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「日本人なら知っておくべき森林のこと」 OPEN VUILD #7

建築テック系スタートアップVUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家を招き、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合う「OPEN VUILD」を開催しています。第7回は「日本人なら知っておくべき森林のこと」をテーマにお送りします。

日本は国土の約7割を森林が占める森林大国です。しかし近年は、林業の衰退や森林の荒廃が長らく社会問題となっています。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を機に、国産材活用の動きは広がっていますが、成長産業化にはまだ課題もあります。

今回は200年以上の歴史を持つ速水林業の代表で、日本林業の先駆者でもある速水亨さんをお招きし、『建築と林業のこれからの関係性やあるべき姿』を議論していきます。

現場だけでなく、林業の科学的側面にも目を向ける


井上 こんばんは。VUILDの井上です。私たちVUILDは、建築ベンチャーとしてものづくりの仕組みを新たに構築し、日本の林業と建築とを結びつけることにチャレンジしています。今日会場にお越しの皆さんは、実際に林業の現場に足を運んだ経験の無い方がほとんどだと思います。まずは、三重県を拠点に日本の林業に長く携わってこられた速水亨さんに、日本の森林や林業の現状と課題についてお話しいただこうと思います。

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井上達哉 Tatsuya Inoue/林業プロデューサー、VUILD株式会社取締役COO。岡山県西粟倉村にて地域内木材流通の構築や間伐材を使った商品開発などに携わった後、2018年よりVUILDに参画。VUILDでの活動の傍ら、木製足場の開発や山主コミュニティの立ち上げなど、林業や国産材の新たな可能性を探る取り組みを続けている。

速水 三重県で林業経営をやっている速水と申します。慶大法学部から国立大学の農学部に進み、林学科の研究室に2年ほど在籍した後、家業を継いで本格的に林業を始めました。もう林業と森のことしか知らない、と言った方がいいですね(笑)

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速水亨 Toru Hayami/1953年三重県紀北町生まれ。速水林業代表取締役、株式会社森林再生システム代表取締役。1976年、慶応義塾大学法学部卒業後、東京大学農学部林学科研究生を経て、家業の林業に従事。「最も美しい森林は最も収穫高き森林」として“地域との共生、自然との共生”をめざす。2000年に日本初の世界的森林認証制度であるFSC認証(森林管理協議会)を取得。平成30年度第57回農林水産祭天皇杯受賞(速水紫乃と共に受賞)。著書に日本政策分析フォーラム シンクタンク賞(2014年)を受賞した『日本林業を立て直す―速水林業の挑戦』(2012年)など。

井上 速水さんとはちょうど10年前、速水さんが主催する「林業塾」という講座に参加したことで出会いました。

速水 この「林業塾」は、速水林業が所有する三重県紀北町の大田賀山林をフィールドに、森林と林業について学ぶ講座です。2004年から年1回のペースで開催していて、毎年20名ほどが参加しています。

林業は伝統や勘などの経験値が物を言う世界であると同時に、森や林という命あるものを相手にする仕事です。つまり「科学」として扱うべき分野でもある。この相容れない「科学」「現場」をどのように橋渡ししていくのか。そんな課題を解決する試みとして始めたのが林業塾でした。

今日は林業塾と同様に、いろいろなデータとともに日本の林業を解析していきます。話を聞いた後に、会場の皆さんの林業に対するイメージが少しでも変化してくれたらうれしいです。

森林の面積は横ばい、でも森林の蓄積は50年で約6倍に


速水 日本は国土の約7割が森林です。国土面積 約3780万ha(約37万8000平方km)のうち、およそ2500万ha(約25万平方km)を森林が占めている。世界の中でも森林率が高い国の一つなんですね。

日本では昭和から戦後にかけて、スギやヒノキなどの大造林が行われました。ところが、森林面積そのものはほとんど変化していないんですね。一方、グラフの青い部分、つまり人工林の面積は昭和41年から50年位までわずかに増加しています。つまりこの時期、広葉樹林から針葉樹林への転換が進められたわけです。

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林野庁「森林資源の現況(平成29年3月31日現在)」より

速水 次に、森林の蓄積(森の中にある樹木の体積量)のグラフです。これはどんどん増えています。広葉樹林(自然林)に比べて、人工林がすごい勢いで増えているのがわかりますね。つまり、この蓄積の増加が今の日本の林業の大きな優位性と問題発生という二つの意味を持っています。

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林野庁「森林資源の現況(平成29年3月31日現在)」より

速水 一方、こちらは日本の森林の樹齢を表すグラフになります。「齢級」とは、森林の年齢を5年ごとに括ったもので、人工林は苗木を植えた年を1年生、1~5年生を1齢級、6~10年生を2齢級と呼びます。グラフ横軸の10という数字は46年生から50年生までを表しています。

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速水 伐採適齢期とされるのは、10齢級以上の木です。ところが昭和41年当時、日本の森林は15年生(3齢級)以下が7割以上でした。つまり、当時は伐れる木がなかったんです。日本の林業が衰退したのは、丸太の関税がゼロになって輸入材が増えたせいだと言われますが、実際には伐る木がなくなって外材に頼ったというのが事実なんです。

日本の森林にも少子高齢化が起きている

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速水 一方、現在は51年生前後(10齢級以上)の森林が非常に多くなっています。それとともに若い林が減ってしまいました。昭和50年代までは年間約30万haくらい木を植えていたんですが、今は2万4000haまで植林面積が減ってしまい、若い林が育っていないんです。

井上 つまり森林の少子高齢化が起きているということですね。

速水 グラフが富士山のようになっているでしょう。これは人口ピラミッドと同じで、植林数が増えなければピークとなる齢級の層が後ろにずれていくだけで、再び新たなピークが現れることはない。

井上 そういう意味では、若い林が少ない現状はいびつな構造と言えますね。

速水 樹木は毎年成長します。成長して増えた分の樹木を伐るのが林業の仕事です。木も人間と同じで、若い林はよく成長します。しかし、年をとった林は成長が難しい。つまり、若い林の成長分を伐ることが、林業の基本です。しかし、現在のように古い木が増えて若い木が減っている状態だと、年を取った森林が増えても伐れる量が増えていかない。そういう持続性サイクルの問題が、近い将来起きてくるのです。

日本の林業に蔓延する「割に合わない負のサイクル」


速水 これは木材価格の推移を表したグラフです。グラフの赤い線がヒノキの立木価格(山での値段)ですね。青線がスギで、緑の線がマツの値段です。いずれも昭和55年をピークに下がり続けているのがよくわかります。

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平成28年度林業白書より

速水 下の図の緑色の棒線グラフ(板や柱に加工された製品の価格)は、いい値段に戻ってきています。今は国産材のブームでもありますので一定の高止まりとなっています。

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速水 ところが、青や赤の棒線グラフの推移から分かるように、肝心の林業従事者や森林所有者に還元される山での立木価格は下がったままであまり変わらない。しかも、この青い線グラフを見てもらうと明らかなように、柱や板の製品価格に占める立木価格の割合も下がり続けている。平成27年度には、なんと4%です。

つまり、1万円で柱や板が売れても、山主には400円しか返ってこない計算です。丸太価格に占める立木価格の割合もどんどん落ちていて、かつては丸太が1万円で売れたら山主側に5000〜6000円入ってきていたのが、今は2000円程度。これでは再造林のコストが捻出できず、ますます誰も木を植えない。このように、日本の林業は割に合わない負のサイクルに陥っているんです。

日本の林業の課題は「機械化の遅れ」と「生産性の低さ」


速水 欧米では、機械化によって作業の大幅な効率化を実現しました。そのため、山主に還元される収入(山元立木価格)は高い水準となっています。だから日本以外の地域、とくに欧米では、植林に対する意欲が非常に高く、林業への投資も盛んです。国によっては、森林を投資対象にしたファンドが普及して、多くの人が林業に投資をする、そんな時代になっています。

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速水 ところが日本だけは、林業の赤字がずっと続いている。その背景には、森林の少子高齢化だけでなく、林業の機械化のミスマッチがあります。林業の生産性を上げるには、作業を大幅に効率化する高性能林業機械の導入が欠かせません。また、日本特有の急峻な林地に、機械が入れる林道を整備する必要もありました。

平成元年の頃ですが、私は経団連さんなどと一緒に日本の林業の機械化を推進する活動に取り組み、そこで、ヨーロッパから高性能林業機械を日本に導入しました。その結果、平成元年には76台だった導入台数が、平成28年には100倍近い7680台になりました。

井上 でも、肝心の生産性は2倍以下に止まっているんですね。

速水 その原因は、補助金です。補助金があると、機械の稼働率を高めて収益性を上げるインセンティブが働かないからです。稼働率は、酷い場合だと19%、良くても57%くらいです。日本の丸太価格と立木価格の取り分が全然増えない理由は、生産性が上がっていないからなんですね。

規模が大きくなるほど赤字になる。林業の構造的問題


速水 一方、日本では製材工場の大型化がどんどん進んでいます。年間に1万立方m以上製材する300 kw 以上の製材工場は、今は7割のシェアを占めています。

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農林水産省 平成29年木材統計より

ところが、そういう大きな製材工場の歩留まり率(原木を製材したときに部材として利用できる割合)は低く、例えば集成材だと3割程度なんですね。逆に、小規模な製材工場では70〜80%の歩留まり率を出せている。歩留まり率を考えると、大型製材工場の増加は山主にとってメリットにならないんです。

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歩留まり率の悪い製材工場は、木皮やかんな屑を利用した木質バイオマス発電に乗り出し、国の再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)を通じて利益を補てんしようとします。FIT制度が歩留まり率の悪い製材工場を増やす負のサイクルが生まれているわけです。

こういう状況では、山の規模が大きくなればなるほど林業は赤字になる。国産材のシェアは回復基調ですが、林業家や山主は依然、厳しい立場に置かれている。つまり林業は、産業としてほぼ成り立っていない、というのが実情なのです。

世界の森林環境(原生林を守れるのか)


速水 少し世界に目を転じてみます。地球上の森林の編成を見ますと、砂漠化や商業伐採などで森林が消滅した地域も多いですね。原生林は、元々の規模の1/3以下になっています。世界中で、この原生林をいかに守っていくかが非常に大きな課題となっています。

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だから世界の拡大する木材需要に対して、人工林を使って適切な供給を行うことは、とても重要なことなんです。「人工林を増やしすぎたから自然林(広葉樹林)を増やそう」という国内の議論は、世界全体の木材需要を考えると、少し論点がずれているんですね。

しかし、世界に流通する木材には、違法伐採されたものも少なからず含まれています。違法伐採は森林破壊を招くだけでなく、不当に安い価格で流通することでサステイナブルな林業の循環も破壊してしまうんですね。

また、世界には薪を燃料として使う人々が大勢いますから、森がなくなると彼らの生活にも悪影響が出る。そのため、こうした倫理的な問題や環境に配慮し、適切な森林管理が行われているかどうかを評価・認証する動きが世界的に強まっています。

世界的な森林管理の認証制度「FSC認証」もその一つで、これはドイツに本部があるFSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)という国際機関が認証しています。私は、日本の森林管理基準をFSCの基準に合わせるためのフレームワーク作成や、国内のFSC普及活動に携わり、自身も2000年にFSC認証を取得しています。この動きは企業活動にも広がっていて、FSC認証を得た森から生まれた木材やパルプ製品などを採用する企業やブランドも増加しています。

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森を守り、持続可能な林業経営を実現するには、我々日本人が自分たちの木材消費を見直してみる必要があると思います。その木はどこから来たのか、適切に管理された森から合法的に伐られた木なのか、考えてみる。私はこれからも、そんな「循環する林業」に取り組んでいきたいと思っています。

ちなみに、これは世界一の長寿の木です。樹齢はなんと9550年。こういう木を見ていると、林業はそういう大きな生命の、ほんの一瞬を切り取って使わせてもらう仕事だと実感します。建築家の皆さんも、木を扱うときには、そんな気持ちで森の命に思いを馳せてみてほしいですね。

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VUILDが目指すもの(木と人のイノベーション)

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井上 速水さん、ありがとうございました。ここからは、僕たちVUILDの活動について少しご紹介したいと思います。

秋吉 VUILD代表の秋吉(@aruteist
です。僕たちは、主にShopBot という木材加工機と3次元の設計ソフトを使ってものづくりをしています。これまでの建築がやってきたような、大量のストックを集めて大量にモノをつくるのではなく、アイデアを形にしながら必要なものをその都度、つくっていく。そんな世界を目指しています。

そこで今は、全国の林業に携わる中山間地域の方々にShopBotを導入する取り組みを進めています。現在(2018年9月時点)、26地域に28台のShopBotを納入していて、来年はこれを50台に増やしたいと思っています。*2019年9月現在、全国に44台納入済み

井上 実際、そういう機械が入ると、クラウド上から建築物や家具のデータをそれぞれの地域と共有することも可能になります。そうすると、地域の人たちが地域の材を使って、中間コストをかけずに自分の力でものづくりができるわけです。

秋吉 昨年、そんな「地域によるものづくり」の実験を、神奈川県の山北町で行いました。まず、曲がりのある規格外木材を地域住民とともに伐採し、3Dスキャンしてデータを保存。形状に合わせてShopBotで部材を切り出し、5つの家具をつくりました。家具は1点3万円で、すべて完売。原木の価格を1500円とすると、その価値は3万円×5点=15万円、つまり約100倍になったわけです。

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山北町の規格外木材から作られたテーブルとベンチ

井上 最新のテクノロジーを使って付加価値をつければ、規格外の木材も高い価値を生む。林業の生産性を上げることも重要ですが、こういった先端技術でものづくりの新しい未来を構築することも、日本の林業に対する貢献の形ではないかと考えています。

秋吉 一方で、林業は木を植えてから50年経って、ようやくその価値が見えてくる特殊な世界です。我々ものづくりをする側は、そういう長期投資の成果を、一瞬で使ってしまう立場でもある。建築家が先人たちの努力に値する価値を提供するにはどうすればいいのか。テクノロジーによる将来の変革を予見しながら、林業家とともに未来につながるバリューチェーンを築いていくことはできるのか。その辺りを速水さんにお聞きしたいです。

速水 業界全体で見ると、たしかに林業は赤字産業です。ただ私自身は、やれることは全てやって、どうにか林業で黒字化しています。例えば、苗木生産。セラミックで発根させた苗を、セラミックのまま土に挿して育てる商品を開発し、植樹の効率化を実現しました。また、三重の名産品である牡蠣や真珠の養殖用筏を特注生産し、残りは全て板材にして丸太の歩留まり率を最大化するなど、徹底的に収益性にこだわっています。

うちは本来、和室の梁や床柱などに使う「役物柱」の生産を得意としていましたが、今は扱っていません。当時は貴重品でしたが、今時ピカピカの立派な柱なんて誰も買いませんよ。過去に縛られて「いい柱が採れる」なんて思っていたらダメなんです。

秋吉 速水さんは常に時代を予見し、新しい技術を取り入れながら先進的な経営に取り組んでいますが、最近では3Dスキャンを利用した「森林3次元計測システム」を開発されたそうですね。

速水 森の中にある木を1本ずつ測るのは、非常に大変なんですよ。通常は輪尺(木の直径を測る大型のノギス)を使いますが、計測者の身長や経験値によって誤差も生じます。それをレーザースキャンに置換できないかと考え、つくってみました。

これは立木の位置や胸高直径、材積などの計測から、エクセルデータ生成までを自動化するシステムです。データをもとに、3次元立木マップ構築や間伐シミュレーションを行うことも可能です。


秋吉 将来的には、木の材質評価や搬出コストの算出、歩留まりのシミュレーションなどにも応用できそうですね。

井上 これが建築家をはじめとするものづくりサイドに共有されれば、リモートで選木して木材を指名買いすることもできそうです。

速水 伐採や搬出のコストを考えると、1本単位での販売は難しいでしょうね。ただ、林道に近い立木に限定したり、コストに見合う値付けに顧客が納得すれば、不可能ではないかもしれません。

井上 規格化された木材を使うのではなく、木それぞれの個性を活かしながら製品としての価値を高め、林業にも貢献する。それがVUILDの目指す未来社会のあるべき姿であり、僕はそういう時代が近い将来、訪れることを期待しています。

速水 しかし、VUILD の発想は面白いですね。技術の力を使えば、1本の木の価値を、従来では考えられないほど飛躍的に高められる可能性がある。それを仕組み化して継続的なサービスにできたら、林業の新しい可能性が広がると思います。

林業は、焦ってもしょうがないんですよ。僕が植えた苗が、美しい森になるのは50年とか100年後です。今は林業にとって厳しい時代で、周りはどんどん林業から離れていくけれど、森づくりは1本の木を植えるところから始まる。だから、誰かがやり続けないといけない。でも楽しいですよ、林業は。皆さんには、そういう世界があることを心に留めながら、どんどん新しいものづくりの世界を切り開いていってほしいですね。

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2018年9月12日、VUILD川崎LABにて開催

Text by Risa Shoji
Photo by Hayato Kurobe