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作品を「オーセンティック」に残すために ―アーカイブの専門家に聞く!#2

こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。

バリュープラスのグループ会社である株式会社クープ(qooop)での、アーカイブ業務を紹介するシリーズの第二弾です。

今回は、クープでアーカイブの現場に携っているカラリストの庄司光裕さん、フィルム技術スタッフの土屋摩利子さんのお二人に、お話を伺いました!


―お二人はアーカイブ事業の中で、どのような役割でお仕事をされていますか?

庄司光裕さん(以下:庄司) 私は全体的なワークフローの確立をしたり、現場の管理を主にやりつつ、実作業としてはカラーコレクション(カラコレ)をメインにしております。

土屋摩利子さん(以下:土屋) 私の方はフィルムの検査やスキャンのオペレーションをしております。

―ワークフローの中の具体的な工程を教えていただけますか?

庄司 まずはフィルムがスキャナーにかかるかどうか検査します。その時に収縮が激しいものとか、損傷が激しいものは一度クライアントに「こういう状況ですけども本当に作業しますか?」という確認をしたり、ホコリやカビがある場合はクリーニング作業をしてきれいな状態のものをスキャニングします。
また、フィルム特有の粒状性(ザラザラとした感じ)を現代の人が見てしまうと、それがノイズっぽく見えてしまうというのがあるので、「ノイズリダクション」をかけて見やすい画質にするという作業があります。
その後、レストア(修復)といって、デジタル上で「スプライス」(カットのつなぎ目の映り込み)や「パラ」(ホコリなどの映り込み)を消す作業をします。
そして、先ほど言った「カラコレ」の作業も行います。

株式会社クープ カラリストの庄司光裕さん

庄司 劇場用の作品であれば完成したフィルムとして保存されていますが、テレビシリーズですと作品によってはいろんな素材が存在していることがあります。完成されたフィルムを頂いたけど実際はリテイクがフィルムに反映されていないということもあります。その場合はすべての素材が何なのかを確認して、今まで世に出ていたメディアと同じものが再現できるかどうか精査していきます。

土屋 私が担当しているのはほぼ最初の工程になります。
ネガフィルムですとカットごとにスプライスという物理的なつなぎ目があります。古いフィルムであればあるほど、もしくはネガ編集をされた方の技術や当時のセメント(フィルムを貼り合わせる接着剤)の製造年代や製造先の違い、またネガの保存状況などによっても異なりますが、そのスプライスが剥がれてきてしまったりします。あとは使用頻度が多ければ多いほど、どうしても物理的なものなのでフィルムは傷ついていきます。そのようなスプライスの剥がれや、パーフォレーション(フィルムを送り出すための穴)が切れてしまったりしているものをチェックして、補修して安全だという状況になってから、スキャンの機材にかけるということをします。


フィルムの端に空いている穴が「パーフォレーション」

―そして庄司さんは後半の工程で「カラコレ」をされるということでした。これはどういった作業なのでしょうか?

庄司 カラコレの作業をする技術者を「カラリスト」といい、その仕事は簡単に言ってしまうと「色を調整する」ということです。ただ、その調整した色が「正解」かどうかというのはカラリストにも判断できません。きれいな色は出せるけど、それが「正しい色」なのかっていうのは分からないので、その色味をジャッジできる人、例えば当時のプロデューサーだったり、監督とかカメラマンとかに来ていただいて「この色でいきますよ」というのを決めていただく工程が必要になります。DVDやVHSのような既存のメディアや、「アンサーフィルム」といわれるくらい色の方向性がある程度まとまっているプリントがあれば参考にできますが、ネガフィルムを使う場合は調整の幅が大きいので、どのようにも調整できてしまいます。
SDからHD、4Kと高精細になったり、新しいメディアが登場している中で、過去のメディアと同じ色に調整しても見え方が変わってしまうこともあるので、今のメディアに合った形に再調整していくみたいなことも行っています。

―時間の経過と共にもとの色が失われているということもあるわけですよね?

庄司 そうですね。褪色が進んで、本来であれば鮮やかな青が正しいのですが、気付かず青が出ていない状態で調整して。それが「本来もっと綺麗な青だったんだよ」とかはやっぱり(制作意図を知る人に)聞かないと分からないので、関係者の立会いがあるかないかで、その作品の完成度が左右されてしまうこともあると思っています。

―お仕事の中で、難しい点や、気を付けているのはどのような点でしょうか?

土屋 フィルムが劣化してボロボロになっていることが稀にあります。巻き取られたままカチカチに固着していたりすると「これはどうします?」とクライアントに確認して、「これはやめておきます」という答えが返ってくることもあります。
また、カットのつなぎ目がセメントだけではなく、エッジがテープで補強してあれば大分安心ですが、貼られていなかった時は、私はスキャンをする際に不安なので、延々と何百ヶ所もカットごとにエッジに補強テープを貼っている時もあります。

フィルムをつなぐために固定する機材「スプライサー」

土屋 スプライサー(フィルムをつなぐ作業をするために固定する機材)にはパーフォレーションを引っかけるピンがありますが、収縮しているフィルムだと、もとは規則的に空いているパーフォレーションの間隔が縮んで、ピンに押し込まれたパーフォレーションに切れ目ができてしまったりします。そういうときは、デザインカッターを使って手作業でテープをパーフォレーションの形にくり抜いたりしました。それを延々とやっていたことがあり、なかなか大変な作業でした。

フィルムの巻き返し作業の様子

庄司 私は、どこまでが制作意図で、どこからが修復しなきゃいけないのか、という「見極め」に気を付けています。例えば演出として画面が揺れている映像だとしても、今の技術で簡単に揺れを止めることはできますが、それでは演出意図を損なってしまう。
また、音声を聞かずに暗い画面を明るく調整したら、台詞の中で「真っ暗な部屋だね」と言っていたことがありました。やはり作品の内容を考えて作っていかないと意図したものができない、というところを一番注意してやっています。
本当にカラコレって終わりがないのですよね。見れば見るほど直したくなってしまう。限られた予算と、決められた時間内で、いかに意図したものを作っていくかですね。
あと、これも実際あった話で、ある作品でシーン全体にエフェクトがかかっているのですが、1カットだけエフェクトがかかっていないことがありました。クライアントからは、作品の中で「これは前シーンから次のシーンに繋がるブリッジ的なカットなんです」というのをずっと聞かされていましたが、ところが実際に監督が来たときに、そのクライアントが監督に「これってこういう意味ですよね」と言ったら、「いや違うよ、当時エフェクト入れ忘れてた!」ということで急遽「エフェクト入れましょう」となったことがありました(笑)。やっぱりそういう最終的なジャッジができる人がいるかいないかで変わるのは、面白いところでもあると思いますね。

―制作当時のうっかりミスでも、視聴者は深読みをしていたかもしれないですね。

庄司 それに、HDRや4Kとかになると高精細すぎて、アニメでいえば背景の紙の質感が見えるとか、素材の質感がそのまま出てしまうことを嫌う監督やプロデューサーもいらっしゃいます。どうしても素材としてはこういうものなので、「どこまで見せますか?」というすり合わせを必ずします。あえてボカした方がいいのか、素材そのものに近い見え方として見せるのか、そういうところを考えながら作業するのは楽しいと思います。
作品によっては、チェックに監督しか呼んでいなかったはずなのに、当時のスタッフが全員集合して、同窓会みたいな感じになったこともありました。監督が来るとしか聞いてないのに、カメラマン来ちゃった、照明さんも録音の人も来ちゃった、みたいな。当然「いろいろ指示がくるだろうな」と思っていたら、意外に何も言われず終わって、多分それは満足したものができていたのかな、と思います。立ち合いチェック中に、当時のスタッフの方達が昔話をしてくれることもあります。「このシーンの撮影は大変だったんだよね」とか、「このシーンは実はこうなんだよ」とか、そういう裏話を教えてくれる時は楽しいです。やっぱり(作品を残すという)使命感っていうのを皆さん持たれていて、中途半端な仕上がりであればそういう雰囲気にもならないと思うのですが、安心して昔話もしてくれるというのは、当時のスタッフの方々にも納得していただけたのかなと思いますね。

後の工程でのトラブルを防ぐために、慎重にフィルムの検査が行われる

―作業の中でやりがいを感じる点について、土屋さんはいかがでしょうか?

土屋 私は最初の工程ということもあるので、私が出来上がったものに対して何か感じるというよりは、「スキャンの後工程がスムーズに進むといいな」というのが一番です。いつもハラハラしているので。無事に工程が進み完成すれば、ホッとするという感じです。

―そして、先日ニュースにもなったように、映画『お引越し』(相米慎二監督)4Kリマスター版が第80回ベネチア国際映画祭で「最優秀復元映画賞」を受賞しました。受賞時のご心境はいかがでしたか?

読売テレビ製作映画「お引越し」4Kデジタルリマスター版
ベネチア国際映画祭 クラシック部門「最優秀復元映画賞」受賞

https://www.ytv.co.jp/corp/updata/file_avbyzx9d2j9ipsp4omevqfm9301eor.pdf

庄司 他のノミネート作品を見てもすごい作品しかない中で、正直獲れるとは思ってはいなかったので、変な言い方ですが「獲れてしまった」という感じでした。個人的には、日本の技術は世界的にも全然劣っていないと思っていて、チャンスがあれば賞も獲れることはあると心の奥底では思っていましたが、いざ現実になってみると「本当に獲れるとは」と。
カラコレに立ち会ってくれたカメラマンの栗田(豊通)さんが最初からコンセプトをいろいろ出してくれていてですね。「旧作じゃなくて、新しく作り直したい」と仰っていました。キーワードとしてはHDRというのも最初の段階からあって、火祭りのシーンの炎とか、最後の湖のシーンとか、「こういう風に色を出したい」と。1カットずつ細かくチェックしていただき、丸々2週間という新作のカラコレでもあり得ないくらいの時間をかけました。そこまでしてちゃんと作り込めば、世界的にも評価されるということを実感しました。
受賞後に栗田さんから連絡があって、「良かったよ」言っていただけて、関わったスタッフもみんなホッコリできて良かったなと思っています。

―映像作品をアーカイブすることの意義について、どのように思われますか?

土屋 今では見る環境や機会が失われてしまったような作品も、デジタル化することによって見ることができるようになることは大きな意義があると思います。現在フィルムで映画を撮ったとしても、フィルムを上映できる映画館も限られていますので、結局はやっぱりデジタル化しますので。
人の記憶は補正されるので、当時の上映や放送で見た作品は見た人の記憶の中ではさらにきれいになっていると思います。そういった思い出を蘇らせることに意義があると思います。

庄司 私も土屋さんが言ってくれたことと近いことを思っています。やっぱりフィルムはどんなに保存状態が良くても年々劣化してしまうものですが、デジタル化することによってフィルムはもう使わなくなるので、低温で長期保存できるようになるというのが大きいです。
今のところ、映像記録メディアで100年保たせるのに実績があるのはフィルムぐらいしかないです。LTOや各種ディスクなどもありますが、これが100年後はありますかと聞かれたら、まだ誰もわからないです。現状の最高のメディアとしてフィルムは存在しているので、眠っている名作もいっぱいあるでしょうし、今のうちにしっかり残していくことは大事だと思います。
あとは技術の進歩もあり、現在普通にやっている修復作業も、10年前は全然できませんでした。この1カット処理するのに1日かかりますとか。「莫大な時間がかかってでもやりましょう」という作品も中にはありますが、予算的に回収できるか天秤にかけて、「ここまでにしておきましょう」ということが多かったです。今だったらその1日かかっていた処理が1時間で終わるとか、以前はできなかったことが簡単にできるようになってきて、ようやくフィルムのアーカイブに必要な技術が追いついてきたのかなと思います。

―今後、どのようなアーカイブに取り組んで行きたいと思われますか?

庄司 当然、作品の関係者の方々も年齢を重ねられていくので、ご存命のうちにちゃんとしたマスターとして「指針」となるものを作っていきたいなと思っています。
正直なところ、DVDとかが出た時「もうこれ以降新たなメディアでは出ない」と思われていた部分もあると思います。ところがその後、Blu-rayが出た。じゃあBlu-rayでお終いでしょうと思ったら、今度は4Kが出ました、HDRが出ました。次世代の映像技術っていうのは何かしら出てくると思うので、次世代の方にも指針となるちゃんとしたマスターを作っていきたいです。

土屋 私は以前から「オーセンティック(authentic)」という言葉に感銘を受け、取り組んでいました。「そのままの」「本物の」というような意味ですが、「上映当時のままを再現する」という意味で使っています。「オーセンティック」な状態をアーカイブすることに、真摯に取り組めるといいなと思っています。

―面白いですね。そのオーセンティックな状態の「正解」が何なのか、難くて奥が深いですね。本日はありがとうございました!

聞き手・構成 飛山拓也(バリュープラス)

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