サキミ事例インタビュー④-2『ぶれずに目標を見据え続ける』
サキミ:
前回に引き続き、アルコール問題を抱えた社員への対応について、D社人事のYさんと振り返ります。
その後、Aさんは受診をして、休職することになりました。
飲んじゃダメ!再び・・・
Yさん:
Aさんの了承をもらって、私も受診に同行して。主治医との話で、その頃のAさんは生活リズムが乱れてしまって、ようやく仕事に来ているような状態だったこともわかった。お酒が抜けない状態で出社していたわけだから、事故にならなくてよかったよ。すぐに休職して治療をすることになって、ひとまずホッとした。
ただ、ホッとしたのもつかの間で…。
サキミ:
早く復帰するために、ご自身で入院治療を選んだのに、すぐに退院してきちゃったんですよね。
Yさん:
そうなんだよね。こちらも入院するって聞いていたから安心していたのに、休んで一日中家にいたら、ずっと飲み続けちゃうんじゃないかって心配で。実際、連絡がとれなくなったことも多くて。
EAPの助言どおり、休職に入る前に、Aさんの同意をもらってAさんの奥さんとも連絡をとれるようにしておいて、本当によかった。休職中の前半は、ほとんど奥さんとやりとりしていたと言ってもいいくらい。
サキミ:
奥様という身近なサポーターも巻き込むことで、ご家族と職場双方のご心配や負担の軽減される面があったのではないでしょうか。
Yさん:
そうだね…、当初はAさんの奥さんがね、本当に疲れていた。Aさんが働かないと困るから、必死でお酒を飲ませないように、お酒を隠したり捨てたりしていたけど、それでAさんが怒って大喧嘩になったり隠れて飲むようになったりと、悪循環が起きていた。自分もAさんが休職するまでの間に苦労していたから、奥さんの大変さがよくわかる。同時に、Aさんへの不信感を払しょくするためには、病気を理解することが重要なんだと実感した。奥さんの対応を見て、「飲む・飲まない」にこだわっても仕方ないことが改めてわかったよ。
サキミ:
Aさんの奥様も、飲酒を問題行動と捉えていたからですね。一方で、ご本人は飲まずにいられない症状が出て、飲むために平気で嘘をつく…、奥様も不信感が募って苦しかったと思います。
Yさん:
お子さんのために、離婚したほうがいいのか耐えたほうがいいのか、この頃は相当思い悩んだらしいね。
サキミ:
そこで、奥様にも、アルコール依存症や今起きていることへ理解を深めてもらうために、最初の入院治療を中断した後から家族の勉強会に参加してもらったんですよね。
Yさん:
ここもEAPにお願いできてよかった。奥さんは会社の人間の私と対するときは、いつもAさんが職を失わないようにと緊張していて、なかなか本心が話せないようだったし、私自身もどこまで対応するのか迷うところで。
サキミ:
奥様は誰にも相談できず、心細かったと思います。小さいお子さんもいらしたので時間も余裕もない中で、Aさんに飲ませまいと必死でしたね。そして、最初の入院治療の中断をきっかけに、お忙しい中でも家族の勉強会やEAP相談を懸命に活用くださるようになりました。
支援のタッグ
Yさん:
奥さんが病気への理解を深めて、“必死にならなくてはいけないのは、Aさん自身であること”に気づいてくれてから、ようやく会社側の私ともタッグが組めた感覚が出てきた。
休職開始時に、休職可能期限や職場が復帰できると判断する状態を明確に伝えたんだけれど、奥さんには退職勧奨かのように思えてしまって、ずっと疑心暗鬼になっていたんだよね。それが病気への理解が深まるにつれて、会社の示した期限や条件は、Aさんが健康を取り戻すための具体的な目標になることも、理解をしてくれるようになった。この辺りから、“自ら治療をするようになること”をサポートするという共通認識が持てて、周りが落ち着いてきた感じだったな。
それでも、Aさんが治療を全うしてアルコール依存症を理解し、自助グループにつながるまでには、入院治療を3回繰り返したけどね。
サキミ:
アルコール依存症界隈では、なかなか優等生の方だと思います…。
スリップ(再飲酒)の度に、YさんもAさんの奥様も落胆はなさっていましたが、「飲酒云々ではなく、日常生活の整備に目を向けよう」とお二人で励まし合っていらしたことも素晴らしかったです。
Yさん:
身近な私たちが飲んだかどうかに意識が向くと本人もそこに意識が向いちゃうし、サポートする側もどうしても残念な気持ちになったり信じる気持ちが弱くなったりして、サポートが不安定になっちゃうんだよ。そうすると、不思議と本人も不安定になって、酒を飲んでしまう…。
それよりも、健康的な日常生活が送れているか、安定した就労生活がイメージできるようになっているかを念頭に置いて行動したほうが、周りも落ち着いてどーんと構えていられるようになるし、結果として治療もうまくいくということを体感したよ。
サキミ:
そうですね、このタッグは最強でした。Aさんにとっては飲んだかどうかの話であれば、これまで特に奥様は許してくれてきた歴史があるので、嘘をついて乗り切れるという思いもあったかもしれません。それが、頼りにしているお二人が支援のタッグを組み、一枚岩になってAさんに治療に向けた行動を求め始めたのですから、これは今までとは違う…と、良い意味で追いつめられたと思います。
普通に楽しい生活が待っている
Yさん:
本当だね。特に、最後の入院治療前の奥さんの行動は素晴らしかった。
お子さんを連れて、実家に帰っちゃった!「普通に、元気に楽しく日常生活を送れるようになったら戻ってきます」と。
思い切ったよね。正直言うと、Aさんが逆にやさぐれて飲み続けてしまうのではないかと、ちょっと心配だった。
サキミ:
どうしても、心配にはなってしまいます。
Yさん:
でも、奥さんはポイントをちゃんと押さえていたんだよね。
『お父さんが大好きな子どもと一緒に暮らすこと・日々一緒に遊んで成長を見守ることを取り戻す』という目標のために、「今は距離を置きます!」ってね。また、Aさんのお子さんがかわいかった。「お父さん、元気になったら遊んでね」って似顔絵入りの手紙をたくさん送ってたんでしょ、泣けちゃうよ。
サキミ:
本当ですね…。ご家庭にも職場にも、Aさんが健康的なご自分を取り戻して一緒に過ごそうと言ってくださる存在があったこと、それを伝え続けて見守ってくださったこと、これこそ、Aさんを自ら治療に向かわせた大きな原動力になったんでしょうね。
専門家のサポートだけでは、こうはなりません。人の力ってすごいなあと改めて感じることができました。
Yさん:
いや、本当に…。最後の入院では、入院中から自助グループに参加して、人が変わったようだった。退院後の通院治療期間でも安定して連絡が取れて、仕事を任せても大丈夫そうだなと自然と思えるようになった。すごいよね。
今も自助グループに通っているけれど、生活自体はお酒とは無縁みたい。最近、休みの日は、家族でキャンプに行くらしいよ。
サキミ:
お酒以外の楽しみが見つかりましたね。なんとか休職可能な期間内に間に合いましたし、よかったです。
復帰が決まったときにもお伝えしましたが、Aさんだけでなく奥様もYさんや職場に感謝なさっていました。
Yさん:
嬉しいなあ。
奥さんは職場で問題になるずっと前から一人で対応してきて、一生苦しむのかと思っていたんでしょ。私には「こんな普通に楽しい生活が待っているとは思わなかった。今の生活を大事にしたい」と言っていたよ。
Aさんだけでなく、Aさんの家族も健康な生活を取り戻せたということだよね。すごいことだなあ。
でも、アルコール依存症って、自分も普通に飲んでるから、やっぱり病気の理解が難しいよ。EAPのサポートがあったから、何とかなったかな。私と奥さんとEAPのタッグは最強だったね。
サキミ:
ありがとうございます!
アルコール依存症は完治することなく、お酒を一生やめ続けなければなりません。それは、想像よりずっと、非常につらく大変な道のりだと思います。治療につながるまでの間や治療中断の時には、お酒の影響により、特に人間関係に亀裂が入るような行動が生じやすいため、周りにサポートする人がいなくなってしまうケースも多く見られます。そうなって初めて、ようやく治療に向き合える人も少なくないようにも思います。ご家族や職場の方が病気を正しく理解し、適切にサポートし続けてくださっているAさんの事例は、貴重な成功事例です。
こうした人の力、信頼し合う力のすごさを目の当たりにして、サキミも勇気をもらいました。この勇気をまた皆様にお返ししていきます。
■サキミのプロフィール
ビジョン・クラフティング研究所 シニアコンサルタント
臨床心理士・公認心理師・
1級キャリアコンサルティング技能士