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ポンペイ

noteに何を綴ろうかと考えて、特段、綴るものがないことに愕然とした。ないわけじゃなくて、あるんだけど、何というかDEEPな語りになってしまうのでやめとく。

こどもたちと巡ったもの、体験したものをについて、気が向いた時に書いていこうかと思う。

きっかけは

息子(小2・8歳)が古代文明ブームで、古代エジプトと古代ローマにどハマり。特に、古代エジプト大好きで、ミイラ展はここ数年何度観に行ったのだろう?ってぐらい好き。

NHKで放送されていたポンペイの番組を観て興味を持って、連れてけと。

東京国立博物館にて

市内に張り巡らされた上下水道の設備、5つの公共浴場。
公衆衛生のレベルの高さ。
「みんな、綺麗好きだったんだね!」って息子氏。

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コンパスや定規の直角の精緻さ。
今とあまり変わらない医療器具から見える文明水準の高さ。

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婦人科の器具を見て、現代とあんまり形が変わっていないことに驚いた。ほんと痛いんだよね、見るだけでゾッとする()

猛犬注意のタイル画で、生きている時間がどこであれ、人間の営みが変わらないことを感じる。

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今でも見かける「犬、注意」の表示。

約2000年近く昔の街で、その頃からそういう表示があったというのだから、親近感が湧く。現代の私たちとそんな変わらない日常がそこにあった。

昔だからといって、文化的水準が現代に劣るとは限らないわけで、それでも火山が噴火したら、一夜にして滅んでしまう無常感。

大自然の威力を前に人間は無力で、それでいて、1人の人間の狂気に世界滅亡の危機に瀕したり、一体、なんで人間なんて生き物が生まれたんだろう。

神様がいるなら、もうちょっとマシに創れなかったのかと問いたい。あーでも、天使すら、堕天した天使もいるのだから、そんな完全無欠ってわけじゃないんだろうな、神様って存在も。

旧約聖書に出てくる神様と新約聖書に出てくる神様は正反対かって思うぐらいに性格が違う。

旧約聖書の神様の性格は苛烈そのもの。神様の性格がそのままだったら、現代人は何度滅ぼされているのだろう。

だからかもしれない、新約聖書の神様は慈悲そのもの。(時の権力者が都合の良いように書き換えたのではないかと思っている。)

地球に意思があって、地球がその気になったら、あっという間に滅びるんだろうな。戦争で何かを失うことも失った人を見ることはものすごく嫌。気分悪いから嫌。

天災だったら仕方ないとも思う。もちろん、嫌だけど。ただ、できることなら、私とこどもたちが生きている間は嫌だな、遠慮願いたい。

そんなしょうもないことを考えてしまった。

ともあれ、会期はあとわずか。おすすめです。

特別展「ポンペイ」 / 平成館 特別展示室 2022年1月14日(金) ~ 2022年4月3日(日)


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