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言わない・聞こえない・ありがとう~レジ勤務を半年して思ったこと~

某スーパーマーケットのレジ勤務を始めてから、半年以上が経ちました。

勤務とはいっても、夕方5時から9時までのアルバイトですが、この半年で実感したことは、とにかく色んな客がいるんだなぁ…ということです。

昨今、私が頭を悩ませているのが、「要望を言わない」「店員の質問を聞こうとしない」客の存在です。

接客はコミュニケーションです。
客がしてほしいことを店員に言う。店員はその要求に対して言葉と動作で提供する。この連携こそが接客であり、正にコミュニケーションです。
しかし、昨今はマスク着用も相まって、とにかく話さない・話しても聞こえない客がなんと多いことか…。
確かにマスクやフェイスシールドという物理的な制限があるのは十分理解できるのですが、問題はそういう状況にありながら、"努力"をしない客です。

何故問いかけに対して無言なのか

レジ業務上、どうしても客に確認しなければならない場面は沢山あります。店のポイントカード、レジ袋やお箸の有無、支払い方法……。
しかし、これらの問いかけに対して何も答えない客が多すぎるのです。

そして、こういう客に限って最後の最後に「レジ袋、大」
やっとの思いで確認すれば「いや、見て分かるでしょ!?」

頭の中に湧き上がる疑問と接客スマイルのジレンマ (※画像はイメージです)

私は超能力者でもなんでもない。ただの高校生アルバイトです。
ですが、驚いたことに店員の存在を、自分の感情や欲望全てを瞬時に理解し、そして忠実に対応してくれる高尚な存在と考えている客のなんと多いことか。

普段から無口なのか、対人構図が苦手なのか。客にもいろんな方がいるのは十分承知していますが、「はい・いいえ」は言ってほしい。最低限の対応はしていただきたい。そう思うばかりです。

何故イヤホンを付けながらレジに来るのか

レジ業務で次に困るのが、「イヤホンを付けながらレジに来る客」です。
先述の通り、確認しなければならない時に、聞こえているのか、聞こえていないのか。マスクもつけているので、客がイヤホンかつ小声の場合、一回で済む確認に三回くらいかかることもあり、混雑時は特に大変です。

それにしても、一体レジに来て、レジ袋や現金支払いを要求する客は、イヤホンを付けてまで何を聞いているんでしょうか?流行りの音楽なのでしょうか?ラジオでしょうか?配信動画でしょうか?
一人、電車やバスで移動中など、人と関わらない時間なら堂々とやっていただいて結構ですが、先に挙げた「接客はコミュニケーション」である以上、この構図はおかしいと思うのです。

家族や友人同士のコミュニケーションならまだしも、そこまで特別な関係を持たない店員を相手に、何か対応をお願いする時、果たしてイヤホンを付けながらでよろしいんでしょうか?

同様の理由から、私は誰かに通話をしながらレジに入ってくる客も、あまり好きではありません。通話をしなければならないくらい忙しいのかもしれませんが、うーむ…。

接客は向いていない or 対人構図としてどうなのか

スーパーマーケットの接客は見下されがちです。先の通話の例からも分かった通り、「通話すること」と「レジで対応をしてもらうこと」、優先順位が滅茶苦茶です。
こういったレジでのトラブルに関する個人ブログなどを転々と見てきましたが、決まって存在する匿名コメントの代表例が「接客はこういうもの」「これでヒーヒー言ってるんだったら、キミ、接客向いてないヨ」

私も、「たかだか混雑するスーパーマーケットのレジ業務で、何を一体『接客はコミュニケーション』と唱えているんだ?」と思われることでしょう。

ですが、これがもし、「レジの接客」というシチュエーションを、他の普遍的なシチュエーションに置き換えてみると、かなり異質なコミュニケーションになることに気付ける人は、何人いるのでしょうか?
どうも、こうした接客は世間的に見下されがちな気がしてならないのです。

だからこそ心に染みる「ありがとう」

だからこそ、お客さんから「ありがとう」と言われる瞬間ほど、本当にありがたいと思えるようになったのでしょう。これも、自分が接客する立場になってから気づけたことの一つです。

お国柄でしょうが、日本人は何かと「恥ずかしがりや」です。
親しい間柄なら何でも言えても、それが公共の場になると、一気に無口になる。無口になるどころか、素直な対応が出来なくなる。というか、あれこれ考えた結果、正直頭の中では面倒くさがってコミュニケーションを放棄してしまう。勿論海外の客にもシャイな方はいるでしょうけれど、今までの経験上、先に挙げた「ほぼ無言」な客の大多数は日本人です。接客経験の分母数とか関係なく。
でも、そんな中、お客さんがレジを去るときに「ありがとう」と言ってくれると、何だか先に挙げたような不親切な客のことがどうでもよくなるくらい、とてもうれしい気持ちになるし、唯一「接客をやっていてよかった」と思える瞬間が来たと思えます。そして、この瞬間を糧に、また頑張れる気がするのです。

――上記で「日本人が~」と散々言い散らしましたが、かくいう私も、接客を始める前までは全然「ありがとう」など言えるような人間ではありませんでした。でも、こういう経験を通して、私はスーパーだろうがコンビニでも、カフェだろうがバスだろうが、必ず「ありがとうございます」を言うように心がけるようになりました。されて嬉しいと思った"当たり前"を、言葉にして伝えることの素晴らしさを知ったからです。

無言で何かを訴えるより、純粋に「ありがとう」を言える人の方が、私はとても"人間らしい"と思うし、最もコミュニケーションらしいと言えるでしょう。私の原点はいつだって「接客はコミュニケーション」という価値観です。

おわりに

まぁ、結局このnoteにこうした書き込みをする私は、実際に「接客に向いていない」のかもしれませんが、今一度、

❶ 「接客はコミュニケーションである」という前提の下で、
❷ 明らかに「対人」を意識しない客の存在はどうなのか
❸ だとすれば、私が考える「コミュニケーション」って何?

という自分の頭の中のモヤモヤを明確にしたいと思い、記事にした次第です。

参考までに

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