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人間アンティーク

私は常々思う。
人生で起こる全てのことに、無駄なことなどひとつもない、と。

突然だが、骨董品のアンティークはお好きだろうか。
そう、中世ヨーロッパ、主にフランスの食器や雑貨、家具などを指す、年季の入った品々のことだ。

よく考えたら、何年も前に誰かわからない人が使い古していた中古品、しかもボロボロのものが多くて、小汚いと言えば否定できない。
しかし真鍮の歳を重ねて成すサビの頃合い、レザーの色の変化、レースの色褪せ具合、陶器の細かいひび割れが織りなす模様など、それらはどうも憎めない。ただの中古品とするには、どうにも惜しい感じがする。
長い年月をかけて磨耗してきたものが作り出す味と雰囲気は、その何の変哲もない物体に個性を与える。消費されて、使い込まれて、愛されて、捨てられて、手放され、その時々にできたキズがそのモノを唯一無二の存在に作り上げる。

それは人間にも同じことが言えると思うのだ。

人はみな生まれながらに唯一無二だと言う。けれどそれは概念的なことであって事実ではあるけれど、実際には自分自身を他の誰でもない唯一無二の存在であると実感することは容易ではない。現実には、無数の「人間」という渦の中に埋もれて生きているわけだ。
その中でみな何かになりたくて、自分のアイデンティティを探し求め、彷徨う。しかしどこを探せど、膨大な数の人類の中で真のオンリーワンになることはとても難しい。

でも、必ずしも何か特別なことを始めたり、今までになかった何かを創造したりしなければいけないわけではないと思う。

私たちはこの世に生を受けて、自分と同じ種類のたくさんの人間に出会い、愛したり、愛されたり、傷つけたり、傷つけられたり、与えたり、与えられたり、奪ったり、奪われたり、あるいは長い間置き去りにしたり、されたり、たくさんの跡を心に刻む。
悲しみや苦しみ、恐怖、怒り、後悔など、負の経験はキズとなり、深く心に刻まれる。
喜び、愛しいと思う気持ち、優しさなどのプラスの感情は、心を磨いていく。

親に言われた、子供なんて欲しくなかったという一言。

初めて誰かを好きになったこと。

好きだとどうしても言えなかったこと。

クラスメイトをみんなでいじめてしまったこと、いじめられたこと。

身内が自死したこと。

友人が突然亡くなってしまったこと。

守るべき存在ができたこと。

誰かと時を共にすることの心強さを知ったこと。

愛する人に裏切られたこと。

信頼してくれていた上司を裏切ったこと。

同じ目的に向かう仲間の強さを感じたこと。

孤独に耐えられず自分を安売りしたこと。

金銭と引き換えに自由を失ったこと。

あらゆることが、彫刻刀となって、サンドペーパーとなって、私たちの心を形作る。

そうやって、私たちの心は時に傷つき、時に研磨され、それらが複雑に調和して、他の誰でもない唯一無二の味を作り出していくのだと思う。

だから、傷つくことを恐れなくていい。失敗していい。涙を流してもいい。恥をかいてもいい。後悔してもいい。信じてみてもいい。愛してみてもいい。
全部、あなたの心に刻まれるから。
それがあなたの味になり、人類の一人から、唯一無二の逸品に輝かせる。
あなたの心のキズはあなただけのもの。

心は使い込まれれば使い込まれるほど、輝きを増す。
傷ついた分だけ、人の痛みも苦しみも理解できるようになる。
寒さに凍えた分だけ、誰かを温めることができる。
孤独に震えた分だけ、人に寄り添うことができる。

だから、私は常々思う。
人間はアンティークと同じだと。

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