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注目の作業療法の洋書ラッシュ④

前回は、作業科学にもっともっと興味を持っていただこうと言う狙いで書きました。実際、『Willard & Spackman`s Occupational Therapy』にも作業科学の章がありますが、作業科学の研究で明らかになったエビデンスを日々の(作業療法の)実践に取り入れることが狙いとなっており、前回紹介したPierceの作業の知識を取り入れて治療効果を上げるというOBPの定義は、定義の意味は変わっても、その定義に込められた考え自体は今もなお生き続けているのがわかります。と言うことで、今回は予告通り、今後発売される作業科学の書籍を紹介します。


Essential Concepts of Occupation for Occupational Therapy:A Guide to Practice

これはCharles Christiansen氏が共著で出す作業科学の入門書のようです。Christiansenは過去にも作業的不公正という概念をWilcock氏と提唱した、 Elizabeth Townsend氏と共同編集で、『Introduction to Occupation』という本を出してました。今回の本は、その改訂版なのかなと思ったら、出版社も変わって、共同編集者もKirstine Haertlという人に変わっていたので、全く新しい内容になったもののようです。なみに超マニアックなことを明かすと、Christiansen氏とHeartl氏は、『Willard & Spackman`s Occupational Therapy』の作業療法の文脈的歴史の章を2人で書いてます。またChristiansen氏は、Kielhofner氏とも仲が良かったようで、『Willard & Spackman`s Occupational Therapy』の冒頭で、Kielhofner氏に対するメッセージを寄せています(それだけ、現代の作業療法に対してKielhofner氏の貢献が大きかったということなのでしょう)

『Introduction to Occupation』は、作業科学の入門書として書かれていて、日本でも『作業ってなんだろう』や『作業療法がわかる COPM&AMPS実践ガイド』などで、参考文献、引用文献として使われています。というのも、各章を執筆する著者が、第2章の「作業の研究」や第5章の「作業の発達」は、CO-OPを開発したHelen Polatajko氏(第5章は共著)、第11章の「作業剥奪」は作業剥奪という概念を考えたGail Whiteford氏自身が執筆、第12章の「作業的不公正」は、Robin Stadnyk氏も加わってますが、作業的不公正という概念を提唱したAnne Wilcock氏とElizabeth Townsend氏が執筆、最後の章の「作業科学と作業療法」は、『Occupation for Occupational Therapists』、またはOxford出版社から作業科学と作業療法の辞典を出しているMatthew Molineux氏となっていて、執筆陣が超豪華なんですよね。なので、入門書といっても内容は濃く、そして硬派な内容です。洋書では、専門書において、内容を噛み砕いたとか、易しくした書籍ってあんまり見ない気がします。ただ決して内容は易しくないですが、この『Introduction to Occupation』はめちゃくちゃ面白いし、学びも多いです。

なので、今回の『Essential Concepts of Occupation for Occupational Therapy:A Guide to Practice』はどのような内容になるのか、誰が執筆するのか?ということが今から楽しみです。Amazonの紹介によると、まずは作業科学から作業についての重要な概念を説明して、作業と作業的存在としての人、作業とWell-Beingとの関係を深めつつ、作業に根ざしたモデルを使用しながらどう評価や介入に活かすのか、そして最後に21世紀のライフスタイルの傾向や変化を学ぶという内容になるようです。

Christiansen氏は、上記の『Occupational Therapy:Performance,Participation,and Well-Being』という書籍も書いている(これは読んだことないです)ので、この本の内容を発展させた内容になるのでしょうか。最近のAJOTの論文では、OBPには作業科学、作業の概念を深く理解することが必要とされていう内容の研究もありました。そういう意味でも注目の1冊だなと考えています。日本でもOBP(OCP、OFPも含む)に関心がある人は学びが多い書籍になるのではないでしょうか?

Qualitative Research Methodologies for Occupational Science and Occupational Therapy

この本は作業療法と作業科学の質的研究を学習するための教科書です。以下の第1版は、共同で編集しているのは、世界的な作業科学の研究誌である「Journal Of Occupational Science」で編集をしている方々で、執筆しているのは、実際に「Journal Of Occupational Science」で研究論文を出した著者たちでした。そのため、この本を読んで学ぶと、「どのような研究であれば、世界的な研究誌に掲載されるような研究になるのかということが理解できるかも…」と考えると、この本の価値が伝わるのではないでしょうか?

質的研究には、「現象学的質的研究法」と「グラウンデッド・セオリーアプローチ」などが様々な研究法があります。もちろん、詳細な研究法の手続きはこの本ではカバーできてはないのですが、「作業」について、①どのようなことを目的を持って研究するべきなのか、②研究によって、どのような視点から対象を捉えて理解できるようになるのか、③どのようなことに注意しながら研究するべきか、を著者の実際の研究の経験を通して教えてくれる本です。そして、④各々の研究法で得られた知見を作業科学や作業療法でどのように生かしたらいいのか?も、著者が実際に行った研究を通して教えてくれます。また著者が自身の研究を内省して、現在どのように考えているか?なども書いてあり、非常に興味深いものになっています。

例えば、作業療法や作業科学に「現象学」が重要と言っても、実際にどのように現象学の知見を活かせばいいのかわからない人がほとんどだと思います。しかし、この本では、様々な哲学者のパラダイムを挙げながら、ハイデガーの「解釈学現象学」を基盤として、執筆者自身はどのように研究をしたのか?、どのようなテーマの研究が適しているのかを書いています。上記の本ほどでは細かくはないですが、作業療法や作業科学の研究を基盤に、質的研究法の理論的背景や依拠しているパラダイムなども踏まえて書いてある本ですね。

またフォトボイスによる研究や質的研究のメタシンセシスといった、まだ日本では一般的とは言えないような研究法も書いてあるのも魅力です。今回出る新版は、先住民の研究や視覚芸術による研究など、より国際色豊かに、新しい研究法を紹介するものになるようで、非常に楽しみです。大学院で質的研究を行い、次により良い研究を行うために、自分の中で課題があって初版を読み始めたのですが、「ようやく読み終える」と考えていたら新しいのが出てきましたが、新たに学ぶことがあるのは嬉しいことですね。

Illuminating The Dark Side of Occupation

これは今年、出版された本ではないですが、最近ペーパーバック化されたばかりだし、せっかくなら取り上げておきたいので、お許しください。作業科学では、「作業は必ずしも健康と幸福につながるとは限らないのでは…」という面にも注目が集まるようになっています。それが上記の編著者のRebecca Twinley氏が提唱した、「The Dark side of  Occupation(作業の暗黒面とでもいうのでしょうか?)」という概念です。ちょっとズレているかも知れませんが、プログレッシブロックバンドのPink Floydの『The Dark side of the moon』という日本では『狂気』と訳された名盤を思い起こすような概念の名前ですよね?スターウォーズの暗黒面もかな?

「The Dark side of  Occupation」に関しては、前回紹介した、Wilcock氏とHocking氏の『An Occupatkional Perspective of Health』という書籍でも、今後の作業の研究での課題として挙げられています。日本では一部の人にしか知られてないかもしれませんが、国際的には注目されている研究領域でもあるようです。例えば、よく日本でも問題になる「いじめ」とかは、まさに「The Dark side of  Occupation」です。また、犯罪を犯すことに自身のアイデンティティを感じていたり、幸福や喜びに繋がっている人がいれば、それは「The Dark side of  Occupation」ですよね。もしくは、(排気ガスの多い)車を運転するという作業は、「地域の空気を汚染する」、「地球の温暖化を進める」という作業的不公正を引き起こしているとも考えることができるかもしれません。

最近は、『Journal of Occupational Science』でも、COPDを有するようになったクライエントにとって、「(COPDを有するようになった後も)喫煙をすることは自身のアイデンティティに繋がっており、幸福感を覚える作業であった」という質的研究が発表されました(確か「禁じられた果実」という題名が付けられていて、上手いなと思いました)。これまで作業療法や作業科学は(もちろん例外も想定してきたとはいえ)、「作業は健康や幸福を促進する」という面を強調してきました。しかし、最近は「作業は必ずしも健康や幸福とは関連するとは言えないのではないか?」という作業の複雑な性質を明らかにしようとする研究も出てきているようです。作業の研究がどんどん深まってきた証で、今後、どのように発展していくのでしょうか?楽しみですね。

作業療法士が「作業」の専門家になるために

今回は今後、発売される作業科学の書籍、または最近発売された作業科学の書籍について、紹介をしました。作業療法士は、その名の通り、「作業」の専門家です。作業に関係する学問領域は
多岐に渡るので、人文学、社会学、自然科学など様々な領域、まさにArts&Scienceの
勉強が必要
です。では、どのように学べば良いのでしょうか?

作業療法の世界的教科書である『Willard & Spackman`s Occupational Therapy』によれば、作業は「学問」と「研究」から学ぶべきだとしています。それは「作業科学」さえ学べば良いということでなく、作業療法や作業科学の研究以外の、他領域の研究から「作業」を学ぶことが必要であり、重要であるとしています。そもそも作業科学も、作業療法士以外の他分野の研究者も参加することによって発展することを考えられた学問領域でもありましたし、様々な専門書と研究論文を通して学ぶことが重要そうです。

作業で創るエビデンスを目指して

ただ、「作業」のことが勉強しやすいようにするためにも、日本での「作業」に焦点を当てた研究も増えると良いな、と考えてます。そして、これまでに紹介した書籍、上記の作業科学や質的研究の書籍で学びながら、自身も研究という形で、よりよい作業療法実践に繋がるような、「作業」に焦点を当てた研究を増やすことに少しでも貢献できれば、と考えてます。大学院に入る前、『作業で創るエビデンス』のイベントに参加し、大学院に進学することを決めた時の気持ちを忘れずにしながら…。

とりあえず、洋書を取り上げるのはこれで最後にしたいと思います。以上、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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