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W杯レフェリースペシャルインタビュー「瞬時に判定しなければいけない。でも、あとでミスジャッジだと分かったら、選手にごめんねって謝ったりもしました」

審判をはじめたきっかけ

――もっと上手くなりたいと思うきっかけって何かあったりするのですか?

岡田:私の場合は目標です。四級審判員を19歳の時にとって、翌年に三級審判員になって、大学四年生の時、22歳で二級審判員をとりました。階段を上がるのがわかるじゃないですか?目標と現実が近付いていく。28歳で一級審判員になると目標の「W杯に近付いたな」と実感できたのです。あとは、割り当てられる試合もビッグマッチになるじゃないですか?高校生や東京都の社会人リーグから始まって、関東社会人リーグ、そして日本リーグの審判員になってという形で、試合もステップアップする。当然、上手くなりたいと思うじゃないですか?それがモチベーションでした。もちろん、難しいことはありましたが、目標に辿りつく為には、乗り越えなければと思っていました。

上川:岡田さんの言ったように、ある程度のゲームができたら、もっと難しいゲームにチャレンジしたいという気持ちが出てくるのです。それは選手のレベルはもちろん、ゲームスピードもそうです。

岡田:注目されるようなビッグマッチへの欲求もそうかもしれないね。

――岡田さんの初めて笛を吹いた試合はかなり前ですよね?覚えていますか?

岡田:私の母校、都立久留米高校のグラウンドで行われた高校選手権の予選です。都立富士森高校×盈進高校の試合ですね。

実はお父さんお母さん審判員もビッグマッチを吹ける!←凄いこと!!

――サッカーに関わりたいお父さんお母さんも、四級や三級審判員の資格をとれば、高校選手権とかでも吹けるわけですよね。

上川:はい。都道府県の審判委員会が割り当てを行います。自分から電話をして割り当てを貰うことも良いかもしれません。僕らも昔よくやりました。「次の土曜日、どこかで試合ありませんか?」と言って、自分の所属するチームや地区以外の審判もやりにいきました。

岡田:積極的な姿勢を見せていけば、チャンスは自ずとひらかれると思います。

――その辺はオープンですよね。政治的姿勢がなくても、岡田さんは19歳で審判員をはじめて、ここまで辿り着いたわけですから。

岡田:はい。開かれていると思います。今は13歳から四級審判員の資格をとれますし、中学生でも「プロの審判員になりたい」「W杯で笛を吹きたい」という方がいるそうですから。

堂々と笛を吹くことの大切さ

――近年は日本人審判員がW杯で笛を吹く姿を目の当たりにしている訳ですからね。W杯は夢ではない。それで、岡田さんが国分寺で笛を吹くとファウルが少ないらしいですね。笛でしまるというか。それって凄くこのDVDへのヒントだと思うのです。上川さんも「お父さんお母さんが自信なさそう」って言っていたように、堂々と笛を吹くことで変わる部分って出てくると思うんですよね。

上川:選手も「今日のレフェリーは違うな」と思うでしょうし、審判員自身も最初の笛を自信持って吹けると、勇気がもらえると思うんです(筆者注:選手も試合のファーストタッチを大事にしていたりすることが多い)。シグナルもそうですし、ちょっとしたことで、選手のレフェリーに対する感情は変わると思います。

――そうですよね。それに観戦している親御さんたちの反応も変わるでしょう。

岡田:サッカーはグレーな部分が多いのです。選手やご父兄の方も、「いまのどうなんだろう?」というシーンがいくつもあるのです。そこで、レフェリーが白黒はっきりさせて、ビシっとすることで「あぁ、そうなんだ」と納得して貰えるのです。グレーなシーンに対し、グレーなジェスチャーしてしまうとおかしくなってしまう。

――確かにそうですね。ただ、そのグレーなことが多くなると、試合は荒れてしまう。

岡田:確かにそういう現象はあります。ただ、自分なりに見えた通りにしっかりと行わないと、次に自信を持ってレフェリングできなくなります。カメラで確認して間違っていることだってあります。しかし、自分にはそう見えたのであれば、見えた通りに自信を持って判定するのが大事だと思います。“間違っているかも”で行える仕事はないですよね。もちろん、試合後の反省は必要です。

実はレフェリーも選手のリアクションで誤審に気付いている?

――そういった意味ではお二人共、毅然とされていましたよね。こっちは「絶対間違っているだろ」と思うようなシーンでも(笑)。

岡田:それだけは通していました(笑)。

上川:笛を吹く、吹かない。ボールアウトのジェスチャーなど、内心はドキドキしていました。迷っている姿は見せてはいけないのです。けど、選手のリアクション見ていると「う~ん。間違った判定だったな」とわかるんですよ(苦笑)。

岡田:いっぱいあります。あとで選手の所いって「ゴメンね」と謝ったりしましたし(笑)。

上川:ただ、判定した瞬間は判定を決めているので、自信を持ってやらないと、選手が不安に感じてしまう。毅然としなければいけないのです。

岡田:レフェリーは「『アクター』になれ」って言われますからね。

――『アクター=役者・演じる人』というのもポイントですね。DVDをご覧になられる方は感じられると思うのですが、お二人共、いまの表情はピッチでの印象と全然違う。日本リーグから取材し、Football weeklyを97年に創刊し、そこでは写真も掲載しています。僕は岡田さんのこんな柔和な表情をピッチで見た覚えはないですよ(笑)。

岡田:あまりよろしくないですね(笑)。

上川:いやいや、僕も岡田さんには良い意味でそういう印象を持っていて。何が良いかというと“変わらない”ということ。試合をTVでご覧になられている方々はおわかりになると思うのですが、大きな判定を下す時も、岡田さんの表情は変わらないんですよ。もちろん、たまに柔和な顔でコミュニケーションをとっていますが、その“強さ”が岡田さんのスタイルで強みだと思います。いつも研究していました。

――逆に上川審判員はどうですか(笑)?

上川:(笑)

岡田:上川君は、判定力が優れている。ほとんどが正しい判定です。自信も常に持っているし。上川君を見習う所は凄くあって、一緒にプロ(PR:JFAと契約するプロの審判員)として二人でスタートして、お互いに頑張っていかなければいけない、お互いのいい所を吸収しつつやろうということで、2002年から一緒に動いていました。

上川:2002年にスタートして、色々な事があったと思います。僕の性格は“思ったことを言う”ので、率直に岡田さんに話したり。モノの見方って色々な角度があるじゃないですか。岡田さんは角度を変えながらアドバイスしてくれて、嬉しく楽しかった日々でした。二人の世界も出来ていましたよね(笑)。

岡田:(笑)。

審判に必要なのは「平常心」?「強い気持ち」?

――審判員には『アクター』という要素が必要だったりします。それと気持ちの部分もあると思うのです。上川さんであれば『平常心』になりますよね。岡田さんはどんな言葉をお持ちでしたか?

岡田:『強い気持ちで臨む』ことです。それは、私だけでなく、私と組む四人の審判員全員に言います。審判控え室を出て、ピッチに向かう前に「とにかく強い気持ちで試合に臨みましょう」話をしていました。我々には色々なプレッシャーがかかってきます。そこで普段の自分を出すのには『強い気持ち』が必要だと思うのです。

――上川さんはJ1担当主審を指導する立場じゃないですか?『平常心』を持ちなさいと指導するのですか?

上川:『平常心』という言い方はあまりしないですね。過程があるんですよね。いきなり『平常心』を持てではなくて、岡田さんのいう『心の強さ』が必要なのです。ただ、僕はその『心の強さ』が外に出てしまう部分があって。外に出すぎると判定力が落ちてしまう。それで『平常心』を持たなければと肝に銘じていたのです。

岡田:そうです。『平常心』を保つための『強い気持ち』なのです。色々なプレッシャーがかかると『平常心』が保てなくなってしまうので、『強い気持ち』を持つことで、『平常心』になれる。冷静に判定できるのです。

■ワールドカップでの選手の“あの”行為

――なるほど。お二方の海外でのレフェリングも見ていましたが、審判って「日本人だからダメだ」とかないですよね。日本人審判員も審判としてリスペクトされている。悲しいことに、選手はリーグによっては人種差別を受けてしまう。審判が人種差別を受けた話はあまり聞きません。南アフリカW杯もそうですし。それは、審判というものに対する世界のリスペクトなんですかね。

上川:それもありますし、ビックマッチ、たとえばW杯という大きな大会に対する責任を選手が感じていて、選手はある一線(退場になるようなプレー)は越えない。試合ですし、テンションも高いので、相手に対して激しくなってしまうので、“つい”というプレーはあったとしても、見苦しい行為はしない。してはいけないと思っているのを感じます。

岡田:それぞれの国の代表だという強い思いがある。だから見苦しい行為はしないのだけれども、意図的ではなく、“つい”という行為を生むこともある。たとえば、南アフリカW杯で、ハンドをしてゴールを防いだじゃないですか?私は、審判員としてあのプレーは褒められないし、あのプレーを日本人選手がするのも望みません。ただ、彼の国、環境では、あれがそういった気持ちの表れなのかもしれない。色々な考え方がありますから、一つの考え方として、そういう考えもあるのでしょう。

――95年のイングランド戦で、ウェンブリースタジアムで柱谷哲二も終了間際にハンドでゴール防ぎましたからね。

上川:きっと“つい”なんでしょうね。条件反射というか。

岡田:最後の最後ですからねぇ。とは言っても、認められないです(笑)。(了)

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