に登場人物たちの人生を思うとそれで当たり前だとも思うのである。
それぞれがそれぞれの人生を歩んでおり、そこに接点や認識はなくとも物語は展開しているという、当たり前のことを表現しているだけなのである。
交わることはなくとも、誰かの起こした行動の結果が、なぜそうなったかは知らないままに作用してくる、そんな連作短編集なのである。
関りがないけど関係があるとも言い難いそれぞれの行動の結果、最終的には松尾と康子のもとへ繋がり、彼らの話は終幕を迎えるのである。
なるほど、そうきたか!
いや~よくできてる…今回再読で仕掛けとしては知っていたのに面白かった。
話の軸となってる康子と松尾の二人がまた絶妙に変な人たちなのもたのしい。
特に松尾…こいつを前面に出した小説をスピンオフで書いていただきたいぐらいに好きだわ…。
最終話「カーテンコール」までになかなかいろんなテイストの短編が味わえ、最後に松尾のキャラ爆発で最高なのでニヤニヤしながら読んで欲しい。

・青山 美智子 『赤と青とエスキース』

・町田そのこ『夜明けのはざま』

・天祢涼 『彼女が花を咲かすとき』

一つ一つでもきちんと成立しているのに、最終的に全部必要になって一冊の本を形成してるのって凄いですよね…。
なるほど、そう来るか…と思わずうなっちゃう。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?