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不器用な人

私の母は不器用な人だ。
自分の思いを言葉にするのが苦手。
弟や父と喧嘩すると、物に当たり、あらゆる罵詈雑言を吐き散らかす。
喧嘩した後はひたすら無視。
父とは今、3年以上まともに話していない。
そして、家事を放棄する。長い時で数ヶ月。
子どもの時から、そんな母の地雷源を踏まぬように細心の注意を払って生活してきた。

ある日、弟と母が喧嘩した。
弟が悪い部分もあるが、そこまで?と思わされる剣幕で怒鳴る母。
「あんたなんか×××よかった!」
「あんたは父親に似て×××なんだよ!」
ここには書けないような酷い言葉を泣き叫ぶ。
弟は黙って母を睨みつけ、私は傍でオロオロ。
いつものパターン。
おもむろに寝室へ向かった母が、バタン!と強くドアを閉ざして喧嘩は終わった。
思わずほっとして、無言で弟と共に各々の部屋に向かう。
弟を慰める言葉が思い浮かばない自分の無力さが嫌になりながら、眠りについた。

パチパチパチッ
油のはねるような音。ふと目を覚ます。
まだ外は暗い。時計は朝6時をさしていた。
台所に明かりがついている。
そっと台所の戸を開けてみると、
母が黙々と揚げものをしている背中が見えた。
横に積み上がっている唐揚げ。
何故か見てはいけない気がして、もう一度部屋に戻る。

母は唐揚げの揚げ方にこだわりがある。
「最初は中火の一個下ぐらい。最後に強火にするの。満遍なく揚がるようにフライパンを揺らすんだよ。」
揚げている間、油が跳ねるのも我慢して重たいフライパンを揺らし続ける。
大変だし時間もかかるからと言って、滅多に作らないのに。
何故、今朝から唐揚げを作っているのだろう?

そう言えば、
唐揚げは弟の大好物だ。


「ご飯よ!起きなさい!!」
母のぶっきらぼうな声が聞こえる。
弟と恐る恐る食卓に向かうと、

山盛りの唐揚げ
じゃがいもと玉ねぎのお味噌汁
炊きたてのご飯

が並んでいた。
こんなに揚げるのはさぞ時間がかかっただろう。きっと朝6時前から揚げていた。

『朝からこんなに揚げ物…』
と正直、私は少し憂鬱になりながら席につく。
唐揚げを口に運ぶ。
むね肉がしっとり柔らかい。低温でじっくり丁寧に揚げているから。
それでいて衣は、片栗粉の軽やかなサクサクとした食感。
お肉の下味に、母は
"にんにく、生姜、醤油、みりん、酒、そして
出汁パック" を使う。
母曰く
「出汁を入れると、少しまろやかになるの。」
という言葉通り、
にんにくや醤油の強さの中に、出汁の優しさを感じる。
やっぱりお母さんの唐揚げは美味しい。
みるみる元気が湧いてきた。

…でも、4個が限界。
横目で弟の方を見る。
朝一番からキツかっただろうに、弟は文句一つ言わずに食べ進め、綺麗に完食。凄い。
ご馳走様と小さな声で呟いていた。

これが母と弟なりの仲直りなんだな、と思った。本当に不器用な人たち。



私の母は不器用な人だ。
「ごめんなさい。」とは口が裂けても言えない。
大好物を作ることで子どもへ償いをする。
朝から唐揚げをこんなに食べるのは苦しいかな?という想像力は無い。
でも、喜ばせたくて朝6時前から一生懸命に唐揚げを揚げる。
母の根っこにはそんな優しさがある。

弟と母は今でも食事で繋がっている。
「言い過ぎてごめんね。」
「いいよ。」
言葉にならない2人のやり取り。

口下手で不器用な母のご飯には、人一倍伝えたいことが現れている。
私の元気が出る食事、それは母の想いがこもったご飯。

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